【第152話】助太刀、参上。
「チッ、キリがないっ!!」
「隊長、このままでは……」
「くそっ、狐獣人族の連中めっ……!!」
いきなりこんな大量の魔物をけしかけてきやがって……全部、あの幻妖術とかいうフザケた力のせいだ。
何故だ? この中で唯一『狼月血』を扱える俺ですら幻妖術の影響から逃れることが出来ない。
「伝令に走らせた奴らが無事集落に辿り着けていれば、あと数時間で増援が来るはずだっ! 全力で持ちこたえるぞっ!!」
「「はいっ!!」」
……分かっている。
この数の魔物を相手に数時間耐えるのは、無理だ。
「────グルルルルルルッッ!!」
「はっ!!」
自慢の爪で目の前の“ブレイドウルフ”を真っ二つにする。
ブレイドウルフは研がれたての剣に匹敵する鋭い牙と爪を持つ魔物。恐らく、今日だけで百は倒したはずだ。
「隊長! 前方から魔物の波がっ!!」
「……まだ増えるのか」
隊員の体力はもう限界だ。何人かは既に戦闘続行が不可なレベルのダメージを負っている。このまま放っておけば直に死んでしまうだろう。
「……ふう」
深く、息を吐く。
それはため息とも言えるもの。
「この中に、まだ戦えて、且つ死んでも構わないと思っている者はいるか」
「「……」」
「それ以外の者に告ぐ。今ならまだ間に合う……怪我人を連れて集落に戻って、同士と共に逃げろ」
前方から、魔物の声が聞こえる。
その中に、一際大きなものが一つ。
あの鳴き声の主はザライガコング────。
大陸の北側に住む、強力な魔獣だ。
「……自分はまだ、戦えます」
隊員の一人がそう答える。
片腕を失っても尚、戦うつもりらしい。
──ドドドドドッ……!!
木々を薙ぎ倒し、こちらに向かってくる大きな影が見える。
「俺もまだ戦えますっ!」
「オレだって!!」
続々と声を挙げる隊員達。
「そうか……すまないな、お前たち。これが、最後の戦いだ」
この戦い────、
勝敗がどちらに傾くかは、自明の理だ。
「行くぞおおおっっ!!」
「「おおおおおおっ!!」」
「────グルアアアアアアアアアッッ!!」
次の瞬間、目の前に現れたのは自分の三、四倍はある巨体を持つ白き魔獣。
その巨体から、薙ぎ払いが繰り出される────、
しかし果たして、こちらに向けられた大きなその腕は、俺達に命中することはなかった。
『────桜華流刀剣術・一重咲』
その腕が、本体を離れて宙を舞ったからだ。
「なっ……」
何だ、何が置きた?
何故、目の前にいるザライガコングの右腕は空を飛んでいるんだ?
『桜華流刀剣術・八重咲』
「────グアアアアアッッ……!!」
目の前を素早く何かが通ったかと思うと、ザライガコングの巨体に複数の斬撃が浴びせられていた。
「助太刀に参りましたっ!!」
そんな声が聞こえてくる。
自分を含め、その場にいた誰もが声の出処である上空を見上げた。
そこには、一人の少女がいた。
桃色の髪をたなびかせ、花弁と共に華麗に空を舞う少女が────。
「グオオオオオオッッ!!」
同じく空を見上げていたザライガコングは、自分を攻撃してきたその少女に狙いを定め、跳躍し、残された片腕でパンチを繰り出そうとする。
本能で感じたのだろう。
この場で最も危険なのは彼女であり──逃げられないのなら、殺すしかないと。
『桜華流忍法・八重桜』
彼女の周囲で舞っていた無数の花弁が、突如としてザライガコングの方へ飛んでいく──発射、と言った方がそれらしく思えるほどの速度で。
「まずは一体目ですっ!」
気付けばその花弁はザライガコングの全身を貫いており、ザライガコングは空中で息絶え、そのまま落下していく。
ザライガコングが地面に衝突すると同時に、桃髪の少女も着地する。
「き、君は一体……」
ロウフさんでも手を焼くほどの相手を、こうも簡単に倒してしまうとは。
「むむむ……数はどうにでもなりますが、少々範囲が広すぎますね……」
問いかけがスルーされてしまったので、静かに彼女を見つめていると、その少女はくるりと身を翻した。
「すみません! 今から起こることについて、何も見なかったことにしてくださいっ!」
「は、はあ……」
その言葉の意味を汲めず、曖昧な返事を返すと、彼女は手で不思議な形をつくり、口を開いた。
『────桜華流忍法奥義・百華此岸』
彼女の右眼に、花弁の模様が浮かんだ。
そして、全身から溢れ出る花弁。
その光景はあまりに神秘的で、一瞬、彼女は花の妖精なのではないかと錯覚した。
『桜華流忍法・枝垂レ桜』
それは、ほんの数秒の出来事だった。
彼女を包む花弁が、一斉に空へと舞い上がって行き────、
────いつの間にか上空を浮遊していた彼女を中心に、空を覆い隠した。
「た、隊長……一体何が起きてるんですか……?」
「…………俺にも分からない。ただ────」
地に伏したザライガコングに目を落とす。
「────俺たちは、助かったかもしれない……」
四方へ散り、急降下していく花弁を眺めながら、俺はそう返した。