【第151話】分岐。(2)
あれから数日を掛けて、私とシャルロットさんはヴェルナの北側に位置する狐獣人族の集落、その付近まで迫っていた。
私達が最初にいたのはかなり南方だったため、ヴェルナの南側に位置する狼獣人族の集落へ向かった咲刃と比べて、かなり時間が掛かってしまった。
……咲刃が無事に辿り着けたかは知らないが、まあ大丈夫だろう。
「相手は天妖術なんてのを使うほどの大物だ。アタイらの行動は全て筒抜けになってる可能性があると思えよ」
シャルロットさんが言う。
天妖術がどういう仕組みかは知らないが、実体化させた幻影を私達にぶつけてくるということは、こちらの位置を把握出来る状況にあるかもしれないということだ。
魔物を“実体化”させている訳だから、あちらが何をせずとも私達を襲ってくるのは至極当然のことなのだが……警戒をするに越したことはないだろう。
「──お待ちしておりました、お二方」
「……」
「……ほらな?」
私の視界──シャルロットさんの背中越しに現れたのは、狐獣人族の女性。
頭には狐の耳、毛皮に覆われ、それでいてスラっとしているようにも見える全身。そして、あまり見かけないような衣服を着用していた。
狼獣人族もそうだが、毛皮の上に衣服というのはどういう感覚なのだろうか。
一見暑そうだが、かの氷河大陸の主の魔力の影響を受けているヴェルナの北側では、それぐらいが丁度いいのだろう。
大雪による悪路を通ってきた私達。私はアンデッド故にそれほど寒くはなかったが、シャルロットさんはそうはいかないはず。
その鋼の鎧は今、触れただけで凍傷を負いそうなレベルで冷えていてもおかしくはない。
尤も、彼女を見ていると、まったくその様子はない。流石は元S級冒険者だ。
「待ってたっつーことは、アタイらが何の用でココに来たのかも知ってるってことでいいんだな?」
「ええ、ニコ様の件でしょう。話の場は整えてありますので、どうぞこちらへ」
「ハッ、話が早くて助かるよ」
狐獣人族の女性は振り返ると、ゆっくりと先へ進んで行く。
「……怪しいな」
「マジでな。だが、先手を打たれちまった以上、今はアイツに付いてくしかねーんだ。しゃーねーよ」
いつからあちら側は気付いていたのか……仮にヴェルナ山脈に入った時点からと考えた場合、私達が狼獣人族と接触していることも知っていることになる。
もしそうだとすれば、このまま平穏無事に事が解決する訳がない。
「あまり大事にならなければいいのだが……」
そうして、私達は渋々彼女の後を追うことにした。
■ ● ▼
「ふむふむ……」
建物の屋根から辺りを見渡してみると、活気のある町並み。狼獣人族の方々が大通りを往来していて、そこかしこで人々が賑わっています。
流石、狼獣人族の拠点の中心部……想像していたよりもずっと文明が発展していますね。
狼獣人族と狐獣人族は人間、そして他の魔族との交流をほとんど絶っています。ですから、もしかするとこちら側も同じような状況なのかと思っていましたが……あれはやはり、狐獣人族だけの問題のようです。
「さてさてっ! 後は────」
確認しておきたかった事もたった今済みましたし、後は狼獣人族のお偉いさん方と話し合いをするだけです。
ゼーレ殿の方がうまく行けば、かなり時短が出来そうです。まあ、戦闘は避けられそうにないですが……最悪、それは何とかなりますしねっ!
「主殿の使いとして、顔に泥を塗らないよう全力で頑張りま────」
「大変だーーーっ!!!」
その怒声にも似た大声とともに、集落の門から数人の狼獣人族が現れた。
あの装備はロウフ殿が着用していたものと同じ……ということは、別の遊撃部隊の方ということでしょうか。
「よっ、と──」
透明化の精度を極限まで上げてから屋根から飛び降りると、騒ぎの起きている場所へと近付き、聞き耳を立てる。
「マズいことになった! 大量の魔物がこっちに向かって来てやがる!!」
「な、何だって!?」
「見間違いじゃないのか?」
おや、どうやら本当に大変なことになっているようですね。
大量の魔物……恐らくですが、その九割近くが天妖術によるもの────。
それはつまり、狐獣人側が動き出したということでしょう。
ですが、決断の内容は兎も角、動き出しが早すぎます……咲刃達の動向は最初から追われていたのでしょうか?
「……」
咲刃は、どうするべきでしょうか。
もし魔物にここを攻め落とされてしまえば、そもそも話し合いが成立しません。ですが、狐獣人側がこのような強硬手段に出た時点で話し合いは意味を為しません。
この話し合いは両獣人族、その抗争を止めるために行われるものですから、あちらに和解する気がないのならどうしようもありません。
「集落にいる戦える者を全員集めろ! 迎え撃つぞ!!」
「はい! 私はロウフさんにこの状況を伝えてきます!!」
────ただ、それは彼らを見捨てる理由にはなりませんよね。
「桜華流忍法、『魔力探知』」
この数なら、咲刃一人で十分ですね。
「クソッ、流石に数が多すぎるな……このままじゃ────」
ちょんちょん、と目の前で頭を抱えている狼獣人の肩をつつく。
「もしもし、狼獣人族の兵士殿。よければ、咲刃がお手伝い……いえ、お助けいたしましょうかっ?」
「「うわあっ!!」」
と、一斉に同じような反応を見せる狼獣人族の皆さん。
「ア、アンタは……あっ、その見た目! もしかしてアンタがロウフさんが言ってた“客”か!!」
「はい! そうだと思いますっ!」
「だが、聞いてた話じゃ到着は明日頃になるって……」
「咲刃、足の速さには自信がありますからっ!!」
「そ、そうか……」
今のはちょっとした冗談だったのですが、そんな微妙な顔をされるとは思いませんでした。
「それで、助けるってのは一体……」
「言葉通りですよ! 今ここへ向かっている魔物の群れを、咲刃が退けますっ!」
「そりゃもちろん助かるが……その、いいのか? アンタはウチの客で……」
「お構いなく! 咲刃はただ、主殿の意向に従っているだけですからっ!」
言いながら、軽い準備運動を済ませる。
もし主殿がこの場にいれば、同じ選択をしていたでしょう。誰かが困っていれば、何かと理由を付けて助けてしまう人ですから。
「主殿……? 」
「それでは行って参りますっ!」
「ま、待ってくれ! 俺たちはまだ準備が……」
「……? ああ、大丈夫ですよ! あれぐらい、咲刃一人で事足りますからっ!」
その場にいる全員がぽかん……という表情を浮かべる。
「────咲刃、腕にも自信がありますっ!」