【第16話】冒険者、追放される。
「────冒険者ハルよ」
僕は、予想だにしていなかった。
「お主を、エレストルから追放とする。今後一切、聖エレストル王国領内の街への立ち入りを禁ずる」
「…………はい?」
この物語が、あんな結末を迎えるなんて。
☆ ◇ ◯
遡ること少し前。
僕たちは国王から招集が掛かり、デルク城を訪れていた。
「俺も入るのは久しぶりだな」
「私は初めてです!」
「結局、なんで呼ばれたんですかね?」
「そりゃあハルさんが魔族を倒したからでしょう!!」
フェイが得意げに言う。
厳密に言えばあの魔族を倒したのは僕じゃないんだけど、なんだか鼻が高い。
「最上位魔族を倒したんだってね、これは表彰ものだよ。しかも、B級冒険者が一人でそれを成し遂げたんだ。噂は一瞬で広まるだろうね」
えへへ……有名人になったらどうしよう。
「それと、例の魔族について情報を共有しておこうと思うんだけど──あの時、俺のところにも魔族が来ていたんだ。結局、逃がしてしまったんだけどね」
そうだったのか。ということは、セインさんはザライガコングと魔族を相手にしていたのか? なんとも恐ろしい話だ。
「ハル君、君が戦った魔族は『シリウス』の名前を挙げていたかい?」
シリウス──戦闘中に、何度か挙がっていたはず。それに、あの魔族は自身を直属の部下だと言っていた。
僕はその旨をセインさんに告げる。
「やはりそうか……」
セインさんは何やら考え事を始めた。
それから長い廊下を抜けて、大きな扉の前に案内される。
「では、お入りください」
目の前の大きな扉がゆっくりと開かれる。
おおっ、凄い……!
そして、現在。
「…………はい?」
追放? 今、追放って言ったのか──?
僕が? 一体どうして──?
「えっと……どういう──」
「どういう事ですか! ヒルド王!!」
僕が言葉を口に出すより先に、セインさんが声を挙げた。
「彼は最上位魔族を倒し、王都を危険から救ったのですよ!? 称賛こそすれ、追放など……!!」
「セ、セインさんの言う通りです!! どうしてハルさんが……!!」
フェイも続くように声を挙げた。
「冒険者ハル。君には魔族であるという嫌疑がかかっている」
「なっ!?」
「えっ!?」
「……!!」
それってまさか────、
(……何処からかは知らぬが、妾が『影の傀儡術師』を使った時の姿が漏れたのじゃろうな)
……やっぱそういうことか。
(……すまぬ、迂闊だった)
どうして君が謝るのさ。そもそも、ラティが助けてくれなければ僕は死んでいたんだ。だったら、追放の方がマシだよ。
(あの技を使わずとも助けることだって──)
僕を思ってのことだろ? 全部、僕が弱いからこうなったんだ。自分を責めないでくれ。
(……)
「な、何を言っているんですか……そもそも、彼が魔族というなら結界の影響を受けているはずでしょう! デルクに張られた結界は上位魔族すら入る事を拒み、最上位魔族を強く弱らせるほどの物のはずです!!」
「そうですよ! ハルさんが魔族だなんて……!」
「現在、デルクに張られている結界の強度は、通常時よりも遥かに低くなっているのですよ」
後ろに立っていた壮年の男が言う。
いつの間に現れたのだろう。
「ディエス様? どうしてここに……」
「私はこれでも教皇ですからね。このような一大事に顔を出さない訳にはいきませんよ、セイン」
「それより、結界の強度を下げたとはどういうことでしょうか?」
「……セイン。もしこのまま決定に逆らい続けるつもりなら、貴方も処罰を受けることになるんですよ。君も同じです、フェイ君」
それは望ましくないことだ、と教皇。
「本来ならば、即処刑でもおかしくない。それでも彼が最上位魔族を倒したのは事実。だから国王は寛大な処置を下されたのです」
「くっ……しかし……」
セインさん。もう、いいんだ。
彼女と関わりを持っている時点で、いずれこうなる事は覚悟してた。
それに、僕のせいでセインさん達まで巻き込まれるのは嫌だ。
「……それでもやっぱり納得できません!! 私はハルさんを──」
「もういいよフェイ、セインさんも。ありがとう、二人とも」
覚悟はしてたんだから。
「寛大な処置……ありがとうございます、ヒルド王」
僕は立ち上がり、玉座の間を出る。
またね、フェイ。またね、セインさん。迷惑を掛けて、ごめんなさい。
庇ってくれたのに逃げてしまって、ごめんなさい。
僕は再び長い廊下を抜け、デルク城を出た。
そして、そのまま歩き続ける。
その足は、ふらついていたかもしれない。
どんな顔をしていたのかも分からない。きっと、かなり酷いものだっただろう。
【── 、 『
』 】
どこをどう通ったのだろう。
気付けば、エレストルの外に出ていた。
「さて、ラティ。これからどうしよう? 一旦、テオルスに戻ろうか」
(……大丈夫か)
そんな憐れむような声、初めて聞いた気がするよ。
でも、大丈夫。覚悟はしてたんだから。
そう、覚悟はしてた。
してたはずだ。
してたはずなのに。
「──あれ? おかしいな……」
頬を伝う涙の感触。
いつの間にか、涙が溢れ出ていた。
ただ、悔しくて。
ラティに負い目を感じさせてしまったこと。
自分じゃ言い返せず、セインさん達に庇わせてしまったこと。
結局、フェイやセインさんを裏切るような形になってしまったこと。
逃げてしまったこと。
全部、僕が弱いせいだ。
それが、ただひたすらに悔しかった。
「うっ……くそっ……」
こうして泣いたのはいつぶりだろう。
僕に残っている記憶は少ないけど、記憶が正しければ、一度もなかったと思う。
「お、お主……」
いつの間に影から出てきていたラティ。
そして、僕の顔に両手を添える。
いいんだ、慰めなんて────。
「いや、そうではない……」
「──お主、その角はなんじゃ……?」
「……え?」