【第149話】歩み寄り。
少し長めです。
「テオルスの国主様がどうしてヴェルナに……」
私を両断してくれたロウフという狼獣人は、場が落ち着いてみると意外としっかりした人物だということが分かった。
「この戦争を終わらせに来た!!!」
「な、何だって!?」
案の定、狼獣人達はザワザワし始める。
「ハッキリと言うんだな。てっきり、それとなく匂わせるだけかと思っていたが」
「シャルロット殿の性格的に、こっちの方がやりやすいのではないでしょうかっ?」
「なるほどな」
それなら納得だ。一番納得出来る。
「──なんで、なんで今になってしゃしゃり出て来やがったんだっ! もっと早くアンタらが動いてればこんな……クソッ、どうせアンタもニコが目当てなんだろ?!」
ウェフォンという狼獣人は、今にも飛び掛かりそうな剣幕でまくし立てた。
「まあ落ち着けよ、狼クン。質問は一つずつにしてくれ」
私の予想に反して、シャルロットさんは冷静な対応を見せた。
「対応が遅れた理由は……そうだな、幻妖術が厄介すぎて兵を動かせなかったからだ」
……なんというか、今考えましたみたいな言い訳だな。一応それらしくはあるが。
「それなら少数精鋭で動けばよかったじゃないか!」
「この幻妖術に対抗出来るほどの腕を持った部下がいなかったんだよ」
「魏刹の国主でも連れてくればよかっただろ!」
「アイツはんな暇じゃねえよ。ほぼワンオペで国を回してるような大馬鹿だぞ」
「アンタならS級冒険者にだって連絡が取れたはずだ!!」
「アイツらは……あーもうメンドクセーな! いろいろ面倒だからスルーしてたんだよ、これでいいか!?」
「なっ……」
まさかの開き直り。
「そんで二つ目。その通り、アタイらはニコにしかキョーミねえ。抗争の解決はアタイら個人からしちゃ“ついで”でしかねえよ。なんか文句あんのか?」
「今までこの惨状を見て見ぬふりしてた奴に、ニコを渡せるかよっ!」
「あ? んだそれ。お前はニコのなんなんだよ」
「それは……」
言葉に詰まるウェフォン。
そんな彼を見て、ロウフは口を開いた。
「俺が説明しましょう、シャルロットさん。コイツ……ウェフォンは、ニコの幼馴染なんですよ」
「……ほう?」
ロウフの言葉に、シャルロットさんは若干の興味を示した。
「アイツは……ニコは、あんなとこにいちゃダメなんだよっ……」
ウェフォンは俯き、今にも消えてしまいそうな声でそう言った。
「ふうん。そんじゃ詳しく聞かせろよ、その話」
「「え?」」
予想外の反応に、二人の獣人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「は? 訳アリっぽい雰囲気出しといて“話は以上です”ってこたねーだろ。アタイらはニコを“救け”に来てんだ。間違った選択をしねーよう、情報が必要なんだよ」
「て、てっきりシャルロットさんは狐獣人側に付くものだとばかり……」
「そりゃ事情次第だ。お前らの話を鵜呑みにはしねえ……だが、参考にはする。ま、最終的にはニコ次第ではあるがな」
確かにあの狼獣人の言い振りからして、この問題は一枚岩ではなさそうだ。
現在ニコが狐獣人側にいる以上、私は狐獣人側を助力するつもりでいたが────、
────ニコが、自ら狐獣人側を選んだと決まった訳ではないのだ。
「今はまだ、何も分からないな」
「……そう、ですね」
「どうした咲刃。何か気になることが?」
「いえ、何でもありませんっ!」
「そうか? ならいいのだが……」
先ほどから話を聞いていた咲刃の表情に、何だか違和感を覚えた。
しかし、私には咲刃が何を考えているのかまるで分からない。
もしここにリーダーがいれば…………いや、違う。
そうじゃないだろう。
リーダーは、私にこの任務を任せたんだ。
期待に応えられるよう最善を尽くすと、そう決めたじゃないか。
「…………なあ、咲刃。何か知ってることがあるなら、話してくれ」
「……え?」
きょとんとした表情の咲刃。
どうやら、私の思い過ごしだったようだ。
「すまない。何もないならそれで────」
「いえいえっ! 少し驚いてしまって……まさか、ゼーレ殿が踏み込んでくるとは思わなかったので……」
「ですが……そうですね。知ってることは、ありますよ」
妖しげな笑みを浮かべる咲刃。
そのいつもの様子の違う彼女に、私は少々面を食らう。
そんな私を置いて、咲刃は獣人達とシャルロットさんに近付いていく。
「すみません、一つよろしいですかっ?」
突然の咲刃の登場に皆は若干困惑しつつ、次の言葉を待った。
「もしかして現在、狐獣人の方々を統治されているのは、“トキ”という人物ではありませんか?」
「「……?」」
「な、何故それをっ……!?」
ロウフ以外、反応はなし。
当然だが私もその名に心当たりはなく、シャルロットさんも同じようだ。
ただ、彼のその反応からして“それ”が重要な情報だということは想像に難くなかった。
「オレは初めて聞いた名前だな……ロウフは知ってんのか?」
「……ああ。彼女の言う通り、今の狐獣人族はあの女が率いている。だが、アイツは滅多に人前に姿を現さないんだ。今となっては、その存在を知るのはお互いの上層部、更にその中の限られた者だけだ──だというのに、どうして君はそれを……」
「──んなこた今はどうだっていいだろ。問題は、咲刃がこのタイミングでその名前を挙げた理由だ」
シャルロットさんがそう言うと、咲刃は頷く。
「……トキ殿は、以前まで繚苑の“遊郭”という場所で活動をしていた大妖狐の方でして……」
「「妖狐!?」」
その場にいたほとんどが驚きの声を上げた。
私も気を抜けば同じように声を上げていただろう。
妖狐──狐獣人と違い、普段の姿は狐そのもの。しかし、“ある方法”で人の姿を取ることが出来る。
大昔、人の姿の妖狐と人間が恋に落ち、それが狐獣人の起源と言われているが、諸説はある。
しかし、妖狐を語るにおいて、絶対に無視出来ない事がある。
それは────。
「大妖狐……いや、妖狐は四百年も前に絶滅したんじゃないのか?」
四百年前──それは、災厄の魔女の時代。
その時代に、妖狐は滅びたはずだ。
「本来──」
私の質問に答えずに、咲刃は説明を続けた。
「幻妖術とは、実体を持つ幻影を扱えるという技術で──つまりは“相手が幻覚状態であること”が前提の術なんです。ですから、強い耐性を持つゼーレ殿やシャルロット殿には効果が薄く、相対する幻影も弱体化……というか、幻影すら現れないでしょう」
だが、実際は現れた。
しかしそれは、幻妖術が強力故に私の耐性を貫通しただけだと思っていた。
「ところで皆さん、“幻覚”の対処方法を知っていますか?」
「そりゃな。状態異常を回復する魔法かアイテム、魔力の全放出だろ?」
「そうですね! ですがあと一つ、確実に幻覚状態を解除する方法があるんですよっ!」
人差し指をピンと立てる咲刃。
彼女の視線はこちらを向いていた。
「……“死”、か」
私はそう呟く。
「はい、その通りですっ!」
「なあ咲刃サンよ。妖狐やら幻覚の対処方法やら、それが一体どこにどう繋がんだ?」
シャルロットさんのその言葉に、咲刃はにこりと笑った。
「この中に一名、既に死んでいる方がいますよね?」
「「!!」」
ロウフは言わずもがな、ウェフォンやその他の狼獣人も気付いたらしい。
「ゼーレ殿は一度、ロウフ殿に殺されているんです」
何とも居た堪れないといった表情のロウフ、そして嫌な事を思い出したかのような表情のウェフォン。
「それなのに、ゼーレ殿の幻覚状態が解除された様子はありません。先ほどからあちらで様子を伺っている幻影の魔物が見えますよね?」
「……ああ」
立て続けに仲間が討伐されているのを見て、怖気付いた様子の魔物達。
「これがどういうことか、分かりますか?」
咲刃が妖狐の話を出した時点で、薄々勘付いてはいた。
「……あれらは全て、“実物”なのだろう」
────“天妖術”。
それは、前述の“ある方法”を指している。
狐獣人の扱う幻妖術とは異なり、“実体を持つ幻影”どころか、“完璧な実物”を創り出せるという特筆すべき点がある。
あくまでも幻にすぎない幻妖術。
しかし、天妖術は“幻”の域を超越している。
幻を現実に引っ張り出すようなもの。
相手に幻術を掛けずとも、化かし、騙すことが出来るのだ。
人を模すれば、記憶や人格までコピー出来るだろう。
ただ、この天妖術を扱えるのは“大妖狐”と呼ばれる悠久の刻を生きた気高き妖狐のみ。
「このヴェルナ山脈に展開されているのは、幻妖術などではなく────」
「────天妖術ということだ」
幻術=相手を幻覚に状態にするあらゆる魔法・スキルの別称。