【第148話】襲来。
「はっ!!」
私が振り下ろした短剣が魔物の胴体を両断する。
「やるなあ! 流石魔王直属の部下ってところか!」
その様子を後ろから見ていたシャルロットさん。
「ゼーレ殿の実力はこんなものではありませんよっ!」
「おっ、そうなのか? それならその“実力”とやらを見せてもらおうか!」
「望むところですっ!」
何やら盛り上がってる二人を置いて、私は先へ進む。
私達の目的地は、狐獣人族の集落だ。幾つかある内の、最も栄えている集落。
そしてそこは、獣人ニコの現在の居場所でもある。
「もしシャルロット殿を驚かせられなければ、ゼーレ殿を一日をお貸ししますっ!」
「おい、勝手に賭けるな」
「ふん、驚かせられるものならやってみな!」
「乗るな」
そもそも、この辺の魔物程度では私のアレが発動することはなさそうだが……。
「最近、ゼーレ殿のアレを見る機会が減って少し寂しいですっ……」
チラチラとこちらを見てくる咲刃。
「最近は四肢が飛んだりしなくなったからな。これも鍛錬の成果だろう」
「えー見たいですっ! いいじゃないですかー! 腕の一本くらい飛ばしてくださいよーっ!」
「自分が何を言ってるか分かってるのか……」
腕の一本“くらい”というのはあくまでも飛ばした側が言える台詞であって、間違っても頼む側が“くらい”とか言うべきではないだろう。
というか、事情を知らない者が聞いたら物騒なことこの上ない会話だな。
誤解を招かぬよう、私のスキルについて説明しておこう。
──私の持つ特殊パッシブスキル『新たな器』は、パッシブスキルとはいえ発動条件が少々特殊だ(特殊パッシブスキルだから妥当か?)。
その発動条件とは────、
────“身体の破壊”、或いは“私の死”だ。
「……だがまあ、丁度いいかもな────」
山道を進んでいる私達。その左右の木々の影から怪しげな気配を複数感じる。
「これから先に手を出すのは君たちになる。だから、少しばかり嫌な目に遭ってもらおう」
悪いとは思っている。
……が、悪いのは君たちだ。
「てか、何でここに狼獣人がいんだ?」
「斥候、もしくは遊撃部隊ではないでしょうかっ?」
そんな二人の言葉を聞いて、木々の影から何者かが飛び出して来る。
存在がバレているのなら、隠れている意味はないからな。
「オラァッ!!」
飛び出して来たその何者かは容赦なく私に腕を振り下ろした。
狼のような耳や尻尾、鋭い目つき、筋骨隆々で毛に覆われた肉体、そして振り下ろされた腕部。
その腕、正確には爪はとても鋭く────、
──ズシャッ!!
容易に私の胴体を斜めに両断した。
「おお、死んだぞ」
「えっと……反応、本当にそれで合ってますか……?」
「次はお前らだァッ!!」
その大男──つまり狼獣人は、後ろにいた咲刃達の方へ飛び掛かった。
恐らく、背後からも狼獣人が迫っているだろう。
「────待て」
胴体が両断され、死んだはずの私は今も尚“思考”を続けている。
そして、口を開いた。
「私を、殺し損ねているぞ────」
「なにっ!?」
私の言葉に、その狼獣人は驚愕の声を上げつつ勢いよく振り返る。
いや、私の言葉というか、私が言葉を発したことに対して驚いたのだろう。
「ロウフ! お前も焼きが回ったんじゃねぇのか!? 遊撃部隊長、さっさと譲れよっ!!」
そう言って、五体満足の私に飛び掛かってくる影が一つ。
私を両断した男よりは細身だが、血の気の多さは彼以上に思える。
「待て! ソイツ、何か変だッ!!」
飛び掛かって来たその男は、ロウフと呼ばれた狼獣人がしたものと同じような爪による斬撃を繰り出す────、
が、
「────残念だが、私にその攻撃は通らない」
──ガンッ!!
「はあっ?!」
その爪は、私の胴体に触れたところでピタリと動きを止めた。
「やはり、お前は弱過ぎる。先ほどの男なら傷くらいは付けられただろうに」
「な、なんだお前っ……!!」
「いきなり他人に鋭利な爪を振りかざしておいて、“なんだお前”はないだろう」
私は両断によって一度地面に落ちた短剣を拾い上げ鞘に収め、それから背に提げていた戦斧を持ち上げる。
「さて、お前たちの強さ。そっくりそのまま返してやる」
「チッ、逃げろウェフォン!!」
「安心しろ、大した威力は出ない。何故なら────」
私は持ち上げた戦斧を両手で構え、その場で身体を大きく捻り、
「────お前たちが、弱いからだ」
『叛逆の一撃』
一回転斬りを繰り出した。
「おいおい、防御はセルフサービスかよ」
「避けなくても大丈夫ですよっ!」
──ブォオンッッ!!
その一撃によって放たれた斬撃波は周囲の木々を非常に軽く切り裂く程度で、宣言通り大した威力にはならなかった。
「ぐあっ!!」
しかし、戦斧の直撃を受けた狼獣人は防御の為に構えた両腕が宙を舞い──、
「くッ!!」
──若干距離のあったロウフという狼獣人の腕には深い切り傷が出来ていた。
その様子を見て、他の十名弱の狼獣人達に動揺が走ったのが分かる。
「お前がもっと強ければ、胴体ごと飛んでいただろうな」
私は目の前のウェフォンと呼ばれていた狼獣人にそう告げると、後ろを振り向いた。
「────私の名はゼーレ・フューラン。アンデッド、ゾンビの上位種『屍人帝』だ」
動揺が更に大きいものへと変わっていく。
やはり、知っているようだな。
「し、屍人帝……それにゼーレだと……? そ、それじゃお前はハンサナ大湿地の──」
ザワザワと狼獣人達が何かを話している。
とりあえず、これで一段落か。このままこいつらが私達の情報を持ち帰ってくれれば都合がいい。
私の名前だけではそのまま終戦とまではいかないが、相手方の戦意を削ぐことは可能だろう。
「これでもう大丈夫ですよっ!」
「ア、アンタ……魔族なのに回復魔法が使えんのか……?! しかもこりゃ上級の……」
私の背後では、両腕を失った狼獣人が咲刃の治療によって完全回復を遂げていた。
「これは咲刃が仕えている御方から教わったものなんですよっ!」
誇らしげに胸を張っている咲刃を横目に、私はシャルロットさんに話し掛ける。
「シャルロットさん」
「ん?」
「後処理を任せていいか?」
そう言うと、シャルロットさんは「フッ」と笑う。
「早速かよ」
彼女は肩を竦め、狼獣人のもとへ歩いていった。
狐獣人側に付くと決まった訳ではないが、ニコがそちらにいる以上、今は狼獣人側に付く訳にはいかないだろう。
「お、お前はテオルスのっ?!」
「な、何故?!」
「まさか俺らを始末しに来たんじゃ……」
「……」
うまく事が運ぶといいのだが……。
5万PVありがとうございます。
ところで狼獣人と狐獣人について、良い読み方を思い付いたらルビを振る予定なので、ご了承ください。