【第147話】二人の魔族、そして国主。(2)
「にしても、あの獣人共はいつまでこんなこと続けるつもりなんかねえ。このままじゃ共倒れだろうに」
山道を進みながら、シャルロット殿はやれやれといった様子で言う。
「例の獣人こそが抗争の発端になったと聞いているが、それは本当なのか?」
「あー、ニコな。たしかに、あの戦いのキッカケは“ニコはどっち側のモンか”っつーとこから始まったんだよ」
ニコというのは、これから咲刃達がスカウトする獣人のお名前です。
元々仲の悪い二種族の子ということで、それはもう酷い扱いを受けていたらしいのですが──、
「ニコ殿の持つアレはあまりにも強力ですからね……」
彼女の持つ“特殊体質”の発覚が、彼らの認識を大きく覆したのです。
ちなみに特殊体質というのは、フェイ殿の“蒼炎”と似たような感じですね。
「ん、咲刃はニコのことを知ってんのか? まるでニコのアレを直接見たみてーな言い振りだが……」
「……いえいえっ! ここに来る前、主殿から話を聞いたんですよっ!」
「私は何も聞いていないのだが……まさか、信用されていないのか……?」
事前の情報収集は忍の常識ですからねっ!
……本当ですよ?
「お尋ねしたいのですが、どうして今までこの問題に干渉されなかったのですか? 幻妖術が強力とはいえ、シャルロット殿のような国主級の実力者ならばどうとでもなると思うのですが……」
ヴェルナ山脈は、東西を繋ぐ山脈。ここを通らずに反対側に行こうとすると、とてつもない遠回りになってしまいます。
ですから、この問題の解決は極力早い方が各国にとって良いはずなのです。
「んーとな、詳しく話すとややこしいことになるんであれなんだが……簡単に言えば、“国家間の暗黙のルール”みてーなもんなんだよ」
「暗黙のルール……ですか?」
「ああ。ヴェルナの問題を解決するってことは、解決手段はどうであれいずれかの獣人の支持を受けることになんだろ? それに、ニコも付いてくる」
「なるほど……勢力図が大きく揺らぎかねないのか」
理解しました。調停者であるノア殿が不在の今、狼もしくは狐、或いは両方の獣人を従えた国家が何かしらのアクションを起こす可能性があるのでしょう。
とはいえ、この問題はおおよそ一年前に発生したもので、当時はノア殿も健在だったと思いますし……何より、その“何かしらのアクション”を起こそうとする国に心当たりがありません。
「だからよ、アタイとしちゃあ獣人共がハルに付いてくれりゃ万々歳なんだ。アイツらが“個人”に付く分には何の問題もねーし、超広い目で見ればテオルスに付くことになるしな」
「リーダーはテオルス以外にも交流を持っているから、一概にそうとは言い切れないな」
「ハハッ、それはそーだな」
主殿の交流範囲、交友関係は国主級と言っても過言ではありません。
S級冒険者の方々、そして冒険者ギルドの創設者シャルル・マルタ殿──更には人類最強と謳われている魏刹国主 天黎殿など……。
そういえば、クロノフェリアの国主殿とも交友関係を持たれているとか?
更に言えば、次の魔王会談で世界中の魔王の方々とも交流を持つことになりますし……さすが主殿っ! いよいよ大物ですねっ!!
「どうした咲刃。なんだか楽しそうだな」
「ふっふっふ! やはり咲刃の選択は間違っていませんでしたっ!」
「な、何の話だ……?」
見る目……いえ、見る眼には自信アリですっ!!
「お、そろそろ幻妖術が濃く展開されてるエリアに入んぞ。気をつけろよ」
「ああ」
「承知致しましたっ!」
シャルロット殿が背中に提げていた剥き出しの大剣(サイズの合う鞘がないのかも?)を右手に構えたのを見て、ゼーレ殿も軽い戦闘態勢に入りました。
シャルロット殿が大剣だからでしょうか、今回は短剣で戦うつもりのようです。
「地味にウゼーのが、幻影にも当たり判定があるってとこなんだよな。弱くなってるとはいえ、幻影だから無視ってのが出来ねーし、マジモンの魔物も普通に出て来やがるから処理がメンドクセーのなんのって……」
と、心底面倒臭そうな顔で言うシャルロット殿。
幻影にも実体があるというのは、なかなか面白い技術だと思います。
咲刃のいた繚苑にも似たような技術があるので、どこがどう違うのか確かめてみたいところではありますが……。
「その言い方だと、以前にもここへ来たことがあるように聞こえるのだが……」
「おー、そりゃな。アタイはニコに会ったことあるし」
「ああ、そうだったのか。シャルロットさんから見て、彼女はどういう人物なんだ?」
ゼーレ殿がそう尋ねると、シャルロット殿は「んー」と軽く首を傾げ、それから、
「なんつーか、いろいろと幼いヤツだよ。純粋……ってより、物を知らなすぎるっつった方が近いな。両親をなくしちまったアイツは今、狐獣人側の爺さんに引き取られてるんだが──そりゃもう、メチャクチャに塞ぎ込んでらあ」
そう言って、シャルロット殿は続ける。
「仲の良いダチもいねーもんで、ひどく退屈そうにしてたんだが──アイツ自身が、それを望んでるようにも見えたんだよ」
「「……」」
「────なあ、ウザくね?」
「「……え?」」
残念ながら、唐突に「ウザくね?」と問われた時の返答の最適解を咲刃は寡聞にして知りませんでした。
そしてそれは、ゼーレ殿も同じようです。
「自分の都合をニコに押し付けてる獣人共も、それを受け入れてるアイツも────」
「全部、馬鹿馬鹿しすぎだろ」
「ゼッテー救ける────」
ただ前を見据えて、言う。
「ゼンブぶっ壊して、二度とあんな面出来ねーように、完膚無きまでに救い散らかしてやる」
その宣言を前にして、咲刃達はただ黙って後を着いて行くことしか出来ませんでした。
けれど、一つ。
シャルロット殿と彼らの間にどんな確執があるのかは分かりませんが────、
────この確執になら巻き込まれてもいいと、心からそう思えたのです。