【第144話】約束のモノ。
「結局あの後、話し合いはひとまず解散になって、屋敷跡地に帰って来たのはいいんだけど……」
僕は目の前の──正確には、エリルマーナが住む家の扉の前に置いてある小包を見る。
「『お届けものだゼ!』……ってこれ、絶対あの人じゃん……なんか似顔絵書いてるし」
周囲を見回すが、誰一人いない。人影どころか、少し前までは堂々と建っていたはずの屋敷すら今や見る影なし。マジふざけんな。
(まあ、全部イオの奴が悪いからな)
どこいったんだよ、あの純系魔王は。
(屋敷を壊してすぐ、部下の様子が気になるとか言ってさっさと飛んで行ったぞ)
普通に逃げたのかよ!
純系魔王、かましてるムーブが子供すぎるだろ。確かに見た目通りではあるけど、実際は千歳を超えているはずだ。
「怖いなあ……」
もしこれが本当にキリエさんからの送り物ならば、確実にロクな物が入っていないだろう。
あの人を騙ったイタズラという可能性もあるにはあるが、あの人のことを知っていて、尚且つエリルマーナの毒素をこの至近距離まで耐えることができ、挙句にそんなしょうもないイタズラを仕込もうとする人物に心当たりがなさすぎる。
というか、なんで住所バレてるんだよ。
「ま、もしヤバそうなら『纏衣無縫』で封印してエリルマーナに溶かしてもらえばいいか」
敵とはいえ、別にあの人のことは嫌いじゃないし。いや、結構色々されたんだけど、なんか憎めないというか……。
(彼奴が女子だからではないか?)
……ラティは僕を何だと思ってるんだ?
(そんなもの、女たらし魔王に決まっとるじゃろ)
違う、半分しか合ってない。
(ああ、すまん。ただの女たらしじゃったか)
絶対に消えちゃいけない方が削られてるじゃねえか!
そもそも、僕は言われるほど女遊びをしてた記憶はないぞ。そんな余裕無かったし。
(では、スールパーチでのあの記憶はどう説明するつもりじゃ?)
あれは事故だし、もう時効だよ。はい、この話はこれで終わり。
(自己中すぎるじゃろ……)
そんなこんなで僕は慎重に小包を拾い上げると、扉を開けて中へと入っていった。
☆ ■ 〇
「いいかい、エリルマーナ。もし、この中から変なのが飛び出してきたら、全力で溶かしちゃっていいからね」
「は、はい……」
まあ小包は結構軽いし、流石にドラゴンが飛び出してきたりなんてことはないだろう。
「それじゃ、開けるよ────」
と、僕が梱包を開くと、そこには“腕輪”が入っていた。
「腕輪だ……」
「……う、腕輪ですね……」
一見は、ただの腕輪。何の変哲もなさそうで、デザインやサイズ的にも変わったところはない。
「いや、まだ油断しないほうがいいよ。急に変形してドラゴンになるかもしれない」
(どんな腕輪じゃそれは……)
「あ、箱の底に何か紙が入ってます……」
「ホントだ」
その紙を拾い上げると、そこには短い文章が添えられていた。
“もう全部聞いてると思うけど、ウソついててゴメンね。別に最初から騙そうと思ってたわけじゃなくて、やむを得なかったっていうか……あ、ホントだよ?
ハル君が何者かはよく分からないけど、ウチらが“友達”として話すことはもう二度とないと思う。
それでも、もしまた会えたら、その時は少しだけ何か話そうよ。
あと、約束のモノはちゃんと作っといたから、うまく使ってね。 エヌより”
「エヌさんからだ……」
……何の話だ?
ユナさんから聞いた話じゃ、たしかエヌさんは彁羅との戦いに巻き込まれて重傷を負って、それで今は療養してるとか何とか……そろそろお見舞いに行こうとも思ってたし。
ちなみに僕がティファレトさんと戦っている時、ユナさんは彁羅と交戦していて、例の大怪我もその戦闘に因るものらしい。
最初こそ優勢だったものの、突然仲間が現れ数的不利に陥ってしまったとのこと。
それからユナさんが三人のうち二人に重傷を負わせた(どうやって?)ところで、相手が撤退していったというのが大まかな流れ。
敵に逃げられてしまい、ユナさんはひどく落ち込んでいたが、僕からすれば逃げてくれてめちゃくちゃよかったと思う。
もしあのまま戦ってたら、本当にユナさんが死んでいたかもしれないから。
「じゃあ、この腕輪はまさか────」
前半の内容はさておき、エヌさんと僕の間での“約束のモノ”とは、アレしかない。
「エリルマーナ。これ、付けてみてよ」
「ええっ、私ですか?!」
「大丈夫だよ。触っても溶けないから」
僕は、エヌさんの腕を信じている。
出会ってまだ間もないけど、あの人の機巧に対する熱意と技術は本物だ。
それに、あの人の腕はティファレトさんのお墨付きだから。
「そ、それでは失礼します……」
エリルマーナはおそるおそるその腕輪に手を近付けていく────。
ぬるんっ、と指先が腕輪に触れる。
「あっ……」
はたして、その腕輪が溶けることはなかった。
そのままエリルマーナが腕輪を着けると、周囲の毒素が薄れたのが分かった。
「す、すごいですっ……!!」
「僕の注文通りなら────」
僕は腕輪に触れると、適当にあちこちいじり始める。
──ガチャッ!
「あ、回すのか」
その音と共に、薄れた毒素が完全に消失した。
「調整機能も付いてる、完璧だね」
物珍しそうに装着中の腕輪を眺めるエリルマーナ。
自分の毒で溶けないものというのは、彼女にとっては何よりも珍しいものなのだろう。
この特製の溶けない家を造ってあげた時とか、喜びすぎて僕に抱き着こうとしてたし……流石に生命の危機を感じたよね。
(当時の毒耐性では間違いなく死んどったな)
ひえ〜。
「……?」
僕は、ふと違和感を覚える。
そういえば────、
────この小包は、キリエさんが置いていったものだよな……? 丁寧に似顔絵まで書いてあったし。
それならどうして、キリエさんの贈り物からエヌさんの作った腕輪が出てくるんだ?
……いや、逆だな。
どうしてエヌさんの作った腕輪を、キリエさんが運んで来たんだ?
「……」
まさか────、
「……そんなわけないか。それだと、ユナさんがウソを吐いたってことになるし」
ユナさんが僕にウソ吐くとか、絶対あり得ない……多分。
「大丈夫ですか……?」
「……うん、大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだから」
それから僕は、毒素のなくなったこの家で眠りに就いた。