【第140話】冒険者、帰還する。
「そろそろ見えて来ますよ」
僕は後ろを歩いていた二人に声を掛ける。
「とても楽しみです」
「ハルくんの家って何回行っても面白いんだよね〜。ボクも住もうかな?」
「それは……ちょっと勘弁してください」
というわけで、ティファレトさんとユナさん。
ユナさんはともかく、何故ティファレトさんまで同行しているのかというと、本人が行きたいと言い出したから。
ルヴァリさんの許可も降りてるし、僕としても仲良くなりたいと思っていたので丁度よかった。
「着きました。あれが僕の──って、え?」
「えっ?」
屋敷周辺には若干とはいえ毒素が蔓延しているので(レン達には影響が出ない程度)、一旦馬車で近くまで移動し、それから歩いて屋敷まで向かうことにしたのだが────。
「……屋敷、どこいった?」
僕たちが目的地に到着すると、そこにあるのは、エリルマーナのために用意した建物だけだった。
「あの建物がハル様の家ではないのですか?」
「いや……僕の記憶が正しければ、あの建物の横にもっと大きい屋敷が建ってたはずなんですけど……」
そのとき、脳裏に一つの“予感”が過る。
それはもちろん、嫌な予感。
「な、なんでハルくんの屋敷が消えてるの……?」
「……ユナさん。そういえば、僕の屋敷には純系魔王が遊びに来てましたよね」
「あっ……」
僕の言いたいことが伝わったらしく、ユナさんは全てを察したような表情をする。
ぽつんと取り残されたように建っているエリルマーナの家まで近付くと、僕たちはあることに気付く。
「……ヤバすぎだろ」
「あちゃ〜……かなり派手にやったね、これ……」
「これは……隕石でも落ちたのですか?」
なんと、巨大なクレーターが出来ていたのだ。
「──ま、魔王さま〜っ!!」
と、そのクレーターを遠回りするようにこちらへ駆け寄って来たのは、赤紫色のスライム娘ことエリルマーナだった。
「ただいま。早速、この惨状についての説明がほしいんだけど……」
「そ、それが────」
話を聞いてみると、どうやらギルとイオが戦闘し、その結果としてこうなったらしい。
「……やっぱそれしかないよな」
というか、なんでギルがイオと戦ったんだ? たしか僕が屋敷にいた時は、ラティとクロエさんが相手するっていう流れだったはずなんだけど。
「それで、皆は無事なの?」
興味深そうにクレーターを眺めているティファレトさんを横目に、僕は尋ねる。
「は、はい……今は全員冒険者ギルドにいると思います……」
「そっか。それなら一安心……か?」
目の前の惨状を見ると、何ともやるせない気持ちになってしまう。
地属性魔法があるとはいえ、あの屋敷を完全に再現するのはほぼ不可能。まず原型が跡形もないし、材料もない。土で屋敷を建てる訳にもいかないだろう。
「そういえば魔王様、どうして魔神化されてるんですか?」
「ああ、これ? 話すと長くなるんだけど、めちゃくちゃ短く話すと、戻せなくなったから……かな」
「も、戻せなく……? えっと、それって大丈夫なんですか?」
「今のところは特に問題ないよ。これからどうなるかは分からないけどね」
まあ、何かあったらその時はその時。
……ただ気になるのが、魔神化状態なのに何故か髪色が紺寄りってとこなんだよな。一応灰色ではあるんだけど、くすみが濃いっていうか……。
「どうする? ボク達も冒険者ギルドに行く?」
「そうですね……ティファレトさんもそれで大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません」
まさか、家に帰ったのに帰宅出来ないなんて夢にも思わなかった。
エリルマーナの話じゃ、事件発生時にはレンもいたらしいし、あのメンツでこれならもう避けられない運命だったんだろうな。
ご愁傷様、僕の屋敷。短い付き合いだったけど、とてもよく頑張ってくれた。
「ごめん、エリルマーナ。もう少しだけお留守番しててほしい。すぐに帰ってくるから」
「わ、分かりましたっ!」
という訳で、帰宅(未遂)したばかりの僕たちは、早速冒険者ギルドに向かうことにした。
● ■ 〇
「ただいま、皆。何か言っておきたいことがあるなら、先に聞くけど」
現在、冒険者ギルドのセントラルホール。
僕の目の前には、馴染みのある顔が並んでいる。
「悪ぃハル……俺の不注意のせいで……」
「ごめんなさい、ハルお兄さん。わたしじゃどうにも……」
「我が結界を張ろうとした頃にはもう手遅れだった。本当に申し訳ない」
と、頭を下げる三人。
「妾は悪くないぞ」
「マルタ何も知らなーい」
対照的に、我関せずといった様子の二人。
「……」
別に誰が悪いとか言うつもりはないけど、その態度だけは不正解だろ。
「はあ……しばらくはここで過ごすことになりそうだな。屋敷の建て直しはゆっくりと進めていこう」
「えっ、だーりんがここで寝泊まりするってこと? やった〜」
「僕だけじゃなくて、皆ね。というか僕は、エリルマーナが可哀想だからあっちで寝ようかなって思ってるよ」
「え〜、それじゃつまんないよ〜」
「そうだそうだ! 折角のお泊り会なのに!」
と、野次を飛ばしてくるマルタとユナさん。
「そんなこと言ってる場合じゃないんですよ、ユナさん。いろいろ説明しないといけないんですから。とにかくまずは────」
そう言って、僕は後ろに立っていたティファレトさんに目を向ける。
すると、ティファレトさんは一歩進んで僕の真横に立った。
「えー、こちらの方はティファレトさんです」
「よろしくお願いします」
ティファレトさんは深くお辞儀をする。
「久しぶりだね」
「久しぶりですね、ビナー」
「今はマルタって呼んで」
「承知いたしました、マルタ様」
「どーして“様”が付いちゃったの?」
そんなやり取りを眺めていると、いつの間にかラティの姿が消えていることに気付いた。
(ふむ、なかなか愉快なことをしておったようじゃな)
戻るの早いって。
(それにこの記憶は────な、なななっ!?)
どうしたの?
(な、何故お主がその記憶を持っておるんじゃ……?!)
え、どれ? あの災厄の魔女っぽい人とラティのやり取りのやつ?
(いや、それも確かに気になるんじゃが……それよりも────)
珍しく慌てふためくラティ。
僕は次の言葉を待つ。
そして、ラティ口から放たれた一言は、あまりにも衝撃的だった。
(何故、お主が始まりの魔王と始まりの勇者の記憶を持っておる……?)