【第139話】不可逆。
「────魔神化の解除が、出来ない……?」
「魔神化……?」
ティファレトさんは首を傾げる。
どれだけ解除しようとしても僕の髪色は戻らず、絶えず力が溢れてくる。
「……」
そりゃ、ゆくゆくは魔神化状態で生活していこうと考えてはいた。時期的には、魔王会談辺り。
だけど、これは違う。
僕は変わったんじゃない。
変わってしまったんだ。
この力が僕の制御下にあったからこそ、僕は何も考えずに済んでいたのに。
かつての僕が奥底に沈んていた“疑問”がまた、僕の思考を縛り付ける。
──僕はどうして記憶を失っているんだ?
──記憶の中の僕は、どんな性格だった?
──さっき取り戻した記憶の中の人物は誰?
──そもそも、取り戻した記憶は本物?
──魔神化とは? この力の真相は?
──結局、僕は一体何者なんだ?
いつか僕が完全に記憶を取り戻した時、
────僕は、僕でいられるのか?
『……まあいいか』
よくないだろ。
『だって、最初からこうするつもりだったし』
思考を放棄するな。
『どうなろうと、僕は僕なんだから』
本当に?
『うるさいな……静かにしてくれ……』
そんなこと、今更考えてどうにかなるのか?
考えれば、僕は人間に戻って、平穏な日常に戻れるのか?
そもそも────、
僕は、平穏なんか望んじゃいないんだから。
以前の僕がどういう考えをするタイプで、何を目標に生きていたかは知らないけど────、
少なくとも今の僕は、そんなものに興味はない。
────だから、余計なことは考えなくていい。
そう、決めたじゃないか。
「はあ……」
頭が痛い。
でも、不思議と気分は落ち着いてる。
「──ハル様、大丈夫ですか? もし具合が悪いのであれば、もう少し横になっていた方がよろしいかと……」
「……いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
それから僕は、ティファレトさんに魔神化についてちょっとした説明をした。
「なるほど……とても興味深い力ですね。初めて見ました」
「僕も、僕以外にこの力を持ってる人に会ったことないです」
まず“魔神”というワードすら、関係者以外の口から聞いたことがない。
「その、魔神化を解除出来ないというのは、何か悪影響があるのですか?」
「うーん、特には……でも結構目立つんですよ、これ」
「……今更ですね。 恐らくですが、スールパーチに到着された時点でかなり目立ってましたよ」
それはユナさんのせい。
「まあでも、なっちゃったものは仕方ないですし、これ以上考えるのは止めておきます」
ラティに聞けば何か分かるだろうし、僕が今するべきことは、この状況を受け入れることだ。
「とりあえず、ルヴァリさんが帰って来るのを待ちましょうか」
「ええ、そうですね」
この異変の裏で何が起きていたのか、教えてもらおう。今回の件、僕は予想外のタイミングでティファレトさんに襲われただけであんまよく分かってないし────。
──ガチャ……
と、部屋の扉が開く。
その人物を視認するよりも先に、赤い髪がちらりと映る。
「あ、ユナさん────」
そこにいたのは、間違いなくユナさんだった。
「────え?」
だけど、予想外が一つ。
ユナさん象徴する色であり、最も似合うであろう色──赤。
だけど、それは彼女に最も相応しくないものだった。
「えへ、ただいま……」
「ど、どうしたんですか……その怪我……」
ユナさんの全身、その至る所に傷がある。
一般人にとっては“致命傷”と呼ぶに相応しいほどの流血、つまりは大怪我だった。
「お恥ずかしながら、敵に逃げられてしまいました……ホントごめんっ!!」
と、顔の前で両手を合わせて謝罪をするユナさん。
「そんな場合じゃ──」
「ユナ様、怪我の治療を──」
僕達の言葉を遮るように、ユナさんは笑顔でこう言った。
「────とりあえず、二人は無事みたいだし……ようやく、一安心だよ……」
それだけ言うと、
ユナさんは、バタリと倒れた。
「なっ──」
それからすぐに、“すぴー”という寝息が聞こえてくる。
「……」
「……」
僕とティファレトさんは顔を見合わせる。
今度こそ、お互いに。
そして、「はあ……」と息を吐いた。
「あ、焦った……」
「同じく……」
その後、僕達はユナさんに治療を施し、僕が寝ていたベッドに寝かせることにしたのだった。
☆ ■ ●
「ま、結論から言えば俺たちの勝ちだな」
ファルパンクの国主、ルヴァリさんはそう言った。
「勝ち、ですか……」
「ああ、国への被害はほとんどゼロだったよ。俺の知る限りじゃ、負傷者すらいなかった──君たちを除けばな」
と、ルヴァリさんは僕とティファレトさん、そして僕の背後──つまりは絶賛睡眠中のユナさんの方を見る。
「ユナ君とは、後処理中にとある機巧屋の前でばったり合ってね。君たちの居場所を聞かれて、教えるや否や猛スピードで向かっていったんだよ」
あんなボロボロだったのに、それでも僕とティファレトさんの心配を……流石というか、確かにユナさんらしいけど────。
「むにゃむにゃ……」
僕はユナさんの寝顔を拝見し(深い意味はない)、ルヴァリさんの方を見る。
「……ルヴァリさん、ユナさんは誰と戦ってたんですか?」
「それが、俺も聞いてないんだよな。だが、ユナ君ががあんな怪我してるとこ初めて見たぞ」
「ですよね、僕もです」
……久しぶりだな。
怒りを覚えたのは。
それに、悔しい。
僕たちと彁羅、お互い目的の為に争っただけ──とはいえ、僕は親友を傷付けられて平然としていられるほど物分かりはよくない。
「……とりあえず、僕はユナさんを連れて家に戻ろうと思います。今回の件について、何か知ってるであろう友人がいるので。何か分かったらまた戻って来ます」
「ああ、分かった」
そうして、僕は屋敷へ帰ることにした。