【第138話】結末。
「っ……」
僕が突き出した剣は、ティファレトさんを貫いた。
血は出ていない……が、それが致命傷であることは誰の目にも明らかだった。
決着が、ついたのだ。
ティファレトさんの急所が別にある、もしくは急所など何処にも存在せず、どう足掻いても倒せないという場合はその限りではないかもしれないが──、
「すまない、ティファレト……遅れた。だが、もう大丈夫だ」
──今回ばかりは、その心配は要らないだろう。
仮にそうなら、この期に及んで剣なんて渡されないだろうし、何よりルヴァリさんの表情が全てを物語っている。
これは、“救ける眼”だ。
「……これは……なるほど。確かに、如何にもあの子が考えそうなやり方ですね。もしかすると、大切な友人を失っていたかもしれないというのに……」
「あの子は、敵に甘すぎます……」
それが誰を指しているのかは言うまでもなく明白。
だから僕は、こう言った。
「……どうやら僕も貴方も、随分と信頼されているみたいですね。諦めが悪いのは、全員だったってことですよ」
それにティファレトさん、
貴方は、敵なんかじゃないですから。
マルタの目には、一度だってそんなふうに映ってはいなかっただろう。
すると、ティファレトさんは「ふっ」という声を漏らす。
「…………少し、疲れましたね」
そしてティファレトさんは、ルヴァリさんに振りかざす直前の手をだらりと降ろし、項垂れるように、そのままぴくりとも動かなくなった。
「……終わったんですかね」
「ああ、終わったよ。本当にありがとう、ハル君」
と、倒れるティファレトさんを受け止めながら、ルヴァリさんはそう言った。
「僕の方もかなり収穫があったので、頑張った甲斐がありました。それより、ティファレトさんは大丈夫なんですか? 僕、思い切り貫いちゃいましたよ」
僕は手に持っている剣に視線を落とした。
「それなら大丈夫、その剣に使われているのは特殊な素材でね。ティファレトに巣食っている“ウイルス”にだけ特攻を持ったものなんだ。どうやってそんな素材をつくったのかは分からないが──そもそも、ただの剣で貫いたぐらいじゃティファレトは死なないさ」
マジかよ。じゃあその特攻とやらが効果無かったらヤバかったじゃん。
「まあとにかく、心配は要らないってことだ。直に目を覚ますだろう────」
その時、僕の視界がぐにゃりと歪む。
「……え」
突然全身から力が抜けるような感覚。
これはまずい。ごめんラティ、後は何とか──。
「……」
「だ、大丈夫か!?」
抗う間もなく、僕の意識は遠のいていった。
【──ステータス加速上昇・超大:攻撃力・防御力・素早さ・魔力・体力】
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■ 〇 ●
「……んあ」
僕が目を覚ますと、見知らぬ天井。
僕が見知らぬ天井で目を覚ますのはこれで一体何度目になるのだろう。
あちこち歩き回っている僕にとって、見知った天井で目を覚ますことの方が少ないかもしれない。
「おはようございます、ハル様」
「……えっ」
身体を起こさず、視線だけ声の方へ向けると、そこには例の機巧メイドさんがいた。
僕が貫いたであろう箇所には傷一つなく、逆に僕のボロボロだった身体も完全に再生済み。
まるで先ほどまでの出来事が夢なのかと一瞬錯覚してしまう。
「……念願が叶った」
「?」
僕は身体を起こし、そのままティファレトさんの目を真っ直ぐ見つめた。
「実は僕、昔から“目を覚ましたらメイドさんがいる”という状況に憧れていたんですよ」
「……なるほど、俗に言う“朝チュン”というやつですね」
「全然違いますよ! 僕の健全な夢を汚さないでください!」
「おかしいですね。私の記憶が正しければ、こういう状況を“朝チュン”と呼ぶはずなのですが……」
と、無表情で下腹部をさする動作をするティファレトさん。
「え、ちょっ……えっ?」
今思えば、どうして僕は上裸なんだ? 服はボロボロだったし、脱がせたってのは分かるけど……ヤバいな、事の次第で僕の命が危ない。いやでも、ラティにはバレてないだろうし大丈夫だよな……?
「えっと、あの……」
「冗談ですよ、見事に騙されましたね」
「……はい、もちろん知ってましたよ? あと一応、この世には吐いて良いウソと悪いウソってのがあるんですよ。ちなみに、さっきのは後者です」
「ええ、存じております」
「じゃあ何で吐いたんですか……」
その問いを待ってましたと言わんばかりに、ティファレトさんは右手を自身の胸元に置き──、
「それは恐らく、私が超エリート機巧メイドだからでしょうね」
そう言いのけた。
「……全然意味分かんないですけど。しかも何でちょっと他人事なんですか??」
というか、超エリート機巧メイドなら吐いたら悪いウソ吐くなよ。
「実を言うと、私もあまり記憶がないのです。ですから、少なくとも確実に過ちを犯していないとは言い切れませんね」
「いや、言い切れる。何をどう間違えたら無意識状態でそんな展開になるんだよ」
「ふむ、男性というのはそういう生き物ではないのですか?」
「偏見だ!」
今どき、どこで情報を仕入れたらそんな知識が偏るんだよ。
「とまあ、冗談はさておき……お元気そうで何よりです、ハル様。私の数少ない記憶の中に、“私がハル様を細切れにする”というものがあったのですが、どうやらこれは誤った記憶だったようですね」
「……あながち間違いとは言えないというか、それに近いことはされたんですけど、結果的には無事だったみたいです」
僕は四肢が全て繋がっていることを確認し、ティファレトさんへ微笑みかける。
「あ、そういえば──ルヴァリさんとユナさんは今どこにいるんですか?」
今回の件について、色々聞きたいこともあるし……。
「はい。マスターは私にハル様を看ているよう言い付けて外出中されました。ユナ様に関しては、私は目が覚めてから一度も会っておりませんね」
「そう……ですか。後処理に追われてるんですかね」
僕が考える仕草をしていると、視界の端に灰色の髪が映る。
「……魔神化、まだ続いてた」
そして僕はあることに気付き、
たらりと、一滴の冷や汗が額を伝っていく。
「どうかされましたか?」
ティファレトさんが、僕の顔を覗き込んだ。
「────魔神化の解除が、出来ない……?」