【第137話】再生。
ゆっくりと視界が開けていく。
そして早速僕の目に映ったのは、徐ろに剣を振り上げ、今にも僕の首を刎ねようとしているティファレトさんだった。
「ヤバすぎっ……」
いきなり絶体絶命の大ピンチ。
いい感じに復活して(そもそも死んでない?)「いざ、これからだ!」って時に速攻であの世送りは流石に笑えない。
「……」
というか、身体が動かせないんだけど……どういう訳か僕の四肢を切り刻んでるらしく、再生が間に合っていない。
だけど────、
「ふざ……けんなっ!!」
僕はその掛け声と同時に、僕の四肢があったであろう箇所を『纏衣無縫』で補強し、身体を跳ね起こす。
────どうやら僕の『影術』も、復活したらしい。
その勢いで頭突きを繰り出すも、素早く後方へ飛び退かれ空振りに終わってしまう。
「……もう少しで楽になれたというのに、勿体ないですね」
「お言葉ですけど、僕はもう散々苦痛を味わってるんですよね。お腹いっぱいですよ、流石に」
と、僕はこれ見よがしに影で纏われた両腕をティファレトさんへ向ける。
散々手足を切り刻んでおいでよくもまあ楽になれるとか言えたな。
「では、こうですね──今直ぐ、楽にしてあげます」
するとティファレトさんは剣を構え、地面を強く踏み込んだ。
来る────。
『閃極』
影術に対して強力な耐性を持っている今のティファレトさんを、二本の剣すらない(どこいった?)影術のみの僕では絶対に倒せない。
どうせ他のちょっとしたスキルじゃ、数秒の時間稼ぎにしかならないし、魔法だってあんな不意打ちが二度も決まるとは思えない。そもそも決まってないけど。
……まあそれは兎も角、つまるところ、これは賭けだ。
僕はティファレトの方へ突撃する。
「漸く諦めがつきましたか」
「……」
──シュン!!
ティファレトさんが、一閃を繰り出す────。
「……」
しかしその剣は僕の眼前を通り、空を切る。
僕は咄嗟に動きを止め、その場に急停止したのだ。
それから前方へ飛び出し、再びティファレトさんの方へ向かっていく。
その距離、わずか1m。
当然想定済みだったのだろう。ティファレトさんは素早くワンステップ後方へ退き、次の攻撃の体勢を整える────。
「っ!!」
だが、僕は既にティファレトさんの懐に潜り込んでいた。
ただのハッタリだと思ったのだろうか。
そりゃそうだ。
ティファレトさんの目には、僕は今、“時間稼ぎ”をしたように映っただろう。
何故なら、補強されているとはいえ、僕の四肢はほとんど機能を失っていて、攻撃するにも速度や威力が足りな過ぎる。
だから、あの場面で僕が攻勢に出るとは全く思っていなかった。いわば“猫だまし”のようなものだと踏んだはずだ。
しかしティファレトさんは、万が一に備えて回避行動を取った。
退かずにすぐさま攻勢に出ることだって出来たのに、だ。
その判断の根底には、先ほど僕が繰り出した“不意打ち”がある。
適応、そして進化……それは、いいことばかりじゃない。
その判断が、この盤面狂わせる。
彼女は知らない、僕が更に強くなっていることを。
僕が復活してから、彼女は僕の攻撃を一度も受けていないし────、
『影掌底!!』
────僕は、復活してから今まで力をセーブしていたから。
「ぐっ……!!」
だから、彼女が僕の“速度”や“力”を見誤るのは無理もない。
影術に高い耐性を持っているとはいえ、体術スキルを含んだあの攻撃をまともに食らってしまえば、ああして吹き飛ばされざるを得ない。
「……さて」
後方へ大きく吹き飛び、丁度その方向にあった木に強く衝突するティファレトさん。
衝突の際に生じた砂煙の中に、ゆっくりとこちらへ向かって来ている一つの影が浮かび上がった。
「まあ、ノーダメージですよね」
「……ええ、身体に損傷はありません」
「どうやったら倒れてくれますか?」
「私にも分かりかねます」
まあ、これは想定済み。
僕の本命は────。
「──待たせたっ! ハル君!!」
声がした方を見ると、ルヴァリさんが立っていた。
「はあ……間に合った……」
作戦通りなら、あの人がティファレトさんに対抗し得る“新たな機巧人形”を連れて来てるはずだ。
いや、実際には予定よりかなり早めでハプニングのようなものなのだが、ルヴァリさんやユナさんがファルパンク中で起きているであろう異変に気付く時間は十分にあったのだ。
そこから急ピッチで機巧人形を完成させ、僕が死ぬ前にこの場所に到着するかは完全に賭けだった。
それに、ユナさんもそろそろ到着するはず……というか、真っ先に駆けつけて来てくれると思ってたんだけどな。
勝敗の行方は分からないけど、後はうまくやってくれるだろう。
僕が“影術”……特に『潜影』のアドバンテージを捨ててまでこの開けた場所を戦場に選んだ理由。
それは、ルヴァリさんがこの場所に気付けるように、
そして、後続の彼等が戦いやすくするためだ。
前者に関しては、何かしら追跡するための策があったのかもしれないが──今はもうどうでもいい。
どうせ、最初から僕には勝てない相手だったんだ。
そんなこと、僕が一番分かっている。
僕は疲れたから、さっさと寝てしまおう。
後は、主役に任せようじゃないか。
「ハル君! この剣を受け取ってくれ!!」
「……?」
そんなことを言いながらこちらへ駆け寄ってくるルヴァリさん。
け、剣だって? 聞いてた話と違うんだけど……。
「これをティファレトの“核部分”に突き刺すんだ!!」
「ええ……まだやることあるんですか……?」
ルヴァリさんを眺めていると、その視界の端で何かが煌めく。
あれは、光の反射────。
「こっちに来ちゃ駄目だっ!!」
僕は今日一大きな声を張り上げる。
「ははっ、やっぱり来やがった──だが、もう遅いぞっ!!」
ルヴァリさんは、僕の方を目掛けて手に持っていた剣を思い切り放り投げた。
「……」
その剣は放物線を描く。
しかし、どう見ても距離が足りていない。
次は、
今日一のダッシュか。
瞬間、後方でとてつもない突風が巻き起こる。
冗談抜きで、今日一番の速度で二人を目掛けて全速力で疾走した。近くに人がいたら、間違いなく吹き飛んでいただろう。
多分だけど、『月詠』で最大まで速度強化を積んだ時と同じくらいの速度は出てたと思う。
──ガシッ!
道中、僕は地面に落ちかけていた剣をうまく回収する。
「来いよティファレト! お前の相手は俺だっ!!」
「数時間ぶりですね、マスター。そして、さようなら」
ティファレトさんは、こちらを一瞥する。
僕はそれを確認すると、そのまま剣を構え────、
「……」
「……」
────グサリと、ティファレトさんの胸部を貫いた。