【第136話】過去。
目を覚ますと、目の前には青い空が広がっていて、
何故か僕は、草原で仰向けになっていた。
状況を把握するために、少し前のことを思い出してみる。
「……」
ああ、僕はティファレトさんに負けたのか……しかも、めちゃくちゃ嫌な負け方だった。当分引きずるぞ、これ。
「とはいえ────」
と、僕は身体を起こす。
「だからって、僕がこんな場所にいる理由にはならないよなあ。どこ? ここ」
辺りは見渡す限り草原が続いていて、明らかに僕が先ほどまでいた場所とは違うことが分かる。
仮に、あの後ここまで運ばれたとして「何のために?」という疑問を置いておくする。
だとしても────。
「……そもそも、何で僕は生きてるんだ?」
あの時、僕は確実に心臓部分を貫かれたはず……しかも丁寧に、貫いた後に剣を一回転させてやがった。
まあ、ちゃんと僕が死んでてここが天国だとしたら、ラティには本当に申し訳ないことをしたな。
僕とラティには〝契約〟があるから、僕が死んだらラティも死んじゃうって話だったし。
思い返して見ると、自分以外の命を預かっておいて、命知らずな行動ばっかしてたなあ。少し反省。
と、冗長な語りはさて置き、これは二回目になるのかな。
────漸く、二回目か。
「……っ」
突然視界が歪み、強い不快感と立ち眩みに襲われる。
そして次の瞬間、目の前の景色は一転し、気付けば僕は城の中にいた。
「……もっとどこだよ」
全く見覚えのない場所、しかも、既視感すらない。
前回──悪夢によって見せられた過去の記憶、その時は確かに“懐かしさ”というか、“間違いなく僕の記憶だ”という確信が持てた。
……が、これはそうじゃない。
僕の記憶じゃない。
「ようやくだね、ルシフェル。ここまで本当に長かったよ」
「ああ、後のことは信頼出来る仲間達に任せよう。我々は、更に先の──遠い未来をどうにかしなければな」
僕を挟むようにして、二人の人物が会話をしていた。
「次……いや、その次か。いつの日か、我々の時代で始まったこの長き戦に終止符を打つ為に──我々は、お互いの〝力〟を未来へ託そう」
「ちゃんと出会ってくれるといいね、私達が」
「信じるしかないな。〝魔族と人の共存〟こそ、あの両世界を退けるために必要なことなのだから」
「……天界や深淵の人たちとも、仲良く出来ないかな?」
「……」
「ううん、ごめん、何でもない。それじゃあ始めよっか」
そして視界が暗転する。
次に僕が目を覚ますと、辺りは木々に囲まれていて、目の前にはラティがいた。
「……え、何でここにラティが? というか、いつの間に僕は────」
「ねえシャトラ。ワタシって、何のために生きてるのかな」
突然僕の真後ろから、透き通った綺麗な声が聞こえてくる。
振り返ると、そこには一人の少女。
「さあな」
と、その少女を見つめているラティ。
「シャトラが前に話してくれた天界と深淵が何とかっていう話も、まだずーっと先の話なんだよね」
「ああ、次は四百年か五百年ほど先になるじゃろう。人と寿命を同じくするお主には、ちっとも縁の無い話じゃな」
「魔族も人も喧嘩してばかりだし……ワタシからしてみれば、どっちもそんな変わらないのに。どうして仲良く出来ないのかな」
そう言って、僕の真後ろにいたラティと同じ灰髪の少女は後方へ倒れ込む。
「ねえシャトラ。いっそのこと、全部壊しちゃおうよ。ワタシ──皆に争う余裕があるのがいけないと思うの」
「ワタシが世界共通の敵になって、争ってる余裕なんか少しもなくなるくらいにめちゃくちゃにしちゃえば、皆が一致団結するかもしれない。間違ってるかな」
「一理はあるかもしれぬな」
「でしょ」
「しかしお主は、それで一体何を得る?」
ラティのその問いに、少女は考えるように目を瞑った。
「こんな力のせいで、ワタシは他人より少しだけ不幸になっちゃった──だから、ワタシは証明したい」
「こんなワタシでも生きていいんだって、どんな自分でも好きになっていいんだって、そう思えるように────」
「ワタシは、この力で世界を変えたい」
その少女の髪が更に深い灰色へと変化し、揺れ始める。
身体を起こした彼女が地面に手を置くと、その場所を中心に、じわじわと全てが灰に変わり始めていた。
木も草も地面も生き物も全て、皆等しく〝灰〟となり散っていく。
「何を得るとか何を失うとか、それはやってみるまで分からない……けど、絶対に途中で投げ出したりはしないよ」
「……悪役、か」
「そう、面白そうだと思わない?」
「────まあ、悪くはないな」
そう言ったラティの表情は、慈しみの混じった笑みだった。
「シャトラならそう言ってくれると思ってたよ」
「元より一蓮托生、妾はお主に付いて行くしかないしな」
「ふふ、そうだったね。どこまでやれるかな、ワタシたち」
「お主次第じゃな」
その少女は地面から手を離すと、今度は天を仰いだ。
「英雄のいない暗い時代を、もっと大きな影で覆う。そうすれば、いつかこの時代を照らしてくれる光が現れてくれるかもしれない」
「ワタシは英雄なんかじゃなくて、とんでもなく悪い人として歴史に名を残すことになるかもしれないけど、それでもいい」
「英雄譚に決して欠かせないものがあるとすれば、それは主人公でもヒロインでもなくて────」
「「悪役だから」」
不思議と、僕の口からもそんな言葉が出ていた。
光を光たらしめるのものが“影”や“闇”であるように、英雄を英雄たらしめるのは“悪役”なのだ。
「ワタシは、自分を証明出来る“役”さえあればなんでもいいの」
自分の中にある“絶対に譲れない何か”さえ通っていれば、後はもう何でもよくて。
世界を変えるだとか救うだとかは、全部そのついでで。
だから、主人公の座だとかはどうでもよくて。
────その感覚は、とてもよく分かる。
「……よく分からんな」
「ふふ、戯言だよ」
そして、再び視界が暗転する。
最初の二人は分からなかったが、今の少女は間違いなく“災厄の魔女”本人だろう。
こんなところで彼女の姿を拝むことになるとは思わなかったが──もしかすると、ラティに関すること以外の部分でも、僕と彼女には何かしらの繋がりがあるのかもしれない。
【──記憶の部分的な回復に伴い、『影の魔神化』の最大出力が“75%”になりました】
「……さて、そろそろ目を覚まさなきゃな」
まだ終われない。
立ち上がる理由は、それだけで十分だ。