【第135話】勝者。
「いい加減諦めたらどうですか」
──シュンッ!!
剣の切っ先が、僕の目の前を横切っていく。
「それが出来たら楽なんですけどね」
剣を避けるために引いた左脚を正面のティファレトさんに振り上げ、そのまま縦方向に一回転しつつ距離を取る。
冥廟が閉じ、影術を失った。ただ、ラティの言っていた通り“魔神化”は強制解除されていないし、今の僕でも魔法は使える。
浮遊魔法やら何やらを駆使すればまだ何とかなりそうだけど……ひどい倦怠感のせいで、高所へ行くことが出来ないのが辛いな。
「僕は、貴方を諦めることが出来ないらしいです」
「……私はこの戦いの勝敗について言っているのですが」
「なら、尚更ですね────」
──キンッ!
剣が激しく衝突する音、軽い火花が散る。
ちなみに今は右手にグレリアスを握っていて、アストベルグは鞘に仕舞った状態で戦っている。
『剣糸』が使えない今の僕では、二つを同時に扱うことは出来ない。
先ほどのティファレトさんのように二刀流で戦うという手もあるが、両手が塞がっている状態というのは、魔法を使う関係上あまりよろしくないのだ。
その為、世の剣士達は基本的に二刀流を避けている。
「分かりませんね、何が貴方をそこまで奮い立たせているのか」
振り上げられた剣を弾き、繰り出された蹴りを避ける。
今度はこちらが剣を振り下ろし、反対側の手で中級地属性魔法を繰り出す。
「負けるのは、嫌なので────」
魔法によって鋭く隆起した地面、それを見て素早く後方へ飛び退くティファレトさん。
「ラウンドスパイク改め、『熱砂の大槌!!』」
すると、隆起した地面がぐにゃりと歪み、大きさと形を変え、あっという間に巨大な燃え盛るハンマーへと変化する。
「なるほど、魔法式の組み換えですか……技術は確かなようですが、それでは遅すぎます」
燃え盛るハンマーは、ティファレトさんへと一直線に落ちていく。
そしてティファレトさんは、それを難なく回避し、こちらへ直進して来る。
「良かった────」
僕は地面に手を当て、
「────貴方が、魔法に疎い人で」
そう呟いた。
『改め、大剣山!!』
「なっ──」
次の瞬間、辺り一帯に巨大な魔法陣が展開され、
「今の貴方なら、僕を狙ってくれると思ってました」
土で構成された大量の剣が天を突くように生成される。
“詠唱から発動までに掛かる時間”の短い土属性魔法を、貴方は回避出来ない。
「ぐっ……!!」
間違いなく直撃したと思ったのだが、紙一重のタイミングで剣を使い攻撃の軌道を急所から逸らしたらしく、その勢いで上空へと飛ばされて行った。
「最初の中級魔法は、無詠唱ですよ。僕は『熱砂の大槌』を単体で撃ったんです。二連組み換えなんて、普通は出来ませんから」
僕はついさっき──冥廟の発動時、ティファレトさんの『戦闘プログラム』が無効化されなかったことから、あることに気付いた。
あれは、スキルや魔法の類のものではない、と。
いやまあ、冥廟で無効化出来なかったのだからそれは当然の帰結ではあるんだけど、問題はそこじゃない。
問題は、ティファレトさんがそれを発動したかどうかを口に出す必要がないということにある。
『魔力障壁特効』の付与を例に挙げるとすれば、あれを相手に伝えることのメリットがどこにも存在しないのだ。
何も言わず、黙っていた方が明らかに有利だろう。
スキルや魔法の場合、『詠唱』というフェーズがあることによって精度や威力が大きく上昇するため、不意打ちでもない限りは“詠唱をする”方が有利であり、だからこそ発動の際には詠唱が推奨されている。
……が、ティファレトさんのそれは違う。
先ほど述べた通り、詠唱……というか、口に出す意味がない。
寧ろ、デメリットなのだ。
つまりあれは、ティファレトさんが意図的に行ったと考えられる。
じゃあ、一体何の為に?
それは、そのデメリットこそが彼女の目的で──対峙している僕に、彼女の有する能力についての情報を伝えたかったからだ。
彼女は言っていた。
“いっそのこと、一度に全てジャックしてしまえばいいものを……何故、私の自我が最後まで残るようにしたのか……”、と。
“機巧の制御権を始め、その他全ての権限……そして、精神が徐々に蝕まれていくのがよく分かります”、と。
あの時のティファレトさんは、最低限の制御が利いたということ。
若干の余裕がある内に、自身の能力について、僕が対処しやすいよう分かりやすく丁寧に教えてくれた。
そしてそれは、完全に制御を失ったタイミングが分かるようにするためでもあった。
僕が冥廟を閉じる直前またはその少し後からか……ティファレトさんは、『戦闘プログラム』の発動について一切言及しなくなったのだ。
魅せプレイとか言っていたのも、敢えて回りくどい手段で、それでも確実に攻撃することによって、現在のティファレトさんとの差に僕が気付き易くするための配慮だったのだろう。
おかげで、動きが読める。
さっきまでのティファレトさんとは違って、今の彼女は手加減だとか魅せプレイだとかは一切しないし、確実に僕の首を狙ってくる。
相対して分かる、
今の彼女は、“暴走”してるだけだ。
言葉を交わすことは出来るが、“意思”がない。
不意打ちがしやすいこと、この上ない。
僕の実力の半分は間違いなく『影術』によるものだが、もう半分は『万能者』によって鍛えられた魔神化を含む地力と魔法によるものだ。
影術を失った程度で、試合を放棄する訳ないだろ。
今回の黒幕──彁羅に誤算があるとすれば、彼女の相手が僕だったということ。
そして、ティファレトさんを見縊っていたことだ。
「敵わないな……」
もしかすると最初から全て、ティファレトさんの計画通りだったのかもしれない。
だけど、このやり方だと────、
「はあああっ!!」
空中に飛ばされていたティファレトさんは、空中で姿勢を整え、こちらに向かって剣を構えていた。
「……」
──シュンッ!!
ティファレトさんの背後には、影が一つ。
それは、背後から容赦なくティファレトさんの胴体を貫く。
「っ──!!」
「……これ以外に、貴方を止める方法がない」
僕の背中に提げられている二つの鞘。
そのどちらにも、剣は収まっていない。
そう──ティファレトさんを貫いたのは、アストベルグ。
先ほどの魔法に乗じて、浮遊魔法で剣を死角へと移動させていたのだ。
「……すみません」
体勢を崩し、こちらへ落下してくるティファレトさんを、両手で受け止めようとする僕。
「本当に、これでよかったのかな」
もっと他に方法があったのかもしれない。
もっと時間を稼ぐことが出来れば或いは────。
「……?」
僕は落下中のティファレトさんに、違和感を覚える。
数秒後、僕は彼女を受け止めることになる。
それはいい。これ以上彼女に負荷を掛ける訳にはいかないから。
何だ? 何が引っ掛かる?
その時、太陽光が何かに反射して、ティファレトさんの右手辺りがキラリと光る。
「…………──っ!!」
まずい、やられた。
彼女の右手には剣が握られている。
そんなはずはないのに。
彼女にはもう、意識がないはずなのに。
「お返しです」
跳ねるように身体が動き出し、素早く剣を構えるティファレトさん。
この距離では、そして今の僕では、これを防ぐ術がない。
「不意打ちが最も成功しやすいのは、相手が勝利を確信している時ですよ────ハル様」
「…………最悪だ」
────その剣は、僕の心臓を貫いた。