【第133.5話】一方、スールパーチでは。
時は遡り、スールパーチにて。
「これは……」
俺は机の上に置かれているコアに目を落とす。
これは俺が知人に頼んで作ってもらったもので、新たな機巧人形をつくるために必要なもの。
……の、はずだったんだが。
「これじゃ、どうやってもうまく行かないぞ」
このコアは、見れば見るほど不可解な構造になっている。
詳しい説明は難しいのだが、簡潔に言えば「機巧人形向きではない」のだ。
どちらかと言えば、武器や兵器向きの……いや、それではコアの形をしている理由が分からない。
「……マルタ君は一体何を作らせる気なんだろうな。まあいいか」
彼女のことだ。危機に直面してるってのに、意味のないことなんてさせないだろう。
……不安がないかと言えば嘘にはなるが。
「いつタイムリミットが来るか分からないし、早めに完成させるか。ティファレト、武器製作用の工具を──っと、いけない」
振り向いても、そこには誰もいない。
部屋がいつもより広く感じた。
「……」
何だか、妙な胸騒ぎがするな。
■ 〇 ▼
それから時は少し進み、『Eris』にて。
「──ここじゃ派手な魔法は使えないんじゃないかな?」
「お互い様だよ」
「ボク、魔法使わないよ?」
「派手な攻撃って意味っ!」
目の前の冒険者に、氷属性の魔法を幾つか放つ。
彼女の言う通り、お世辞にも広いとは言えないこの工房じゃ、強力な魔法は使えない。
まあ、それを抜きにしても強力な魔法なんてあんま使えないんだけど。
──シュッ!
氷魔法が命中する瞬間、赤髪の冒険者が一歩前に進んだかと思うと、一瞬姿を消し、再び現れる。
氷魔法はそのまま背後の壁へと衝突し、歪な円形を成した。
「……さっさとウチを片付けないと、今頃スールパーチは大変なことになってると思うよ」
「大変なことって?」
「国中の機巧の制御権はウチが握ってるからね。当然、司令塔ティファレトも」
「そうなんだ」
……彼女はどうしてそんなに余裕そうなの?
実際、今頃国中の機巧が暴走を起こしてるはずだし、ティファレトだって一緒にいるハル君を襲ってるはず。
あの子には申し訳ないけど、ティファレトの制御権を一度でも手放せば、最悪の場合、対処される可能性もあるから。
もう、後戻りは出来ない。
でもまさか、司令塔ティファレトを外に退避させるなんて……どこまでウチの計画を把握してるのかは知らないけど、普通は手元というか、監視下に置いておくものじゃない?
「なら、何も問題はないね」
「……え?」
「だって、ティファレトちゃんの相手をしてるのはハルくんだから」
「……随分とあの子を信頼してるみたいだけど、まさかS級冒険者の貴方が、司令塔ティファレトの強さを知らないってことはないよね?」
「よーく知ってるよ」
彼女は一歩ずつ近付いてくる。
だけど、ウチの魔法じゃ絶対に命中させることは出来ない。
それどころか、彼女の接近を早めてしまう。
今は少しでも時間を稼いで、赤髪を外に出さないようにしなくちゃ。
「たしかに、ハルくんじゃティファレトちゃんには勝てない。ハルくんのことだから、つい戦いを長引かせちゃって、取り返しのつかないことになっちゃった……とか、全然あると思う」
それから口元を緩め、「でもね」と言葉を続けた。
「勝てなくても、負けないよ、絶対に。だから、結局はハルくんが勝つんだ──どういう“勝ち”なのかは、ボクにも分からないけどね」
S級冒険者である彼女が、そう言い切った。
司令塔ティファレトと対峙して、“勝つ”と。
彼は一体、何者なの?
「それと──逃げるなら今のうちだよ? いざって時を待ってたら、手遅れになるよ」
「……」
幸いにも彼女は、“能力を無効化する”類の能力を持っていない。
機巧戦士やあの兄妹が相手なら速攻で逃げることになっていたが、彼女なら立ち回りと運次第で時間は稼げる。
そもそも、今となってはもう待つ以外に勝機はない。
ウチはジルエレンやエイヴンほど戦闘に優れている訳じゃないし、ゼノみたいに強力なスキルを持ってる訳でもない。
だからこそ、時間を稼がないと。
彼が来てくれるまで。
「まあ……この状況でキミを逃がすとか、あり得ないんだけどね────」
彼女の身体がゆらりと揺れる。
揺れて、消えた。
──フッ……
気付けば目の前には、腹部目掛けて拳を繰り出している赤髪の少女がいた。
その視線はとても鋭く、こちらの目を一直線に見据えていた。
『制御論理──!!』
──バキッ!!
据え置きしていた『五重魔力障壁』を展開し、その拳を防ぐ。
単純なバリア系魔法の中で、最も高い強度を誇る魔力障壁。
普段なら詠唱と魔法式構築に大体一分の時間が必要だけど、この能力があれば問題ない。
耐えて。
──バキッッ!!
直前の攻撃から一秒も経たずに、同じ箇所へ打撃が繰り出される。
お願いだから、耐えて。
────ドガガガガガガッッ!!
続けざまに、何十回にも及ぶ連打撃が繰り出された。
「インチキでしょ、こんなのっ──」
S級冒険者、ユナ・ライゼン。
彼女が有するスキルの名前は『多重歩行』
その能力は、“時間の跳躍、及び遡行”。
自分自身にしか影響がなく、彼女の周囲の時間は変わらず進み続ける。
跳躍・遡行が可能な時間の上限は分からないけど、ウチが見てる限りじゃデメリットはまるで存在してない。
自分だけ何度でも繰り返し、やり直すことが出来る。攻撃も、回避も、何もかも。
普通に考えて、勝ち目なんてない。
一対一なら。