【第132話】機巧メイド、ティファレト。(2)
「ぐっ……!!」
僕が空中で体勢を崩すと同時に、僕の身体に突き刺さった剣は全て消滅する。
間違いなく、可能な限りの“最速”でスキルを解除したというのに、それでも間に合わなかった。
「久しぶりに血を流したかもしれないな……」
僕は浮遊魔法の高度を若干下げつつ、再生での自動回復を待つ。
あの瞬間、僕の目に映ったのは、あの剣群を全て正確にこちらへ打ち返しているティファレトさんだった。ほぼ同時に着弾したであろうあの攻撃を、だ。
そんなことが、あり得るのか────?
「まだ終わっていませんよ」
と、地上にいたティファレトさんは片方の剣を勢いよく地面に突き立て、残った剣を両手でしっかり握った。
「ま、まさかね……」
高度を下げているとはいえ、そこそこ距離はあるんだ。そこからジャンプして攻撃とか、天黎さんじゃあるまいし────、
『閃極────!』
──ヴォウンッ!!
「えっ」
僕の綺麗な前フリもむなしく、繰り出されたのは斜め一文字の一閃だった。
……いや、それだけならまだよかった。だって結局、僕には届かないんだから。
『三重魔力障壁!』
咄嗟の魔力障壁。
魔神化したし防御魔法も使った、そろそろラティは僕が“ただならぬ相手”との戦闘中ってことに気付いてるだろうな(魔力共有中)。
「うわっ……」
ズン、という重い衝撃波……厳密には斬撃波がバリアに直撃する。
まあわざわざ説明するまでもないだろうが、今のはティファレトさんのその一振りによって発生したものだった。
一切の魔力を使わずに、この距離の攻撃が可能なのか……そういえば、神洛山で初めて天黎さんと遭遇した時に、あの人も似たようなことをやってたような気もする。
「……」
ユナさん──この人、時間がなくても滅茶苦茶に強いんですけど。
今ならティファレトさんが空中を蹴ってこっちまで飛んできても、驚かないどころか普通に納得してしまいそうなレベルだ。
『“三重魔力障壁”を確認── 一定期間、自身に“魔力障壁特効”を付与します』
──カンッ!
地面に突き立てた剣の柄の部分を軽く蹴り上げ、空中に剣を放り飛ばすティファレトさん。
その剣は綺麗な円を描きながら回転している。
「今度は一体何だ……?」
「ちょっとした“魅せプレイ”です」
……魅せプレイ? というか、この距離で聞き取れるのすごいな。流石エリート機巧メイドだ。
ただ、僕とて黙ってその魅せプレイとやらを完遂させるつもりはないので(気にはなる)、着実に防御態勢を整えていく。
先ほど、“魔力障壁特効”とかいう不穏な単語が聞こえてきた。
今の斬撃波を防ぐように魔力障壁による防御手段をとれば、それがそのまま致命傷に繋がることは想像に難くない。
さて──それではこの場合、僕がとるべき防御手段は何か?
答えは、〝先手必勝〟だ────。
『影の踊り子』
毎度お馴染みの『影刃』の強化版であるこの技。
今では、二十強の数の影刃を同時に飛ばすことが出来る。
──シュンッ!
ティファレトさんが空中へ身を繰り出し、僕に背を向けるように身体を半回転させる。
僕はそれに合わせて二十の斬撃を放った。
威力は若干抑えめではあるが、殺傷能力は十分────。
「────それで、よろしいのですか?」
ティファレトさんはそう言いつつ、姿勢を後方へ倒していく。
そして、回転中の剣の持ち手部分、その底の部分を自身の身体の上下が入れ替わるような形で思い切り蹴り抜く────。
──ビュンッ!!
「っ!!」
あり得ない速度でこちらへ飛来する剣。
僕は左手を振り抜き、影蜘糸に強く引っ張られる形でその場から離れる。
僕が寸前まで浮遊していた場所に馬鹿げた速度で剣が通り過ぎて行き、その跡はまるで光線のようになっていた。
「そんなのってありかよ……」
僕が繰り出した影刃の群れは、見事に木っ端微塵だった。
「ありなのです、ハル様────」
「っ!!」
糸による緊急回避でやむを得ず地上へ近付いてしまった僕。
その隙をティファレトさんが見逃すはずもなく、跳躍による接近を許してしまう。
『磐燎』
「それ片手でもいけるんですかっ──!!」
それがさっきと同じものなら、その攻撃は六連撃で構成されている剣術スキルだ。まさか、それを片手でやるつもりなのか?
「ええ、いけます」
ティファレトさんは、剣を振りかぶる。
魔法障壁も効かない、無縫も恐らく対処されてしまう。糸による回避も間に合わない。そもそもどこへ行ってもまた同じ状況になるだけ。
まだ見せていない技である潜影を使おうにも、この辺りに影はない。
────ああ、これは駄目だ。
使うか────。
『冥廟』
詠唱とともに、少し離れた地上に映っていた僕の影がより黒く染まり、一斉に広がっていく。
そして、その影から高速で伸びてきた黒く尖った物体が、間一髪で僕とティファレトさんの間に割り込んだ。
「第二ラウンドと洒落込みましょうか」
僕は空中で体勢を整えてそう言う。
制限時間は、一分だ。