【第131話】機巧メイド、ティファレト。(1)
「“不愉快”、その一言に尽きます」
ティファレトさんは、静かな、それでいて激しい感情の波を感じるような声色でそう言った。
「いっそのこと、一度に全てジャックしてしまえばいいものを……何故、私の自我が最後まで残るようにしたのか……」
ティファレトさんを連れて近場の開けた場所に移動した僕は、彼女と向かい合うような形になっていた。
「機巧の制御権を始め、その他全ての権限……そして、精神が徐々に蝕まれていくのがよく分かります」
ティファレトさんは、徐ろに右手の剣を構える。
──サァァァァ……
彼女は、魔神化せずにやり合えるような相手じゃない。
『閃極』
ティファレトさんはその場に強く踏み込み、一直線にこちらに飛び込んでくる。
そしてそのまま、構えていた剣を横に振り抜いた。
──キィィィィィン……!!
その剣は僕の繰り出した糸と激しく衝突し、甲高い音を奏でる。
「どうか、私を止めてくださいませ。ハル様────」
『戦闘プログラム・アルファにより、次回の攻撃の成功率が大幅に上昇しました』
ティファレトさんの口から、そんな言葉が聞こえてくる。
嫌な予感がした僕は、『剣糸』で背中に提げていた二本の剣を引き抜きつつ、後方へと飛び退いた。
我ながら素晴らしい危機回避だと思ったのだが、どうやら、世の中はそんなに甘くないらしい。
「──っ!」
僕が飛び退くのと全く同じタイミングで、ティファレトさんはこちらに詰め寄って来る。
そして続けざまに、両の手に握られた二振りの剣で強烈な連撃を仕掛けてきた。
『磐燎』
『纏衣無縫』
僕は最初の四撃を剣で流し、続く二撃を咄嗟に纏った影で防御する。
「なっ──」
まさか途中で剣の打ち合いを放棄するとは思わなったのだろう、動揺しているのが見て取れた(表情は変わってないけど多分動揺してる)。
もしもその二撃が僕の纏衣無縫を貫いていたら、僕は間違いなく致命傷を負っていたのだ。無理もない。
『影掌底』
魔神化、超重撃、そして無縫(略)によって強化されたその一撃の威力は、そこらの上級魔法を軽く凌駕する。
──ドガンッ!!
下から胴体に打ち込むようにして繰り出された掌底打ちをもろに食らったティファレトさんは、若干宙へ浮かび上がるような形で吹き飛んでいった。
『……戦闘プログラム・アルファの再計算を実行、そして戦闘プログラム・ベータにより、同じ攻撃への対応力が大幅に上昇しました』
そんなことを言いながら、ゆっくりと立ち上がるティファレトさん。
なるほど、ユナさんの言葉の意味が理解出来た。
「その姿は……いえ、今は気にすることではありませんね。ハル様、早期の決着が望ましいです」
「……みたいですね」
僕は影蜘糸と影刃を組み合わせ、十数程度の剣の形を模した物体を作り出す。
ティファレトさんは、戦いの中で〝成長〟を遂げていく。
────それも、僕のそれを遥かに上回る速度で。
「参ったな……」
どうやら僕は、そういった相手とすこぶる縁があるらしい。
スキルを成長させ、〝進化〟させたディエス。
他者の力を吸収することで成長し、〝進化〟し続けたエイヴン。
そして今度は、戦えば戦うほど成長し、自身の天敵へと高速で〝進化〟していくティファレトさん。
というか、ティファレトさんに至っては完全に僕の上位互換じゃないのか。
「本当、知り合いが増えれば増えるほど自信が無くなっていくよ。これでも僕、魔王なんだけどな」
「魔王……?」
ティファレトさんは一瞬首を傾げると、身体が跳ねるように動き出し、こちらへ向かってくる。
『影羽々斬────』
『離臆』
初撃は右手から繰り出される横の一閃、僕は当たらないように一歩分身体を後方へ逸らし────、
二撃目は左手から繰り出される斜め下からの一閃、僕は再び一歩分後退し、宙に浮かべていた剣の一つを素早く移動させ攻撃を防ぐ────。
そして三撃目、先ほど僕に躱された右手の剣での突き──は、途中で軌道を変え、ティファレトさんは振り向くように後方への鋭い一閃を繰り出した。
その先には、僕が影で作り出した剣が二本。
それらは“カンッ!”という小気味いい音を立てて宙へ舞う。
同時に僕は浮遊魔法で斜め上後方へと飛び上がる。
次の瞬間、直前まで僕が立っていた場所に一閃が繰り出された。
あくまでも僅かな可能性があったから避けただけだったんだけど、まさか本当にあの体勢から回転斬りをするとは……。
「……」
流石に不意打ちは通用しないか。今ならもしかすると、とか思ったけど……既にそのレベルは超えていたらしい。
だけど、僕の詠唱はまだ終わっていない。
『────影華』
宙に浮かべていた十数本の剣は様々な属性を纏い、一瞬にしてその中央に立っている人物へと襲い掛かった。
「……私の剣術は、とある剣士の方から教わったもので──あくまでも無数に持つ技術の一つに過ぎないのですが、それはさておき……」
「この剣術の本質は、〝防〟にあるのです」
今のティファレトさんが正常な状態かどうかは、僕には分からない。
「今から、それをお見せします」
静かに佇み、目を瞑った。
『無想景刹────』
その身体が、ゆらりと揺れる。
『焉』
それは、一瞬の出来事だった。
僕は上空から、十数本の剣とティファレトさんの成り行きを見守っていた、はずだった。
「っ──!」
僕はその出来事の始まり、一秒に満たない段階でその異変に気付く。
だが、その時にはもう遅かった。
────僕は、致命傷を負っていたのだ。
「ぐっ……!!」
それも、僕が彼女に向けて放ったはずの十数本の剣に貫かれて────。