【第129話】S級冒険者、そして■■■。
「なるほど、それであのような依頼を……」
「はい、丁度いい機会だったので」
僕はエヌさんに“毒に超強い耐性を持つ、いい感じに毒ガスのような害のあるものを遮断出来る装備”を発注した。
これを彼女に装備させることで周囲への被害を抑え、ゆくゆくは自身の毒をコントロールするためのコツを掴んでもらおうという算段だ。
エヌさんは“簡単簡単!”と言っていたので、実際に作れるかどうかの心配はいらないだろう。
「それにしても毒スライムの魔族ですか……ハル様は、なかなか愉快な交友関係をお持ちですね」
「我ながらそう思います」
ラティやレンのことを話したらもっと驚くだろうな……クロエさんとかも。
「用事も済まされたようなので、ユナ様のもとへ向かいましょうか」
「ティファレトさんはもういいんですか?」
「ええ、私も用事は済みましたので」
そう言うティファレトさんの表情は、相変わらず無表情だった。
▼ 〇 ●
同時刻、別の場所では──。
「はあ、ホントにびっくりしたよ。まさか、ハルくんが既に彁羅と接触してたなんて……まあいいや、ティファレトちゃんはハルくんに任せてボクはこっちを片付けちゃおう」
ボクは今、『Eris』と書かれた看板が提げられているお店の前にいる。
二人と別れ、馬車の手配をした後、ボクは二人と鉢合わせしないようにタイミングをずらしてこの場所まで向かった。
「こんなの、ハルくんには見せられないなあ」
『CLOSED』の小看板が掛けられている扉を開けて、中に足を踏み入れる。
数ヶ月前、スールパーチにとある機巧技師が訪れた。その技師はとても腕がよく、その名は直ぐにスールパーチ中に轟いたという。
その技師の名前は “N”──最初はコードネームを名乗る怪しい人物だと思われていたんだけど、彼女の技術は間違いなく本物、徐々に気にする人はいなくなっていった。
少し前に、マルちゃんからとある彁羅のメンバーについて教えてもらったことがある。
その彁羅の名前は “ネメシス”──マルちゃん曰く、これも本名じゃないみたいで、今はファルパンクに身を潜めてるって話だった。
まあ、マルちゃんのことだから、最初からこの時のためだったんだろうけど……ボクに話したってことは、ボクに倒してほしいってことだよね。
相性の問題……それともハルくんがネメシスと接触することを知ってたのかな。ノアちゃんに聞いた話だと、マルちゃんは未来が視えるらしいし(すごい!)。
店の中には人っ子一人見当たらなかった。
閉店済みだし、当然なんだけど。
「……」
てっきり大きい店を構えてるのかと思ってたんだけど、この感じからして基本的にはオーダーメイド形式で商売をしてるのかな。
カウンターまで歩くと、更に奥へと続く扉があった。
恐らくこの先が工房になってて、そこで機巧に関する作業をしてるんだと思う。
その扉を躊躇なく開け、先へと進む。
そこは想像よりもずっと大きくて、先ほどまでいた店内の数倍はあった。
「……はあ、どうしようかなあ。ティファレトにスールパーチの外に出られたら困るんだけど……」
奥にある、部屋の中で唯一明かりを放っている照明に照らされている人物。
「それにあの子も相当な手練れだよね……ウチじゃ多分勝てないし、今すぐティファレトを暴走させるべき……? いやでも、スールパーチには赤髪が──」
「呼んだ?」
「えっ!?」
と、薄紫色の髪の女性は椅子から転げ落ちそうな勢いでこちらに振り向いた。
「あ、赤髪……?! どうしてここに──」
「んー、それがボクの仕事だからね」
ボクは一歩ずつ近付いていく。
「おとなしくやられてくれたらお互い楽だと思うんだけど、どうする?」
そう問い掛けると、目の前の女性──ネメシスは不敵な笑みを浮かべた。
「まさか。寧ろ、丁度よかったよ」
『制御論理』
その声と同時に、部屋中の照明が「ボッ」という音を立てて点灯する。
「なるほど、そういうスキルね」
彼女の周りには、無数もの魔法陣が展開されていた。
あの数の魔法を無詠唱で発動するには、相当な技術が必要なはず……そうでなきゃ、全部が中途半端な魔法式になって最悪発動すら出来ないし。
彼女のことは知らないけど、あの魔力からして、そこまで魔法の技術を磨いている訳でもなさそうだし──。
うーん、詠唱の据え置き……ってとこかな。ラーくんのスキルとちょっと似てるかも。
『多重歩行──』
周囲の時空が歪み始める。
「よし、始めようか」