【第128.5話】冒険者、そして毒スライム娘。
これは、僕が古代遺跡に向かう一週間前の話。
「──しばらく暇になったので、誰かと遊びたいと思う」
「そうか。で、それを妾に報告した理由はなんじゃ?」
「遊ぼう」
「……」
ラティはズズズ……と影の中へと帰って行った。
(少し寝る、起こすな)
「……」
ここに来てまさかの不仲説が浮上したところで、僕は木製の椅子に腰掛ける。
「どうしようかな……」
レンと咲刃、それにゼーレは依頼で空けてるし、クロエさんは上の階でまだ寝てる。エリルマーナと遊ぶと必然的に戦闘訓練になっちゃうし──本人にその気がなくても。
「……フェイに会いに行くか」
最後に会ったのは二週間ぐらい前だったっけ。
この時間に出たらデルクに着くのは昼過ぎくらい(浮遊魔法での移動の場合)か。フェイは夕方まで学校があるし、少し時間が出来てしまうな──、
「ま、魔王さま〜っ!」
と、扉をぶち抜いて入って来たのは毒々しい赤紫色のスライム娘。
扉をぶち抜いたというのは「勢いよく」という比喩表現ではなく、文字通りぶち抜いている。
というか、溶け落ちている。
「エ、エリルマーナ……どうしたの、そんなに慌てて……」
あー、これは玄関からこの部屋までの通路全部やられてるな。
地属性魔法があるから修復にはそれほど時間は掛からないから別にいいけど……エリルマーナのためにも、そろそろどうにかしてあげないとな。
という訳で、現魔王軍最後のメンバーであるエリルマーナを紹介しようと思う。
彼女の名前はエリルマーナ──種族は『死毒粘性生物』で、お察しの通り、全身を致死性の毒で包んだスライムである。
かなり大人しい性格で、少し抜けているところがあるが、まあそこも含めて可愛いスライム娘といった感じ。
彼女の纏う毒は〝とあるパッシブスキル〟の影響で揮発性が非常に高く、身体が弱い者は近くにいるだけで死に至る恐れもあるという超危険な猛毒になっている。
更に見ての通り、その毒は物を強く溶かす効果付き。
僕は彼女のおかげで『毒無効』を習得しているので特に問題はないのだが、レンやゼーレは体調を崩してしまう。
そのため、普段は屋敷裏にある彼女専用の建物で過ごしているのだ。
「た、大変です〜! 屋敷の裏に人が倒れてました〜!」
「人が……?」
……なんで? そもそも、この屋敷の近くに人が来ること自体珍しいのに。
「は、はい……外で物音がしたので、様子を見に行ったら……」
「報告ありがとう。ちょっと見てくるよ」
エリルマーナの毒で死んでないといいけど……まあ、もしそうなってたら証拠隠滅しよう。『一喰い』とかでいいかな。
そうして僕が屋敷の裏まで行くと、エリルマーナの報告通り人が倒れていた。
「あの、大丈夫ですか──って、その格好は……」
青ベースのきちっとした制服──これはファレリアの冒険者協会職員さんの正装だ。
つまり、この時点で証拠隠滅出来なくなってしまったということ。
「う、うう……こ、これをどうぞ……」
職員さんは、僕に手紙のようなものを差し出した。
「ありがとうございます」
僕は以前、カッコいいので伝書鳩なるものを導入しようと思ったのだが、エリルマーナの毒素にやられてしまうので諦めた。
そのため、基本的にはこういった感じで人が配達してくるのだが、今回は裏から来てしまったばかりに(なんで?)毒素に当てられてしまったのだろう。
トドメを刺すことになりかねないので、エリルマーナには屋敷から少し離れた場所に待機させている。
というか、職員さんが直接届けにくることなんてそうそうないんだけどな……。
とか思いつつ、『浄化』と『ヒール』で彼女を治療し、『毒耐性』のバフを掛けて屋敷の中で寝かせておいた。
僕が習得しているのは『毒無効』だけど、バフはいまいち勝手が難しい(習得後回し)。
「えっと、なになに……」
僕は居間で先ほど受け取った手紙を開く。
それは数日前に発見された古代遺跡について、ユアン達から向けられたものだった。まあ今回は詳細を省かせてもらう。
「へえ、面白そうだ」
「ただいま帰りましたーっ!!」
「廊下、すごいことになってましたけど……」
と、溶け切った扉から顔を出したのは咲刃とレン。
「おかえり、二人とも。どうだった?」
「例の魔族の件は何とか穏便に解決できたので、しばらくは大丈夫だと思います」
「さすがだね、お疲れ様」
二人は最近テオルスの治安を乱していた魔族のもとへ冒険者協会からの依頼で向かっていた。
穏便に解決出来たのならそれに越したことはない。うちのメンバーは比較的温厚な性格がちであまり問題を起こさないため、非常に助かっている。
……ここだけの話、何か問題を起こしてくれないかなあとか思ってたりもする。面白そうだし。
「主殿、そちらの方は?」
「ん、ああ……屋敷裏で倒れてたんだ。この手紙を届けに来たみたい」
僕は読み終えた手紙を咲刃に渡す。
「多分ですけど、例の魔族の件で配達関係の作業が滞った影響ですね」
「そういうことか」
それこそ冒険者に依頼として頼むか、一度冒険者協会に訪れていた二人に渡せばよかったと思うんだけど、まあいいか。
「二人も興味あるなら、一緒に行く?」
二人が手紙に目を通し終えたのを確認して、そう訊ねる。
「行きます行きますっ!!」
「わたしも行きたいです」
うんうん、古代遺跡に興味が湧かない訳がないよな。
「主殿とお出掛けできるならどこへでも行きますっ!」
「わ、わたしも……」
「うんうん……ん? うん」
動機が少し怪しい気もするが、二人が付いてきてくれるというのなら心強い。
「エリルマーナ……は無理だよね。可哀想だけど、またお留守番になりそうかな」
「せめて毒素だけでも抑えられたらいいんですけど……」
「そうだね。そのためにいろいろと訓練してはいるんだけど──教えるのが難しくてまだまだ時間が掛かりそうだよ」
僕の持つ『万能者』──有する効果の一つに、“物事の習得を超加速させ、その精度を大幅に上昇させる”というものがある。
そしてこの効果は、“周囲にも半分ほどの効果が反映される”のだ。
そのため、どんな魔法やスキルでも僕が教えることで容易に習得させることが出来る……のだが、それは僕が扱い方を知っているものに限られる。
当然と言えば当然の話で、僕が扱い方を知らないものを誰かに教えるなんて出来るはずがない。
したがって、“自身の毒のコントロール”などの想像すら難しい特別な技術に関しては、最終的に本人のセンス次第という訳だ。
「どうしたものか……」