【第127話】冒険者、そして機巧メイド。(1)
「あ、すみません。そういえば僕、寄っておきたい所があるんですよね」
僕は建物を出ると、エヌさんのことを思い出す。
暫くスールパーチを離れることになりそうだし、挨拶も兼ねてお店の様子を見に行ってみよう。
「あー、さっきの……それじゃ、ボクたちは街の出口辺りで待ってるね。実はボク、ティファレトちゃんと話してみたかった──」
「私もハル様に付いて行きます」
「え〜!!」
「最後に、色々見て回りたいので」
そう言ったティファレトさんは、一瞬だけこちらを見る。
「……」
一応補足しておくと、彼女には「僕の訓練のために手合わせをしてほしい」と伝えている(ユナさんにもそのようなニュアンスで“戦う”と伝えた)。
そのため、彼女は今自分自身がどのような状況に置かれているのかは知らない……はず。
「あはは、最後だなんて大げさだなあ。離れるって言っても、すぐ帰ってくると思うよ?」
「……そうですね」
ティファレトさんは今、何を考えているのだろうか。その胸中を推し測ることは非常に難しい。
表情がコロコロと変わるマルタとは異なり、まるで表情が変わる気配のないティファレトさん──よく考えれば、機巧人形でありながら表情を変えることが出来るマルタが特別なのかもしれない。
……何を考えてるのか分からないという点では、どちらも全く同じなのだが。
「まあでもそういうことなら、ボクは一人で寂しく二人を待つとしようかな。ハルくんは女の子に会いに行くみたいだし……あーあ。ボク、寂し〜な〜」
「そんな当てつけみたいな……大人げないですよ」
「ふんっ、いいもんね! ボクもハルくんみたいに他の人と仲良くやっちゃうから!」
そう言うと、ユナさんは腕を組んで顔をぷいっと背けた。
「それはイヤです。ユナさんが仲良くしていいのは、僕か僕の知り合いだけって決めたじゃないですか」
「なにその約束!? 身に覚えがないよっ!!」
「僕以外の男と仲良くしないでください」
「あ、束縛系彼氏! 最近巷で話題のやつだ!」
「貴様に娘をやるつもりはないっ!」
「今度は父親っ?!」
余談だが、ユナさんは今十九歳らしく、僕はこの間十八になったばかりなので一応年上の人ということになる。
「はいはい。それじゃあ親友兼彼氏兼父親のハルくんの望み通り、一人で寂しく待ってますよ〜」
「あ、好きにしててもらって構いませんよ。なるべく早く戻る予定ですけど、流石に申し訳ないので」
僕はユナさんに手の平を向け、きっぱりとそう言い放った。
「え、なんで急に冷めちゃったの??」
そうして僕はユナさんと一度別れ、ティファレトさんと共にエヌさんが営んでいるというお店に向かった。
★ ■ ●
「ハル様は、ユナ様ととても仲がよろしいのですね」
その道中、ティファレトさんは僕にそう言った。
「そうですね。まだ半年近くの付き合いですけど、僕の知り合いの中ではかなり古い方ですし」
「あの方が隣にいると、何かと大変そうですね」
「それはお互い様……いや、寧ろ基本的に僕の方が迷惑を掛けてるので」
なんだかんだ、ユナさんには一番迷惑を掛けてる気がしなくもない。ラティは相棒だから迷惑を掛けるのは当然として、あの人には本当にお世話になっている。大好き。
「ティファレトさんとルヴァリさんはどれくらいの付き合いなんですか?」
「そうですね……私がこの国の防衛を任されたのが今から十年ほど前。マスターとはその時からの付き合いになります」
十年……思ってたよりも長いんだな。
僕の持つ最も古い記憶の時期よりも昔の話ということだ。まあ二年弱しかないんだけど。
「そういえば、ルヴァリさんは『自分はティファレトさんをつくった人間ではない』って言ってたんですけど……」
「ええ、私の創造主様はまた別におります」
マルタもそうだけど、ティファレトさんのような超精密で、尚且つ〝自我〟を持つ機巧人形をつくりだすなんて、それこそとてつもない技術力が必要なはずだ。
「創造主様は、私やその他の〝セフィラ〟と呼ばれる機巧人形を幾つかつくった後、暫くして姿を消しました。あの方が私へ向けた最後の言葉は、『私が戻って来るまでこの国を任せるよ』というものでした」
「機巧人形を幾つか……? すみません、もしかしてその中に〝マルタ〟という機巧人形はいましたか?」
僕は訊いてみる。
「ええ。セフィラの中で、現在マルタと名乗っている機巧人形は存在します。名は〝ビナー〟──そのように名乗っている理由は分かりませんが、由来は創造主様の名前をもじったものでしょう」
「そういうことか……」
マルタをつくった人と、ティファレトさんをつくった人は同一人物なのか。また何も言わなかったなあの猫。
マルタのあの能力が先天的か後天的か、いずれにせよ滅茶苦茶に優れた能力を持つ機巧人形をつくる技術を持っていて……更にその機巧人形を複数つくっていると。
ということは、以前マルタの部屋で見掛けたあの写真は当時の────。
「……すごい人ですね」
「ええ、本当に」
そう言ったティファレトさんの表情には、どこか哀愁が漂っていた。
「……実は僕、マルタからその創造主さんを探してほしいという“お願い”をされてるんですよね」
「あの子が……? ビナーなら、自身で見つけ出すこちも出来ると思いますが」
ティファレトさんもマルタの能力を知ってるのか……そりゃまあ、二人の関係性から考えれば当然っちゃ当然か。
「しかしなるほど……確かに、あの子は我ら“セフィラ”の中で唯一、姿を消す直前の創造主様に会っていますから。行方が気になるのでしょう」
「ティファレトさんは気にならないんですか?」
数秒ほどの沈黙の後、ティファレトさんは口を開いた。
「……最初は気になっていましたし、今も気になっていないと言えば嘘になります。ですが、今はもう信じて待つしかないのです。ビナーが現時点で見付けられていないということは、もはやこの世界にいないと言っても過言ではありませんから」
それが比喩なのか、はたまた“天界”や“深淵”を指しているのかは分からなかった。
「見つけますよ、必ず。そう“お願い”されたので」
それに、その人がもし天界や深淵にいるのなら、ノアさんや時臣さんが見つけ出してくれる可能性だってある。
「気長に待つことにします」
きっと気のせいだろう。
ティファレトさんが、笑っているように見えたのは。