【第126話】ファルパンクが抱えた問題。
「ティファレトは、既に敵の手に落ちている」
「今から一か月ほど前、何者かが俺やティファレト自身の目を潜って接触して来たんだ」
ルヴァリさんは続ける。
「ティファレトに正体不明の核が埋められてたんだよ。タイミングは不明だが、あいつの制御を崩壊させるプログラムが組まれていた──分かりやすく言えば、暴走だな」
ちなみに〝核〟とは、魔力を流し込むと動力源となる魔石のことであり、魔物や魔族を倒した時に出現するものとはまた別物だ。
機巧こと魔導機巧は、その核を動力源にして動作するよう特殊なつくりになっている。そのため、機巧の作成には高い技術力を要する。
「盲点だった。ティファレトの管理するシステム等を経由せずに、直接干渉してくるとはな……ありゃ間違いなく凄腕だ。ティファレトにもその何者かと接触した記憶はないみたいだし、俺だって話を聞くまで知らなかった。というか、実際に確認するまで信じてなかったしな」
ティファレトさんに接触──しかも、当の本人にその記憶はないときた。実を言うと、その奇妙なトリックを遂行可能な人物に心当たりがないことはない。
ルヴァリさんは“彁羅”のことを知ってるみたいだけど、キリエさんのことは把握しているのだろうか。
「その核とやらは取り除けないんですか?」
「無理に取り除こうとすれば死ぬ、そうでなくとも即暴走──本人に具体的なことは伝えちゃいないが、勘付く可能性はあるだろうな」
「それなら、ティファレトさんに全部伝えるのはどうですか? あの人なら自分で何とか出来そうな気がするんですけど」
「それも無しじゃあないが、それで解決させてくれるほど例の何者とやらは甘くないだろうさ。絶対とは言えないが、何かしら手を打ってると考えるのが妥当だな」
「それじゃあ、ティファレトさんから全機巧の統帥権を剥奪して隔離する感じですか?」
「それは無理だ。あいつの本当のご主人様は俺じゃないからな。加えて、稼動停止も俺には出来ない」
僕の考えた──というより、誰にでも思い付くような“対処法”を、一つ一つ否定していくルヴァリさん。
「……もしかして、ティファレトさんと戦うつもりですか?」
謎の核は取り除けず、隔離しても彼女の暴走によって国中の機巧は制御が効かなくなるし、稼働停止も出来ない。
「ああ」
「……そうですか」
ルヴァリさんは、既に覚悟を決めているのだろう。
「そして、その為のこれという訳さ」
と、僕とルヴァリさんの間にあるテーブルの上に置かれていた物を持ち上げる。
「さっきも言った通り、これはあいつに似た存在をもう一人つくり出す為のパーツだ」
なるほど、このパーツでつくりだした機巧をティファレトさんにぶつけるということか。
「……ルヴァリさん」
いいことを思い付いた。
我ながらなかなか秀逸な発想だと思う。
「実は僕、結構強いんですよ」
「知ってるよ、君のことはギルから聞いてるからな」
先述の作戦も悪くはなさそうだけど、結局全てその機巧次第になってしまう。
それなら、僕もその戦いに混ざった方がいいんじゃないか? 常識的に考えて、複数人で相手した方がやりやすいはずだ。
「その作戦、僕たちも参加していいですか?」
まずラティを巻き込むのは確定として、後はエリルマーナとクロエさん辺りにも手伝ってもらおうかな……。
「僕にも、手伝わせてください」
彁羅が何を考えてるかなんて分からないけど、何故ティファレトさんに目を付けたのかくらいは分かる。
それは、彼女が強いからだ。
そんなの、僕だって気になるに決まってるじゃないか。
「……感謝する。悪いな、手伝わせることになって」
ファルパンクを救うためにティファレトさんと戦うんじゃない。僕の好奇心でティファレトさんと戦って、その結果としてファルパンクを救うことになるだけだ。
手段と目的の順序はどうであれ、全員が幸せになるならそれに越したことはない。
だけど一応、僕の善意で手伝うということにしておこう。
僕のイメージに関わるし。
■ 〇 ●
「そんな訳で、ティファレトさんと戦うことになりました」
「え、なんで???」
現在、僕はユナさんと先ほどと同じ建物内で雑談をしていた。
あの後、ルヴァリさんから作戦の全容を聞いた。
作戦といっても、元々の計画を完遂させるために僕を加えただけで、特に僕が何かする訳じゃないんだけど……まあそれついてはまた後で説明しようと思う。
ちなみにルヴァリさんは元々、パーツの配達が終われば速やかに僕たちをファルパンクから離れさせる予定だったらしく、それは単純に僕たちを巻き込みたくなかったからなのだろう。
ただ、僕がそれに気付いてしまったから、全てを話してくれたという訳だ。
そして、僕とてユナさんを巻き込むつもりはないので、必要以上に説明するのは止めておこうと思う。
「どうせあれでしょ? “どれくらい強いのか試してみたい”とかでしょ?」
「……やだな、ユナさん。善意ですよ、善意」
少なくとも悪意ではないことは確かだ。
「うわ、嘘くさいなあ。ハルくんの口から“善意”とか“親切”って言葉が出た時は全力で疑えって聞いたよ?」
「どこでそんな悪質なデマを聞いたんですか……」
「マルちゃんが言ってた」
……じゃあそれは紛うことなく事実だ、否定のしようがない。
マルタはラティと同じくらい僕のことを理解しているとても仲の良い友人なのだから。
「お待たせしました、お二方」
と、僕達の前に現れたのはティファレトさん。その右手には鞄が提げられていた。
「それじゃあ行きましょうか、僕の家に」