【第125話】冒険者、そして国主と機巧メイド。(2)
「ティファレトはかれこれもう十年近くこの国を守り続けているんだが……そろそろ休ませてやりたいんだよ」
と、悲哀の目でティファレトさんを見るルヴァリさん。
「こいつはな、“この国の守るため”だけにこの国に留まってていいような奴じゃないんだ。知ってるだろ? “ファルパンクの不滅神話”」
「……」
知ってるか知らないかで言えばまあ知らないんだけど、このタイミングで「知りません」というのもテンポが悪くなりそうなので知ってるということにしておこう。
「あのねハルくん。ファルパンクはここ十年、全域を見ても魔物や魔族による国民への被害件数が二桁を超えたことがないんだよ。だから、“一生滅びず発展し続ける国”として有名なんだ」
と、こっそり教えてくれるユナさん。
流石、よく分かってる。僕が分かってないことを。
「……えっと、それじゃあ余計ティファレトさんを休ませるというのに納得出来ないんですけど……まず、国防最大の要であるティファレトさんを本人の意思に関わらず外してしまうというのはどうなんですか?」
新しくつくろうとしている機巧とのツーオペにすればいいのに、わざわざティファレトさんを“休ませたい”という至極単純な理由で抜いてしまう理由がよく分からない。
それはティファレトさんも同じようで、
「マスター、その発言は理解しかねます。第一に、“この国の守るためだけにこの国に留まってていいような奴じゃない”という台詞の真意がよく分かりません。第二に、この国の防衛は私以外には“絶対に”務まらないでしょう。第三に、休もうにも私にはこの場所以外に当てがありませんし、そもそも私に休息など必要ありません」
と、無表情ながらも感じられるものすごい剣幕でまくし立てた。
「分かってる、ちゃんと説明するから」
そう言って、ルヴァリさんは一息つく。
そして、とても真剣な表情でこう言った。
「“彁羅”──この国最大の脅威になっている連中の名前だ」
「「……!!」」
「……?」
僕とユナさんには馴染みのある言葉、しかしティファレトさんは何のことを言っているのかさっぱりといった様子だった。
「……詳しく聞かせてください」
僕がそう言うと、ルヴァリさんは頷く。
「────彁羅は、ティファレトを狙っている」
……まあ、薄々そんな所だろうなとは思ってたけど。
彁羅の最終目的が何にせよ、マルタのラプラスを奪おうとしたり、そのために魏刹に魔物群大行進をけしかけたり、いわば世界征服、或いはそれに当たって必要な戦力を集めているように思える。
もし僕が彁羅だったら、ティファレトさんのような“たった一人で国全域の防衛を可能にする”というふざけた存在を放っておく訳がない。
彼女をどうにか仲間に、そうでなければ“いずれは倒すべき存在”として認知しているはずだ。
「誰が来ようと、絶対に返り討ちに出来ますが」
と、凛とした無表情(?)でそう言い退けるティファレトさん。
「……ユナさん、ティファレトさんってどれくらい強いんですか? すごい自信ですけど」
僕はユナさんにこっそり尋ねた。
「んー……時間さえあれば、世界中の誰と戦っても、戦い続けても無敗の成績を収められるくらい?」
「……マジですか?」
「マジマジ、真面目に大マジだよ」
「最強じゃん……」
時間があればという前置きは少々気になるものの──なるほど、それならこの自信にも頷ける。
「違うんだ、ティファレト。俺が本当に危惧しているのは……」
言い淀むルヴァリさん。
ティファレトさんは「?」といった様子で続きを待っている。
だけど僕には、ルヴァリさんのその言葉の先が分かる。
何故なら、僕も似たような道を辿ったから。
「もしも、ティファレトさんが敵の手に落ちた場合。もしくは、既に落ちていた場合、ですか」
「……ああ」
僕は以前、キリエさんの能力によって魏刹で軽い騒動を起こした過去を持っている。
国の防衛を一旦に担っている彼女が万が一にでも陥落すれば、それは正真正銘“ファルパンクの滅亡”を意味している。
国中の機巧兵士や機巧兵器が全て敵の手に落ちるということ。
そして何より、ティファレトさん自身という最終防衛ラインを突破されたということなのだ。
そうなってしまえば、後はもうトントン拍子で事が進むだろう。
「私に、もしもが……?」
と、ティファレトさんは相変わらずの無表情で首を傾げた。
「──なるほど、それは大変ですね。もしそうなれば、この国は一夜にして崩壊すること請け合いでしょう。私は超優秀なエリート機巧人形なので」
なんて物分かりがいい人なんだ。
「……まあそういうことだ。ティファレトには暫くここを離れていてほしいんだよ。ちょっとした休暇のつもりで楽しめばいいさ」
なるほど、そういうことか。
僕が盛大な勘違いをしていなければ、この話の重点は別にあるはずだ。
「……ルヴァリさん……えっと──」
「……ティファレト、それにユナ君。少し外してくれないか。これから俺たちは漢同士の会話をするんだ」
ルヴァリさんは僕の目を見据えてそう言った。
「承知いたしました。何かあれば直ぐにお呼びつけください」
「よく分からないけど、それじゃあ外で待ってるね」
と、二人は部屋を出て行った。
「さて……」
そう言って、ルヴァリさんは腕を組む。
言い出しにくそうだし、僕から話を切り出すとしよう。
「実際、どれくらいなんですか?」
「……話が早いな。まあ、確定と言ってもいい」
「ということは────」
この国は今、深刻な事態に陥っている。
分かりやすく言えば、滅亡の危機だ。
「────ああ。ティファレトは、既に敵の手に落ちている」