【第14話】冒険者、そして影の魔人。
目の前の魔族。その力量差は明確で、明瞭で、明らかに圧倒的だった。
さて、どうしたもんかな。勝算があるとすれば、ここが森で、この場所に陽が当たらないというところだ。
「そちらが来ないのであれば、私から行かせてもらおう」
ディレはそう言うと、パッと姿を消す。すかさず視線を左右に動かすも、どこにも見当たらない。
まずい、早速見失った。もし、僕が敵だったらどうする? 相手が自分を見失ってるとして、どこから攻める?
────そんなん、後ろしかないだろ!!
僕は決め打ちで振り返り、剣で防御した。もしこの予想が外れれば、恐らく死ぬ。
──ガキンッ!
「!!」
僕の予想は的中する。
だけど、そこには予想外があった。
「ぐあっ!!」
ディレの攻撃は、あまりに重かった。
見てくれはただの手刀。しかしそれは、巨大な魔獣に体当たりをされているかのような感覚……巨大な魔獣に体当たりされたことないけど。
僕は耐えきれずに後方へ吹き飛ばされる。
これはマジでヤバい。剣が折れなかっただけ良かったけど、この調子でセインさんが戻るまで耐えきれるのか──?
僕の脳裏には最悪の状況が過っていた。考えたくはないが、考えられる最悪。
────セインさんは、無事なのか?
「よく防いだ。今のは確実に殺ったと思ったんだがね」
「だからこそだよ。君が優秀だからこそ、最も確実に殺れる方法で来ると思ったんだ」
「なるほど、人間はやはり面白い」
「では、これはどうかな」
ディレの手に浮かんだのは光る玉のようなもの。
魔力で作られた弾──あの魔弾の威力がどれくらいかは分からないけれど、まともに食らえば死ぬという点ではさっきと変わらない。
「どうかな、僕にも分からないや」
「答え合わせといこうか」
そして、魔弾が高速で飛んでくる。
『影刃!』
「無駄だよ」
影刃と魔弾が衝突し、強烈な衝撃波が発生する。
技の威力に差がありすぎて、その衝撃波をもろに食らってしまう。
「くっ……」
「今度は、仕留めよう」
ディレの両手には大量の魔弾が浮かんでいた。
衝撃波で発生した砂煙が晴れる。
ディレは今度こそ、魔弾を僕に命中させるだろう。
僕には、あれだけの魔弾を撃ち落とすことはできない。
しかし、
────そこに僕はいなかった。
『潜影!!』
「!!」
僕は、ディレの背後に回っていた。
潜影──習得した影術の一つで、影を経由して高速で移動するスキル。
汎用性の高い便利なスキル。その問題点は、発動中は周囲の景色が一切見えないというところ、そして発動には一定以上の濃さの“光によって生まれた影”が必要だということ。
「貰った!!」
確実に首を斬った、と思った。
「──私が並の魔族なら、これで決着が着いていたかもしれないね」
刃は首を少し斬った所で止まっていた。
「硬っ!!」
なんだこれ、硬すぎるだろ!
「惜しかったね」
ディレは魔力を込めた拳を繰り出す。
この体勢では躱せるはずもなく、直撃をくらう。
「があっ!」
とてつもない威力の拳──僕は再び思いっきり後方へ吹き飛ばされ、木へ衝突する。
剣がカランという音を立てて付近に転がっていく。
やばい、めちゃくちゃ痛い。
『呪いの枷』
「──!!」
う、動けない……呪い耐性とか持ってたはずなのに。
「少しは楽しめたよ」
ディレの手には再び無数の魔弾が浮遊していた。
影刃も潜影も通用しない。影縛りだって今の練度じゃどうにもならないだろう。
万策が尽きたということだ。
「さよならだ、人間────」
(……ここまでか。まあ、及第点じゃな)
ラ、ラティ──出てきちゃ駄目だ。コイツは最上位魔族なんだ……。
「おい、若僧。そこまでにしておけ」
ニュン、と僕の影から姿を現すラティ、もとい影の魔人。
「はて、貴方は……──ッ!?」
ラティが手を振ると、いつか見た黒い斬撃が放たれ、ディレは後ろに大きく飛び退いた。
「そのままじっとしておけば良かったものを──今ならまだ、楽に死ねるぞ?」
「……驚いた。ただの人間に、魔人が憑いているとは。青天の霹靂とは、まさにこのことだな」
「ただの人間、か。貴様には、コイツがただの人間に見えるのか」
「違うのか?」
「そうか、分からんか。貴様がそんなザマでは、魔王シリウスとやらもさては大したことないな?」
「……まさか、一介の魔人如きがシリウス様を侮辱するとはな。取り消すなら今の内だ」
「ならば、力尽くで撤回させてみるか?」
「あの世で悔いるがいい」
「ま、貴様の相手は妾だけではないがな」
そう言うと、ラティは僕の影に戻っていった。
かと思うと、
『影の傀儡術師』
えっ、何。何が起きてるの?
(お主の体、少し借りるぞ)
──バキッ!
「……呪いの枷を力ずくで解くか」
「「コイツの為にも、身体で覚えさせようと思ってな」」
「角に紅い眼、それに濃灰色の髪。まるで、さっきとは別人のようだ」
「「ああ、別人じゃな」」
「なるほど──その異質な力。上位種の魔人、といったところかな?」
「「惜しいな、良い線は行っているぞ」」
『影の踊り子』
無数の黒い斬撃が放たれる。
影刃なのだろう、この斬撃は。
僕のものとは、あまりに次元が違いすぎて気付かなかったけど。
『二重魔力障壁!』
僕とラティは合体してるっぽいな。よく分からないけど、見た目も変わってるのか? しかも、主導権は完全にラティにあるみたいだ。
ていうか、そういうのできるなら特訓の時にやってほしかったんだけど……。
(それは無理じゃな)
必殺技みたいなもので、何か代償があるとかか?
(いや、慣れない体で動くのは疲れるから嫌なんじゃ)
それだけ?
(あと、お主もヘトヘトになるぞ)
……。
ラティは先程、僕が吹き飛ばされた時に飛んでいった剣を回収し、背中の鞘に収めた。
「「よし、お互い準備運動も済んだみたいじゃな。それでは始めるとするか」」
「君は思っていた以上に危険だな。今のうちに殺しておくべきだ」
とか言ってるけど、大丈夫なのか?
(一応、妾とお主の力が合わさってる状態じゃからな。慣れない体とはいえ、なんとかなるじゃろ)
『呪いの十字架!』
『影刃』
──シュンッ!
「なっ!」
ディレが繰り出した十字型の魔法は、一瞬にして真っ二つになった。
「「魔法戦は面白くない。貴様に勝ち目がないからな」」
「言わせておけば────」
『呪われた世界!!』
突然、目の前の風景が歪み始める。
「「結界魔法──なんじゃ、超級魔法も使えるではないか、貴様」」
「その余裕、いつまで持つかな。この結界の中では、君は私を視界に捉えることはできない。そして、君の身体は少しずつ蝕まれていく」
「「コレに付き合うのも面白そうじゃが……一つ。貴様に教えておいてやろう」」
「……?」
「「格の違い、というやつをな」」
そう言うとラティ(僕)は両腕を大きく広げ、天を仰ぐようにする。
すると黒い影のようなものが腕に集まり、巨大な腕の形を成した。
『大暴食の腕』
そして、振り上げた両手をX状に振り抜く。
その腕が通った場所には何も残らなかった。
そう、残骸一つ残らなかったのだ。
腕が掠ったであろう地面は綺麗に削り取られていた。
「「さて、さっさとこの結界を壊して出るもよし。貴様に命中するまで手当たり次第振り回すのも悪くないな? くくく……」」
うわー、えぐ。
「そんなデタラメな……ありえない、そんなこと────」
「「────あり得るんじゃな、これが。何しろ妾は、数千年を生きておるからな。この意味が分かるか?」
えっ、初耳。
「な、なんだと……!?」
────バリィンッ!!
容赦なく結界を破壊するラティ。
そして大きな黒い手は姿を消した。
「「貴様は運が悪かったという事じゃ」」
「数千年だと……? それが本当なら君は────」
背中に差していた剣を抜くラティ。
「「怪しまれると困るのでな、トドメは剣にするぞ」」
「くっ、シリウス様の為に……君は、君だけは私が殺──」
──シュンッ……
剣は綺麗な軌道を描き、ディレの胴を斬り裂いた。
「がっ……シリウス……様……」
ディレは膝から崩れ落ちるように斃れた。
と、とりあえず何とかなった……のか?
「「はあ……やはり疲れるな、慣れない事をするのは」」
助かったよラティ、僕だけじゃどうなってたか。
(これでお主が成長してくれれば、妾の苦労も報われるというものじゃ)
出来れば、体を返してくれると嬉しいんだけど。
(ああ、忘れとった)
シュゥゥゥ……
「あっ、戻った」
「ハルさーーん!! 皆さん! こっちです!」
この声は──フェイ?
それにこの大量の足音、もしかして助けを呼んできてくれたのか?
「フェイ……僕は大丈夫、だ……」
あ、まずい。これは……倒れるやつだ……。
(ヘトヘトになるといったじゃろ?)
ヘトヘトとかいう次元じゃねぇ──!!
バタン、と僕は地面に倒れ伏す。
「ハルさん!? 血、血が!!」
……フェイが僕を呼ぶ声が聞こえる。
元気そうで良かった。
「そこにいるのは魔族じゃないか? 死体が消える前に確認しろ!」
「この少年が……のか? 低く見積も……上級はあるぞ、この魔……」
「……ルさん!……死ん……」
……面倒なことにならないといいけど。
【──ステータス加速上昇・大:筋力・防御力・敏捷性・魔力・体力】
【──相伝スキル『影術:纏影』を習得しました】
【──レア剣術スキル『影刃斬り』を習得しました】
【──パッシブスキル『呪い耐性』は、レアパッシブスキル『呪い無効』へ進化しました】