【第122話】いざ、目的地へ。
「それじゃあ行ってくるよ」
ということで、僕は一度屋敷まで戻って来ていた。
マルタの言っていた「おつかい」とは、ファルパンクの首都“スールパーチ”にいるとある人物に機巧のパーツを届けてほしいという至ってシンプルなものだった(一安心)。
テレポートがあるんだから自分で行けよとは思ったが、いつものことなので今更とやかく言うのはやめておいた。どうせ何か裏があるし、それを避けられないのも分かり切っている(絶望)。
まあでも、言い方からしてそれほど大変なことでもないだろう。
「わはは、この屋敷は最高だな! まさかベルクロエもいるとは思わなかったぞ!」
と、当然のようにソファに座って寛いでいる太陽の御子ことイオ・サンライト。
「後のことは任せるよ。もうすぐレンも帰ってくると思うから、皆仲良くね」
「頼む……妾も連れて行ってくれ……」
「え、なんで? 折角昔馴染みの三人が揃ってるのに」
「……」
「……」
「……?」
ラティとクロエさんから向けられる何とも言えない表情に困惑する僕。
「……お主よ。此奴はな、三度の飯より戦うことが好きなんじゃ。特に、同格の知人に会うと必ずそうなる」
「もちろんこのあと戦うんだぞ!」
「……」
とんだ戦闘狂じゃねえか。人懐っこいって言うからただの元気な魔王かと思ってたのに。
「……クロエさん、出来れば屋敷が崩壊しない程度に何とかしといてください。エリルマーナもいるので」
「な、なにゆえ我がっ!?」
「見た目も大人ですし、実質保護者ですよね?」
ユエさんから分離したクロエさんは今、大人の姿になっている。髪色も貝紫色単色で、ユエさんの方も黒単色になっていた。
というかやっぱり、ユエさんのあの変わった服装はクロエさんの影響をもろに受けてるんだな。
「夜なら兎も角、この時間帯では普通に力負けするのだが……」
「イオは夜でもいいぞっ!」
「はい、それじゃあよろしくお願いします。クロエさん」
「……まあ、最善は尽くそう」
「ありがとうございます。じゃあそういうことだから、ラティはお留守番ね」
そう言って、僕はラティの頭をぽすぽすと軽く叩く。
「ぐぬぬ……この影男め! いや、違うな……この日陰者め!」
「面と向かってるのに、まさかかげ口を言われる日が来るとは」
日陰者って……僕は今までそんなに悪いことをした記憶はないぞ。
……ん? 嘘かも。
「い、嫌じゃ……面倒臭い……」
と、嘆くラティを置いて屋敷を後にした。
■ ● ■
「ファルパンクって何があるんですか? 実はまだ行ったことないんですよね」
目的地であるスールパーチに向かう馬車の中で、僕はユナさんにそう尋ねた。
「んー、機巧?」
「……そりゃそうでしょうけど」
機巧国家ファルパンク──エレストルの東北東に位置する国家で、“機巧国家”とあるように国中に機巧があふれている。国防には生身の人間ではなく『機巧兵士』を採用しており、それを成立させられるだけの技術力を持っている。
そして、ファレリアからスールパーチまではざっと200kmほど離れていて(ファルパンクの中でも大分遠い)、馬車だと約四日で到着する。
ここで一つ、余談を挟もうと思う。
現在冒険者ギルドに設置されている『転移魔法陣』は超貴重な素材を用いた特殊仕様のもの(マルタ作)で、従来のものは“転移者自身が膨大な魔力を消費する”必要があったのに対し、それは“踏むだけ”というとても便利なもの。
──なのだが、冒険者ギルドにある転移魔法陣は一つだけ。
世界中の超A級ダンジョンに置かれている転移魔法陣は全てその一つの魔法陣に繋がっていて、冒険者ギルド側から場所を指定して転移することは不可能なのだ。
ダンジョン側の魔法陣を踏んだ時点で魔法陣がその人物の魔力を記憶し、次に踏んだ時に元々いた場所に送り返すという仕様になっている。
そうすることによって成り立っている特殊な転移魔法陣。逆に言えば、その縛りがなければまともに発動させることが出来ないのが『転移』という魔法。
従来のものでは、一度の発動に大体ラティ五人分の膨大な魔力が転移者自身に必要で、それゆえに“理論上は可能”というだけの技術でしかない。
まあ要するに、誰にも使えないから全く普及していないのだ。
一応、通常のダンジョンにあるような“踏むだけで出口へ繋がる一方的な転移魔法陣”は存在しているが、あまり実用的ではない。
ここまで長々と話させてもらった理由は、『ファルパンクまで転移魔法陣で行けないの?』という疑問を解消するため。
そしてマルタやゼノ、ロストの老魔法使いが持つ『瞬間移動』という能力の異質さを伝えるためだ。
ということで、これで余談はおしまい。
「あ、それとファルパンクにはドワーフが沢山いるんだよね」
「ドワーフですか?」
「そう! ドワーフは人間より寿命が長い種族でね、一応魔族ではあるんだけど、寿命の長さや体格の特徴さえ除けばほとんど人間と一緒なんだよ」
「へえ、そうなんですね」
ということは、魔族と人間が共存している国なのか。ドワーフには職人気質が多いと聞いたことがあるし、技術が重要視されているファルパンクとは確かに相性はよさそうだ。
「ファルパンクが発展し始めたのはドワーフのおかげと言ってもいいくらいだよ。まあでも、ファルパンクの有名な発明品は八割方マルちゃんが作ったやつなんだけどね」
機巧をつくってるとは聞いてたけど、具体的に何をつくったのかはあまり知らないんだよな。あの特殊な転移魔法陣は世間には公表されてないみたいだし、有名なものとは言えない。
ちなみにマルタ曰く、
“制限があるとはいえ、あの転移魔法陣が普及しちゃうと人や物の運送を生業にしてる人たちが職を失っちゃうし、国民の過度な移動はいろいろややこしいことになるんだよね。何より、素材が貴重過ぎるよ”
とのこと。
「ファルパンクに滞在する時間より、馬車での移動時間の方が長くなりそうですね」
「そうだね〜。でも折角なら二人でゆっくりしたいし、たまにはこういうのも良いじゃんね?」
「悪くはないですね」
「良いって言ってよっ!!」
実際、僕とユナさんなら浮遊魔法やスキルで移動した方が何倍も早く目的地にたどり着けるとは思う。
だけど最近は何かと忙しかったし、たまにはこうしてゆっくりするのも悪くない。
ただ心配なのは、ラティ達なんだよな。
無事だといいんだけど、屋敷。
編・章っていうよりファルパンク編への導入みたいな感じだったので、章設定を幕間・裏へ変更しました。