【第118話】冒険者、本拠地へ。
「お久しぶりです、ユナさん」
「久しぶり〜! えっと、三週間ぶりくらいかな?」
「そうですね」
ということで三日後の夜、僕は例の本拠地からそこそこ離れた場所でユナさんと合流していた。
「いやあ、まさかハルくんが来るとはね! マルちゃんから聞いた時はすごく驚いたよ!」
「僕も大体そんな感じですよ」
まさかこの件にユナさんが駆り出されているとは。
「ユナさんは、このロストっていう組織について何か聞いてたりしますか?」
「んー、いろんな所から人を拉致してるって話は聞いたけど……あと災厄の魔女とか、眼? が何とかって」
かなりふわっとしてるけど、特に情報に差はなさそうだな。
にしても、ユナさんはまだ覚性スキルについて何も知らないのだろうか。
(災厄の魔女か……)
うん、かつての災厄を再現するとか何とか。
(無謀じゃな)
ふうん。それって瞬間移動を使えるほどの魔法使いを抱えてても厳しいもんなの?
(ああ。災厄の魔女──またの名を灰の魔女、ファリエス・レヴィアタン。あの四百年前に招かれた災厄は、世界の分岐点になったとも言える大事件じゃからな)
そんなに? 何があったかよく知らないんだけど。
(そうじゃな……もし当時の国主と魔王が協力していなければ、今頃世界は全て灰になっていたかもしれぬな。あの戦いで犠牲になった国主や魔王も何人かおったぞ)
なんだそりゃ、マジの怪物じゃん。
(人魔会談とは、その出来事がきっかけに行われるようなったものじゃろう。その結果として、人間と魔族の関係は以前より遥かに良好なようじゃな)
それは……結果的には良かったのか?
(そりゃそうじゃろ。何せ、それこそが災厄の魔女の望んでいたことじゃからな)
……何だって?
(まあ一種の八つ当たりではあったが……結局、ほとんど彼奴の狙い通りの結末になったと言えよう)
「冒険者ギルドメンバー失踪の件と何か関係があるといいんだけどね……」
と、ユナさん。
このところ起きている謎の失踪ブーム。その黒幕ははたしてロストなのだろうか。
そもそも、災厄の再現に何故人を集める必要があるのだろう。しかも、あの老魔法使いの言い振りからして覚性スキルを持つ人を集めているみたいだし。
(あれの再現とは、酔狂な連中じゃな。第一、それなら妾を仲間にせんと話にならんじゃろ)
頼むから寝返るとかやめてくれよ。
(……)
いや怖いって。
(冗談じゃ)
それからしばらくして、目的の廃城に到着する。
災厄の魔女に壊滅させられたと聞いていたのだが、意外にも原型は保っていた。
(何も全てを無差別に灰にしていた訳ではないぞ?)
「中に魔力反応が幾つかありますね。正面突破しちゃいますか?」
「攫われた人も救助しないとだから、二手に分かれた方がよさそうかな。ハルくんの方が隠密得意そうだし、救助は任せてもいい?」
「分かりました」
僕がそう言うと、
「よっしゃ! それじゃあ派手に暴れて参るーっ!」
と言って、意気揚々と城門に向かってダッシュする。
別に二人で隠密すればいいじゃんとか思ったけど、ユナさんに隠密はちょっと酷だろうしね(失礼?)。
「はあああぁぁぁぁっ!」
──ドガアアアアアンッ!!
と、豪快な音と共にただでさえ若干壊れかけていた城門が木っ端微塵に吹き飛んだ。
「……あんなの人に向けたら原型残らないって」
僕はそんなことを呟いて、『潜影』で城内へ進んで行った。幸いなことに今日は月が出ているので、使用条件には引っ掛からずに済む。
それに感覚は掴んだから、しばらく潜ってても位置は何となく分かる。
「救助って言われてもどこに行けばいいか分からないんだよな……」
と、一度潜影を解いて周囲を見回すと、何やら地下へと続きそうな階段を発見する。
「チッ、赤髪が乗り込んで来やがった!」
「焦るな、チェノ様とミドエナ様さえいればどうとでもなるんだ。俺たちはあのお二人が準備を整えるための時間稼ぎを──」
階段の先からそんな会話が聞こえてくる。
足音は二人分。恐らく、正面で暴れてるユナさんと戦っている仲間の加勢にでも行くつもりなのだろう。
『影蜘糸』
「な、なんだ──うわあっ!!」
「どうした──ぐっ!!」
拘束完了。
慣れたものだ。
「んぐぐぐーっ!!」
「しーっ、あまり大きい声出さないで。今、隠密中だから」
それじゃ、色々訊かせてもらうとしよう。
● ■ ▼
どうやら、僕が救助するべき人たちはやはりこの廃城の地下にいるらしい。敵の言葉を信用していいかは兎も角、今は手掛かりはそれしかないから行ってみるしかない。
あの二人はとりあえず気絶させておいたが、何故か余裕がある様子だった。
それが理由というわけではないのだが、一抹の不安が残る。
もし僕があの老魔法使いなら、正面を突破された時点で瞬間移動を使ってさっさと別のところに逃げるからだ。あの感じだと、自分以外も対象に出来るみたいだし尚更だ。
どうして、この場所を捨てないんだ?
考えられる理由としては二つ。
どうしてもこの場所を離れられない理由がある。
もう一つは────、
僕達を迎え撃つ手段を持っているということだ。
と、そんなことを考えながら階段を降りて行くと、階下に到着する。
てっきり地下牢が並んでるものだと思っていたが、そこには如何にも“儀式してました”といった雰囲気の空間が広がっていた。
「これは……」
そう。そこには、例の特殊な召喚魔法の描かれていたのだ。僕が先日発動させたものと、全く同じ魔法陣。
先日の空間と比べてそこそこ広く、その魔法陣の上には二つの人影があった。
「隼……?」
その内の一つは、間違いなく彼だった。
あの老魔法使いに連れ去られてしまった、異世界から来たという青年。
「……」
声を掛けてみても、その場に立ち尽くしたままで無反応。
「あら、赤髪かと思えば知らない男の子じゃない。チェノの言っていた“魔王”とやらかしら?」
と、二つの人影の更に奥から、そんなセリフが聞こえてくる。
もう一人いたのか。二人に気を取られて全く気付かなかった。灰色のローブ……ということは、この人はあの老魔法使いの仲間なのだろう。
「ふうん。そんな風には見えないけど……まあいいわ、丁度強い相手を探してたのよ。慣らしにね」
彼女がそう言うと、魔法陣の上にいた隼ともう一人の女性の身体がふらりと揺れる。
ああ──これは。
「……戦わないといけないやつか」
僕はにやりとした表情で、そう呟いた。