【第115話】召喚魔法。
「き、君は──」
「も、もしかして俺、誘拐されたのか！？」
僕が召喚したのは、間違いなく人間だった。
その男はすっと立ち上がると、辺りを軽く見回す。
「いや、謎の魔法陣、怪しい空間、それに変わった格好をした人たち……この状況──まさか、異世界召喚ってやつか！？」
い、異世界召喚……？
この人がどこから来たかは兎も角、それほど珍しい景色でもないような気もするけど──ああ、とてものどかな場所で育った人なのかな。冒険者って訳でもなさそうだし。
「急に知らない場所に呼んじゃってごめん。君はどこから来たの？」
僕は尋ねる。
それにしても、変わった格好だな。少なくとも僕は初めて見る服装だ。
「俺は日本ってとこから来たんだ。御手洗 隼って言うんだが……」
御手洗 隼──名前的には咲刃と同じ繚苑の人っぽいけど、日本って言ってたし……繚苑の街や村の一つなのかな。
だとしたら、まあまあ遠い所から呼び出しちゃったなあ。
「僕はハル・リフォード。テオルスから来たんだ。こっちの二人は僕の仲間だよ」
「ど、どうも……」
「よ、よろしくお願いしますっ！」
レンと咲刃が会釈すると、目の前の男はそれに返すように会釈する。
「す、すげえ。明らかに海外の人なのに言葉が分かる……！！ これが異世界……！！」
「えっと、その異世界って言うのは……」
「あ、ああ悪い。俺はさっきも言った通り“日本”って所から来たんだが──多分、この世界にはないと思うんだよ」
「そうなの？」
と、僕は咲刃に視線を送る。
咲刃はそれを肯定するよう首を縦に振った。
「異世界か……とんでもない所から呼び出しちゃったな」
天界とか深淵ってのがあるし「驚いたーっ！！」とはならないけど、そこから人を呼び出したとなれば流石になあ。
間違いなく面白そうな話ではあるんだけど。
（お主、此奴をどうするつもりじゃ？）
どうするって？
（“日本”という異世界など、妾も聞いたことがない。言い振りからして、天界や深淵とも違うのじゃろう──そんな奴をこの世界へ解き放つつもりか？）
解き放つって、まるで魔獣みたいな言い方だな……別にどうもしないよ。呼び出したのは僕なんだし、とりあえず保護しようと思ってるよ。
「隼……だよね。本当に申し訳ないんだけど、実は君を元の世界に帰す方法が僕には分からないんだ」
「ははっ、別にいいさ。俺が元々いた世界じゃ、異世界転移は皆の憧れっていうか、夢みたいなもんなんだよ！」
「そ、そうなの？」
と、僕は二人に視線を送る。
二人は「知らない」という風に首を傾げた。
まあそうだよな。
「それで、俺は何をすればいいんだ？ 召喚されたからには、やっぱ魔王とか倒さないといけない感じなのか？」
憧れとか夢とかは一旦おいといて、知らない場所に飛ばされたら普通はパニックになりそうなものだけど……なんて適応力なんだ。
「いや、元の世界に帰す方法が見つかるまでとりあえず僕の家で面倒を見るよ」
「いやいや！ 多分だけど俺、めちゃくちゃすごい力持ってるぞ！？ 魔王のせいで世界が大変なことになってる、とかならぜひ俺に任せてくれ！！」
す、すごい自信だな。
もしかしたら、元の世界ではかなり名を馳せた実力者なのかもしれない。
「大変なことになってなくはないんだけど、別に魔王のせいじゃないっていうか……そもそも、僕がその魔王──」
「──まさか、本当にこの魔法陣を発動出来る者がいるとは……おかげで、簡単に四人目を集めることが出来たよ」
「──っ！」
僕たちの背後──正確には、降りてきた階段の入り口から老人の声が聞こえてくる。
しかし階段を降りてきた音や気配は全くなかったし、一体いつの間に？
直ぐ様振り返ると、灰色のローブで全身を包んだ男が立っていた。
「……貴方か、変な魔法使いっていうのは」
「変……？ 私からすれば、この魔法陣を単独で発動させた君の方がよっぽど奇怪な存在なんだがね」
「ま、待ってくれよ。何が何だか……」
老人は目の前からすっと姿を消すと、僕が呼び出した男の背後に回っていた。
「ふむ、この力も大分馴染んできたな。それでは、この男は頂いて行くよ──どの道、君では持て余す代物だからね。彼の眼は」
「この流れ、今度こそマジの誘拐かよっ！？」
「逃げられるかな」
「逃げるさ」
僕は左腕を構え、
『魔王結界──』
「──！？ くっ！！」
僕が詠唱をし切るより前に、老人は男と共に姿を消してしまった。
「……マジかよ。勘が鋭いって次元じゃないぞ」
（……まさかとは思うが、無詠唱で瞬間移動が出来るような奴を相手に、それを命中させるつもりだったのか？ あの獣人娘を捕らえるようなものじゃぞ）
うわ、そうじゃん。
というか、マルタも当然のようにしていたから完全に忘れていたけど、それって難易度が高いどころの話じゃないんじゃ……。
（そもそも、瞬間移動の存在自体がおかしいんじゃがな）
「す、すみません主殿……咄嗟の出来事で何も──」
「わたしも龍人化するのが精一杯でした……」
「気にしないで、どうせ逃げられてただろうし。僕のあれが間に合わないんじゃ、どうしようもないや」
折角習得した新しい必殺技をお披露目できると思ったんだけどな。
「……とりあえず戻ろうか。皆とっくに遺跡から出てるかもしれないし」
魔法陣の形を模写した後に、僕たちはその部屋を後にした。
