【第13話】冒険者、共闘する。
「眩しい……」
窓から差し込む陽の光で目を覚ます。
ラティはまだ寝てるけど、緊急の用事もないのでこのまま寝かせておこう。
僕は素早く着替えを済まし、階下に降りた。
「あっ、ハルさん! おはようございます!」
「うん、おはよう。早いね」
ちなみに、今は朝の六時半。
この店が飲食店として開店するのは午前十時からであり、それまでは宿泊客が朝食を取るための場所となっている。
「いやあ、実はあまり寝れなくて……」
子どもか!
「いくつだよ……」
「まだ十五歳なのでセーフですよ!」
「アウトだ」
全然アウトだろ。
というか、僕と二歳差だったのか。
「でも、心の準備はバッチリです!」
「朝から元気だねえアンタたち。ほら、朝食だよ。しっかり食べて、ちゃんと帰ってくるんだよ!」
ちゃんと帰ってくる……か。
昨日レイシャさんに言われた事を思い出し、僕はフェイの顔を見る。
僕は一度、フェイに救われた身。今回危険な目に遭うとしたら、それはまた僕なんだろうけど。
それでも──もし何かあったら、フェイは僕が守ろう。
「あ、あの。そんなにずっと見つめられると照れちゃうんですけど……」
「あ、ごめん」
「それにしても、セインと一緒に任務だなんて、アンタたちは運が良いねぇ」
「はい、おかげでかなり気が楽です」
全部任せっきりにする気は毛頭ないけど、セインさんのようなベテランがいてくれるなら、だいぶ動きやすくなるだろう。
「折角だ、セインが戦う様をしかと目に焼き付けてきな。何かしら得るもんがあるだろうからね」
ミネルヴァさんの言うとおりだ。
あわよくば、何か習得できるかも知れないし。
(ふぁ……はやいな、お主。昨日は夜更かししたせいで、まだ眠気が残っとるわ)
おはよう。夜更かしなんて珍しいね、何してたの?
(ん……まあ、ちょっとな)
濁すような物言いも珍しい。まああまり詮索はしないでおこう、僕たちにもプライベートは必要なのだ。
どう足掻いても僕のプライベートは筒抜けだけど。
それから朝食を取り終えた僕達は、出発する準備を整えた。
「あっ、ちょっと待ってなフェイ」
店を出ようとすると、レイシャさんに声を掛けられる。
店の裏へ行き、再び戻って来たレイシャさんの手にはお守りのような物が握られていた。
「大袈裟だなあ、レイシャちゃん。遠出する訳じゃないんだよ?」
「ま、一応だよ、一応。何が起きる分かんねーし──それに、何か嫌な予感がすんだよなー」
「あれ、僕のは?」
「ハルのはねーよ。冒険者だし、何とかなるだろ」
なんだよ何とかって。
冒険者だしっていう前置きもよくわからないし、それで言ったらフェイだって冒険者なんだけど。
「そういえば、ハイネさんとエフィさんは?」
「ん、まだ来てねーぞ。朝はアタシだけだよ。不満か?」
「まさか。寧ろ、二人だけで話せて嬉しいよ」
「は、はあ? 何言ってんだお前! アタシは少しも嬉しくねーぞ!」
「あの。私、いるんですけど……」
……ごめん。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
「死ぬんじゃねーぞー」
ミネルヴァさんとレイシャさんの見送りを背に、店を出た。
メインストリートを抜け、ここに来た時と同じ門を抜けた先にセインさんはいた。
腰には、昨日は見られなかった剣が提げられていた。
「お待たせしました、セインさん」
「いや、俺も来たばかりだよ」
「それじゃ、行きましょうか!」
そうして僕たちは、森に向けて足を進めた。
★ ★ ☆
「たしか、目標は軍狼上位種の討伐だったよね」
「はい。それにしても、僕が軍狼上位種を倒し損ねなければこの三人の出会いが無かったと思うと、何だか感慨深いですね」
倒し損ねたという表現は正しくない(普通に負けた)が、嘘でもないのでセーフとしよう。
「そうですね! いやー、ナイス倒し損ねです!」
結構ギリギリだったんだけど、命。
「それにしても呪いか……魔物が普段の行動とは違う行動を取る場合、その原因は二つ考えられるんだ──」
「一つは、誰かがそうするように調教したパターン。これは軍狼上位種のような野生の魔物ではあまり考えられないし、何より時間がかかり過ぎる。そしてもう一つは──」
「突然変異体のパターンだ」
突然変異体──極稀に現れるかなり珍しい個体のこと。その多くは本来の強さより何倍、魔物によっては何十倍の強さに進化するらしい。
「だとすれば、放って置くのは危険ですね」
「ああ。だから、なるべく早く探し出さないと」
正直僕としては、突然変異体を殺してしまうのはもったいないというか、少々惜しい気もするけど──まあ、人に害を及ぼすなら仕方がないか。
森の中を進んでいると、突然地面が揺れるような感覚に襲われる。
「なんか……揺れてません?」
「たしかに、少し揺れてるような気がします」
「これは──」
その時、前方から無数の影が近付いてくるのがわかった。
二十、いやそれ以上だろうか。その全てが昨日はあまり見かけなかった軍狼ではない他の魔物だった。
「なんですか、あれ──」
フェイが不安そうに訊く。
僕も当然知る訳がないので、セインさんの回答を待った。
「構えて!」
セインさんのその声を聞いたと同じタイミングだっただろうか、その大量の魔物の影の奥からさらに無数の影が現れる。
「多っ……」
五十はくだらないであろう、洒落にならない数の魔物の群れ。
そしてそのすべてが、軍狼だった。
「き、来ます!」
フェイが杖を構える。
僕もすかさず剣を抜く。
逃げているであろう魔物はともかく、正面からあの数の軍狼を相手にするのはあまりにも無謀だ。
しかし、セインさんは既に動いていた。剣を抜き、天に掲げ──、
そして、
『雷鳴の嘶き!!』
セインさんの掲げた剣は雷を纏い、剣を振り抜くと同時にその雷は前方に斬撃波、そして無数の雷として放たれる。
本当に強烈な雷雨があったかのような轟音が鳴り響き、気付けば軍狼の群れはほとんど壊滅していた。
す、すごい……これが雷帝──噂に違わぬ迫力に圧倒される。
(おお、やるな。あの小僧)
「まだ残ってる、気を抜かないで!」
セインさんが言う。
残党狩りくらいは僕もやらないとな。
『影刃』
『蒼き火焔!!』
僕たちの猛攻によって視界に映る軍狼の数はたちまちゼロになる。
しかし、その中に軍狼上位種はいなかった。
「あれ? 軍狼上位種は一体どこに──」
──ヒュンッ!!
そんなフェイのもとに、大きな何かが飛び込んで来る。
それは軍狼、はたまた軍狼上位種などではなかった。
『迅雷!』
いち早く異変に気付いたセインさんは目にも留まらぬ速さでフェイの下に駆け抜ける。
そしてフェイを僕の方へ押し退け、飛び込んで来た真っ白な何かと衝突した。
「きゃっ!」
「ぐっ──!!」
その正体は〝ザライガコング〟だった。
何故ここに? ザライガコングは極北部にしか生息していないはず──それに、アレは超A級の危険魔物じゃないか。
剣で防御の体勢を取っていたセインさんは、ザライガコングの振り払いで大きく吹き飛ばされた。
「セインさんっ!!」
ザライガコングは、吹き飛ばしたセインさんの方へ真っ直ぐ飛んで行った。
「おや、何やら大きな音がしたかと思えば……軍狼がほとんど全滅してるじゃないか」
ザライガコングが出てきた方向から、人影が現れる。
驚くことに、その人影は軍狼上位種を連れていた。
「ザリィは一体どこへ行ったのかな」
その声の主はこちらに視線を向ける。
ああ、これはまずい。
「これは、君達の仕業かな?」
身体を貫くような冷たい視線。
恐らく人間ではないのだろう、この男は。会話が出来るということは、魔族。運が悪ければ最上位魔族──逃げるか?
(くくく、ものすごく面倒な奴に絡まれとるな、お主)
ラティ──僕とフェイ、どっちも逃げ切れる確率はどれくらいだと思う?
(ふむ、恐らく不可能じゃろうな。軍狼上位種もおるし、すぐ追い付かれるぞ)
そうか、じゃあ、フェイだけを逃がすなら、成功する確率はどれくらいだと思う?
(そりゃあ……)
(お主次第じゃろ)
まあ、そうだよな。
僕の後ろで、怯えた表情フェイを見る。
「フェイ、逃げよう」
「えっ……は、はい。でも逃がしてくれますかね……」
「少しだけ時間を稼ぐから、今の内に。僕は後で逃げるよ」
フェイは僕の胸中を見透しているかのように、不安そうな表情を向ける。
「……本当に、ハルさんも逃げてくれますか?」
……フェイ、やめてくれ。そんな顔をしてほしいわけじゃないんだ。僕のことなんか気にしなくていいのに。
「余裕余裕。逃げるのだけは超一流だから、僕」
それに、と僕は続ける。
「僕らにはセインさんがいるだろ」
それを聞いたフェイは、僕に何かを手渡す。
「これは……」
「さっき、レイシャさんから貰ったお守りです」
「……ありがとう」
「また後で、会いましょう。絶対にです」
フェイは走ってこの場を去った。
よし、これで良い。
「話は済んだかな?」
「悪いね、待たせちゃって」
「どちらも逃がすつもりはなかったが……君の勇姿に免じて、あの娘は見逃そうか」
うわ、危ねえ。どっちも逃げてたらヤバかったな。
これでレイシャさんに怒られずに済む。
「して、人間。君の名前は?」
「ハル、冒険者だよ。忘れないでね」
「私は魔王シリウス様直属、最上位魔族のディレ・エルベロだ」
えっ、嘘だろ? 最上位魔族な上に魔王直属だって?
(ほう、最近の魔王はああいう奴を側に置いとるのか。戦闘が得意そうには見えんが……)
「カーレ、匂いを辿ってザリィを探してくれ」
ディレと名乗ったその魔族は、連れていた軍狼上位種に指示をする。すると、軍狼上位種は忽ちその場を去って行った。
行かせていいものかと迷ったが、僕にはどうにも出来なかった。
「失礼、あの子は私が飼っている魔物でね……」
ということは、あの軍狼上位種は突然変異体ではなかったのか。
少しだけ残念だな。
「じゃあ、始めようか」
「ああ」
僕は握っていた鏡の剣を構えた。