【第114話】古代遺跡の最深部。
「これは────」
階下へ進むと、そこには如何にも“儀式してました”といった雰囲気の空間が広がっていた。
今までと同じように一面石造りで、そこそこ広い。中央は若干盛り上がるような造りになっていて、その上を丸々占めるサイズの魔法陣が描かれている。
「ま、また魔法陣ですか……」
「流石に第二回戦ってことはないと思うけど──」
と、僕は魔法陣へ近付いて行き、まじまじと見る。
残念ながら見覚えは全くない。
ただ、先ほどとは異なりこれが完成形のものであることは分かる。
「どの道、詠唱文が分からないから発動は出来ないね。それらしい手掛かりは見つけてないし、先に進む道もないから引き返すしかない──ん?」
魔法陣の近くに、一枚の紙が落ちているのに気付く。
まさかな、と思い開いてみると、そこには予想通り何かの文章が書かれていた。
しかも、紙の状態から考えても最近書かれたものだというのが分かる。
わあ、なんてお誂え向けなんだろう。よーし、早速詠唱してみよう!
──とはなりません。
罠過ぎます。
「……」
僕は苦笑いしながらその内容を二人に見せた。
「も、もしかしなくてもそれって……」
「この召喚魔法陣の詠唱文ですかっ?!」
(明らかに怪しいな)
「発動させた方がいいと思う人〜」
「……」
「……」
(……)
静寂。
「止めといた方がいいと思う人〜」
「……」
「……」
(……)
静寂。プラス二つの挙手。
そして、口には出さないがラティも“止めとけ”と言いたいのが分かる。
(悪いことは言わん、止めとけ)
ほら。
「……でもさ──」
という僕の語り出しを聞いた瞬間、二人の表情が諦めを悟ったかのようなものへと変わった。
「ここが最深部っぽいっていうか、どうせ道間違えてるんだし、一回間違えたらとことん間違えちゃおうみたいな風潮あるじゃん? 最近は」
「わたしは聞いたことないですね……」
「今すぐ引き返して他の冒険者の方々と合流するという選択肢もありますよっ……?」
「最悪何が出て来ても、僕たちなら何とか出来るじゃん? そもそも、召喚魔法は召喚した側が何か不利益を被ることはないんだしさ」
「たしかにそれは否定しませんけど……」
「しかしそれが罠だった場合、召喚魔法以前に不利益が確定しているのですがっ……!!」
(“何とか出来る”というのは、別に“何をしてもいい”ということの免罪符にはならんぞ)
めちゃくちゃ止めに来るじゃん。
「ということで多数決の結果、詠唱をすることにしました」
「まあ、そうなりますよね。それではどうぞ」
「咲刃、戦闘準備は出来ておりますっ!!」
(駄目で元々、止めてみただけじゃ)
えー、喜ばしいことに三人が快く承諾してくれたので、早速この魔法陣を発動させたいと思います。
「もし危なそうなのが出て来たら、あれを使うから大丈夫」
僕はそう言うと、再び手元の紙を見る。
今回は、僕が気になるからやる、というだけの単純な話ではない。いやまあ、結局“僕のこと”ではあるんだけど。
最近──というか、僕は魏刹で一部の記憶を取り戻して以来、記憶を取り戻すために試行錯誤していた。
悪夢の件にしろ、ディオーソさんの件にしろ、どちらもトリガーは〝戦闘〟。
ディオーソさんの件については僕が暴走しただけなのだが、きっかけになったであろうあの『冥』の景色に謎の既視感があったことが未だ気がかりなので、記憶に関係しているということにしている。
まあそんな訳で僕はこの四ヶ月の間、似たような〝経験〟を得るために東奔西走していた。
ある時は悪さしている魔族や盗賊を伸したり、ある時はA級のダンジョンに潜ったり。
前者に関しては、それがテオルス国主との契約でもあり、そのおかげで僕は屋敷を建てることが出来たのだが──今は置いておこう。
しかし、成果はゼロ。記憶は全く戻らず、ただ僕が少し強くなっただけで、魔神化のパーセンテージも四ヶ月前から10%増えた程度(現在60%)。
とはいえ、現在名を馳せてる勇者にちょっかいをかけるのは迷惑だし、かといって僕に喧嘩を売ってくるような冒険者や魔族もいない。
魔王であることを公表していない僕の世間からの評価は、“世直しみたいなことをしてるヤバい魔族、及び影の冒険者”辺りだろう。間違ってはいないのだが、そのせいで全く人が寄り付かない。
そんな中、特殊な召喚魔法が使われていた古代遺跡が見つかったという話を聞かされた。
え、チャンスじゃん! となったのは言うまでもない。
“日記を見つけた者の一人として”とか、“僕個人としても遺跡の詳細は気になる”とか言ったけど、結局興味があるのはその特殊な召喚魔法とやらだけ。
『時空を超え、存在せざる領域より来たれ。我が手に秘めし禁断の力を解き放ち、異界の者よ、我が元へと現れん。我が名に従い、我が呼び声に応じよ──』
頼む。めちゃくちゃ強い、或いは面白そうなの来てくれっ!!
『エクステーション!!』
部屋全体が強烈な光に包まれる。
石造りの床に直接彫られた召喚魔法陣は、欠けてさえいなければたとえどれだけの時間を経ても媒体として機能する。図書館にあった床への直書きとは陣としての強度が違うのだ。
────つまり、召喚は成功した。
一度に八割以上の魔力が持っていかれた僕は、身体ががくっとふらつく。
「「……え?」」
(何じゃと……?)
僕より先に召喚されたそれを見た三人は、そんな反応をする。
倒れそうになるのをぐっと堪え、魔法陣に真ん中に現れた影に視線を向ける──。
「え……な、なんだここ……俺、飯食ってたよな……?」
そこには、一人の人間がいた。
僕と同い年くらいの、黒髪の青年。
「き、君は──」
「も、もしかして俺、誘拐されたのか!?」
召喚魔法で、人間を召喚だって?
それは禁忌の──いや、絶対実現不可能ゆえに、召喚魔法を語る上で自然と避けられるようになった、存在しないはずの魔法じゃないか。