【第113話】見えざる敵。
「まずは──」
僕は影蜘糸で霊剣アストベルグとグレリアスを引き抜き、お馴染みの戦闘スタイル『剣糸』の状態へ移行する。
「敵の特定からだね」
敵は完全な透明化状態、且つ魔力遮断に長けていて魔力を追うことは不可能。直接接触されたことから考えても、咲刃と同じゴーストの線は薄いか──。
ガタッ
「……!」
背後から音が聞こえてくる。何かが本棚にぶつかった音──。
「っ!!」
僕は咄嗟に振り返り、浮遊させていた二本の剣による五連撃を虚空に向かって繰り出した。
ガンッ!!
五連撃目でグレリアスが何かに衝突し、空中でその動きを止める。僕はすかさず、アストベルグをその空間に突き刺した。
予想通り、アストベルグは何かを貫く。
「なっ……」
しかし、僕が振り向いた先──正確には、視界の下部に一冊の本が落ちていた。
次の瞬間、僕の身体は後方へ吹き飛ばされて行く。
先ほどと同じ、何かに掴まれそのまま押し込まれるような感覚。
間違いなく僕の剣は敵を捕らえたはずだ。今だって、グレリアスとアストベルグは空中で静止したまま。それなのに、どうして僕は今攻撃を受けているんだ──?
……いや、理由なんて一つしかないじゃないか。
「──敵は一体じゃない!!」
僕がそう叫ぶと、
『桜華流忍法・八重桜っ!!』
突然、桃色の花弁が目の前を舞い、直ぐに僕の身体は自由になる。
とはいえ慣性でそのまま壁に衝突しそうだったので、浮遊魔法で急停止する。
「ありがとう、咲刃。助かったよ」
「見えませんが、今確実に一体仕留めましたっ!」
(なるほどな。奴に触れられた状態では、魔法がほとんど使えんのか)
みたいだね、使おうとした魔力が九割近く吸収されてる。初級、下級魔法の中でも魔力消費が低い魔法──それにスキルは使える。
それだけあれば、十分だ。
(まったく……面倒事を嫌うくせして、自分から面倒事に巻き込まれに行くその自己矛盾ぶりは一体何なんじゃ?)
僕の中には明確な基準があるんだよ。最終的に面白いか、面白くないか。それを論理、感情、必要性、etc……あらゆる要素を基に天秤に掛けてるのさ──何となくでね。
(ふん、変人め)
よく言われるよ。
『風天龍脚──!!』
声の方を見てみると、龍化したレンが虚空に向けて空中回転蹴りを繰り出していて、直後に壁に何かが衝突しているのが分かった。
「さて……」
咲刃の言う通り、辺りを見回してみてもそれらしきものは見当たらない。もし透明化していれば、倒した時点で姿が現れるはずなんだけど。
倒せてないというパターン──これは却下。このタイプの魔物は、“攻撃を受けない”ことが前提の戦闘スタイルの為、防御力が低く攻撃には弱い。
咲刃は“確実に仕留めた”と言っていたし、そんな魔物がレンの蹴りを直撃で食らって生きている訳がない。
ということは透明化が解除されず、そのまま消滅した可能性が高い。
そしてそのパターンがあり得るのは、一部の超例外を除いて“透明化の付与者”が生きている場合のみ。
「本体はどこかな……」
空中に静止していた二本の剣は気付けば軽くなっており、僕はそれを引き戻す。
敵の湧き場所というか、出現条件は恐らく本だ。レンの所にある本も合わせて、この部屋にある本の総数は三つ。僕たちが倒した数も三体──しかし、これで全部とは思えない……。
ヒュッ!
「……」
──シュシュンッ!!
背後で何かが落下中の音がしたので、僕はそれをノールックで八つ裂きにする。どうせ本だし。
そして二回目ともなると流石に慣れたようで、レンも後方への蹴りで本を木っ端微塵にしていた。
「おおっ! 流石主殿ですっ!」
「……」
一つ、気になったことがある。
どうして、咲刃は攻撃されないんだ?
見えない魔物どころか、咲刃の背後には本すら現れていない。
「…………咲刃、透明化を完全に解くことって出来るよね。今やってみてもらっていい?」
「承知いたしましたっ!」
すると、次第に咲刃の姿が濃くなっていく。
ヒュッ!
『影刃』
──ズパァンッ!
その攻撃は、同時に三つの本を両断した。
「わわっ!」
と、驚いた様子の咲刃。
突然顔の真横を黒い斬撃が通れば無理もない。ごめんね。
「やっぱり──」
咲刃が透明化を解いた瞬間、咲刃も攻撃対象にされていた。
透明化状態といっても半分強程度(僕達への配慮)。相手からも咲刃の姿は見えていたはず。それなのに、咲刃だけが攻撃対象から外された理由……つまりは僕達二人と、咲刃の相違点は──。
影か。
「ごめん、暗くなるよ」
僕はそう言うと、天井に下げられていた三つの照明を全て破壊する。その照明は、何かに守られていたかのようにとても硬かった。
当然、部屋は完全なる暗闇に包まれる。
それから十数秒──はたして、本が現れることはなかった。
相手は、影から僕達の居場所を特定していたのだ。
僕達の背後に現れていたように見えた本は、僕達の影の上に出現していたようにも思える。
なるほど、分かりやすい。相手からすれば、いつもは存在しない影を攻撃対象にするだけでいいのだから。
ラティが言っていた「本来存在しないはずの部屋」という言葉。
そして、何故か生きている照明。
敵は、この部屋そのものだ。
そこに存在しながら最も狙われ難いもの。
僕たちの“攻撃対象”として、最も相応しくないもの。
全てを動かしているのは、お前か。
『影蜘糸──』
僕は、糸で作り上げた影刃を付与した大きめの剣で床を突き刺した。
床──そこには、一つの魔法陣。
次の瞬間、スキル『暗視』によって見えていた部屋がぐにゃり、と歪み始める。
「ただの初見殺しだったね。それも、僕みたいな冒険者向けの」
あっという間に部屋は、ミノタウロス部屋と同じような殺風景なものへと造形を変えた。
「お、終わったんですかね……」
「多分ね。ほら、あそこに扉がある」
僕の視線の先には、例の大きな扉。
描き足し型の魔法陣……先へ進む道が見つからない場合、僕じゃなくてもその完成形の手掛かりを探そうとする。「先に進むために必要なのか?」と。
しかし、そこで謎の敵が現れる。さも、それを倒さなければ先には進めない、といった風の。
だから冒険者は、その魔法陣が元凶、二重のミスリードだとは微塵も思わない。
そういう、冒険者や探索する者の意表を突いた仕掛けだったのだ。
本来は、初見殺しで直ぐに終わらせる手筈なんだろうけど、僕達が相手ではパワー不足だった。そのせいで、僕達に考える時間を与えてしまったのだ。
(ま、相手が悪かったな)
そういうこと。
「それじゃ、先に進もうか」
そうして、僕たちは更に下の階層へと降りて行った。
【──ステータス加速上昇:腕力・防御力・敏捷性】
読者の皆さんってちょっとしたキャラ紹介みたいなのって欲しかったりするんでしょうかね……?