【第112話】古代遺跡探索・攻略作戦任務(3)
大きな扉を開けて、二体のミノタウロスがいたという部屋に入った僕と咲刃。
しかし案の定、既にミノタウロスの姿はなく部屋はガランとしており、代わりに何かが強く衝突したような痕跡が石造りの地面と壁に一つずつ出来ていた。
ご愁傷様、ミノタウロス──安らかに眠れ。
「先の様子も見てくるって言ってたけど、どこまで行ったのかな」
「とりあえず、もう少し先へ進んでみましょうかっ!」
辺りを見渡すと、入ってきたものと同じような扉が一つ。開けてみると、更に階下へと続く階段。先ほどの坂とは違い、若干親切設計になっていた(場合によっては坂の方が親切かも?)。
「……濃いなあ、魔素」
降りるまでもなく分かるくらいに、魔素の差がすごい。
(倍近くあるのではないか? ダンジョンにしては上昇値が急過ぎる気もするが)
まあ、ここダンジョンじゃないから。
ちなみに魔素とは、魔力とは別物で、魔力の込められた空気のようなもの。厳密には違うのだが、正直説明が難しい。水流・水が魔力だとすれば、魔素は水の蒸発よって生まれた気体、みたいな。大体そんな感じの認識でいいと思う。
「この遺跡は何層まであるのでしょうか?」
「うーん、どうだろう。二層でミノタウロスが出てくるようなダンジョンなら七、八層くらいはありそうだけど」
明確なボスが存在しないこの遺跡に、層という概念が存在するかは兎も角。
長い階段を降りて行くと、そこそこ広い空間に出る。そこには大量の本棚があり、如何にも図書館といった雰囲気の場所。
しかし本棚はどれも倒れているか朽ちていて、本は全く収められておらず、本来の機能は既に失われているようだった。天井に下げられてる照明は生きてるみたいだけど。
「流石に何百年も経ってたら何も残ってないか……」
辺りを見回してみても、あるのは埃を被った調度品ばかり。
(ここに図書館があるのは普通なのか?)
一応、昔はこの遺跡を中心に国が栄えてたみたいだし、あってもおかしくないとは思うけど。
(いや、そうではなく……ここは魔素の影響で増えてしまったダンジョンのような場所──要するに、本来は存在していないはずの場所ではないのか?)
……確かに。そう考えたら不自然だな。
「ハルお兄さん、咲刃さん! こっちです!」
と、朽ちた本棚の向こうからレンの声が聞こえてくる。
「何か面白いものはあっ──たね。これは?」
声がする方に歩いて行くと、そこにはレン。
そして、足元には真っ赤な魔法陣が描かれていた。
「えっと、何かの魔法陣みたいなんですけど……見たことのない形状のものなんですよね」
「うーん……召喚魔法陣っぽくはあるけど、何というか──未完成?」
僕の習得した中級までの召喚魔法陣を頭に思い浮かべ、目の前のものと照合してみるも合致するものはない。
それどころか、ちゃんとした魔法陣になっているかすらも怪しく思える程に、構成がめちゃくちゃだった。これが例の“特殊な召喚魔法”というやつなのだろうか。
「これは“描き足し型”の魔法陣ですねっ!」
「描き足し型?」
「はいっ! 召喚魔魔法陣というのは、その等級や系統によってある程度形状が似るのですが────」
と、その魔法陣に近付く咲刃。
「敢えて途中まで描いておき、必要に応じてこのように描き足すことで、汎用性を上げることが出来るんですっ!」
そう言って、咲刃は魔法陣に魔力で作った線を描いては消しを繰り返し、様々な魔法陣を完成させていく。
「なるほど……」
確かに、その手があったか。得意な系統の召喚魔法で統一しておけば持ち歩く紙も少なくて済む。
(咲刃のように魔力で魔法陣を完成させ、召喚魔法を発動することも出来るが、それを成功させた魔法使いは歴史上に一人しかおらんしな)
僕が頑張って練習したけど、絶対に無理だと悟って止めたやつね。影蜘糸でも試してみたけど、結局無理だったし。
(召喚魔法は、自身との繋がりが多いものを媒体にすると失敗するからな)
本当に何なの、その仕様は。
(召喚魔法というのは、魔法陣を媒体に詠唱者と召喚対象を無理矢理結び付ける魔法──その為、自身の力が占める割合が多いと、相手の入る余地が無くなってしまうという理屈じゃな)
それは分かるけどさ……聞くの二回目だし。
「この魔法陣の完成形と詠唱文が分かればいいんだけど……」
「まさかハルお兄さん、これを発動させるつもりなんですか……?」
「え? うん。面白そうだし、折角残ってるならやっとかないとね」
僕は手掛かりを捜すために、近くの朽ちた本棚へ向かう。
この魔法陣はもう使えないだろうし、完成形を見つけたら新しく作り直さなきゃな……。
「こうなった主殿はもう止められませんっ!」
「ですね……どの道この先へは進めないようですし、わたし達も探してみましょうか」
とはいえ、どこを見ても本一つないし、正直望み薄だよなあ。他の冒険者がどこまで行ってるか知らないけど、長い間外す訳にも行かないし。
「ついでに、先へ進むための道も探しとこうかな」
と、本棚に背を向けた瞬間、背後から何かが床に落ちる音。
「……?」
振り向いて視線を落とすと、そこには一冊の本。
「──本?」
……何か、嫌な予感がする。
「まあ、近付いちゃうんだけどね────」
本を拾い上げようとした瞬間、僕の身体は宙に浮いた。
「おっ?」
いや、宙に浮いて、そのまま天井まで吹き飛ばされたのだ。
「痛っ……」
何かに全身を掴まれているような感覚。
そして未だに天井に強く押し付けられていて、僕は天井に張り付くような形になっていた。
(何故罠だと分かってて意気揚々と突っ込んで行くんじゃお主は……)
一回くらいいいじゃん。
(以前それで死にかけたのをもう忘れたのか?)
あー、そんなこともあったね。エリルマーナを仲間にした時の。
「ハ、ハルお兄さんっ?!」
「大丈夫、すぐ降りるから」
僕は下にいるレンにそう声を掛ける。
魔王結界を貫通する攻撃、か。とりあえず降ろしてもらおう。
『照明』
僕はレンの斜め後ろに閃光を飛ばし、それによって僕と重なるように出来た影に『潜影』で入り込む。
それから潜影を解除し、地面に飛び降りた。
「見えない敵……魔力も追えないし厄介だな」
「主殿っ! 階上へ戻るための階段が封鎖されてましたっ!」
「……これを倒さないと、前にも後ろにも行けないらしい」
なら、やることは一つ。
「────お化け退治の時間だ」