【第111話】古代遺跡探索・攻略作戦任務(2)
僕とレンは短い坂を下り終えると、少し開けた空間に出る。
「あ、いた」
開けた空間とは言ったものの、別にそれほど広い訳でもないので、すぐにその盗賊とやらを見つけることが出来た。
咲刃の報告通り、数は三。しかし、その全員が大なり小なり負傷しているようで、壁にもたれ掛かるようにして座っていた。
一番酷いものだと、今すぐ治療を始めなければ後数分で死んでしまうだろうという程の大怪我だった。
「やあ、大丈夫? 元気ないみたいだけど」
僕は三人の中でも比較的軽傷そうな盗賊に声を掛ける。僕より二回り上くらいの中年男性。
「はっ、これが大丈夫に見えんのかよ?」
と、肩を竦める男。
「全然見えないね。それで、おじさんはどうしてここに?」
「おいおい、盗賊にそれを訊くのか? んなもん、宝の為に決まってんだろ」
「そりゃそっか。それで、その宝とやらは見つかった?」
「お前に教える義理はねえだろ──と、言いてえところだが……」
その盗賊は、僕たちが降りてきた方向とは真逆の方を見る。
つられて視線を向けると、そこには大きな扉があった。
ここに来た時からその存在には気付いてたけど、敢えてスルーしてたやつ。
「あの先、面白いもんがあるぜ」
「面白いもの?」
「ああ。だがまあ、俺が言えるのはここまでだぜ。クックック……」
含み笑いをする盗賊。
「主殿ーっ! あの扉の先に、二体のミノタウロスがいましたっ!!」
「ありがとう、咲刃」
ミノタウロス……この盗賊達はそれにやられたって訳か。面白いものって──いい性格してるな、こいつら。
ミノタウロス──牛頭人身、筋骨隆々の魔物。ダンジョンではお決まりの魔物で、戦斧を使うことが多いが、最近は大剣を持っているのを見掛けたりする。
危険度は一体辺りA級、A級冒険者が何人かいれば対処可能なレベル。
「な、なんだっ!? 今の声、どこから……」
「──貴方の真横にいますよ〜、ひゅ〜どろどろ〜……」
「うわあっ!!」
と、咲刃に突然耳打ちをされ、飛び跳ねるように驚く盗賊。
なんだ、元気そうじゃん。
「な、なんだお前っ!?」
「咲刃はただの忍なので、あまりお気になさらずっ!」
「いや、気になるが……」
咲刃の持つ『透明化』の練度は十割の領域に達している。魔力を隠すのもめちゃくちゃに上手なので、全力で隠密に徹されると僕ですら見つけるのが難しい。
「ミノタウロスかあ……別においしくないんだよな。何回も倒してるし──ごめん。頼んでもいいかな、レン」
「分かりました。そのまま、先の様子も見てきますね」
「了解、気を付けて」
レンが扉を開けて先へ進んだのを確認すると、僕は盗賊へ向き直る。
「おい、いいのか? あんなガキ、一瞬で殺されちまうぞ?」
盗賊のその言葉に、僕は思わずきょとんとする。
僕のその反応を見て、「?」という表情の盗賊。
「うそでしょ……まさか君たち、レンのこと知らないの?」
「はあ? 何わけの分からねえこと……待てよ。碧髪、小柄、レン……ってまさか、あのS級の?! ってことはお前は影の──」
「正解、よく出来ました」
僕はその場にしゃがみ込み、盗賊と目線の高さを合わせる。
「僕なら君たち全員助けてあげられるけど、どうする?」
「……何が狙いだ」
「やだな、ただの親切だよ。赤の他人である君たちがこのまま死んでも、僕が殺した訳じゃないから割かしどうでもいいんだけど──」
僕は横目に咲刃を見る。咲刃は僕の視線に気付くと、ニコッという微笑みを返してくる。
「折角助けられるなら、助けとこうかなって」
ここでこの人達を見捨てたら、咲刃の教育に悪そうだしね。僕は、咲刃には善良な心を持ったままでいてほしい。
(お主は保護者か……)
「へっ、大変そうだな。良い人でいるのは」
「意外とそうでもないよ。性にはあってるからね」
「どうだか」
『エリアハイヒール』
僕は範囲回復魔法で三人の怪我を回復し、重傷を負っている盗賊を更に高位の回復魔法で回復する。
回復魔法は、そのほとんどが光・聖(生)属性の魔法。“傷の再生”という強力な効果を持つ分、習得難易度がかなり高いのだが、潜在属性として“光”を持つ僕には習得が容易且つ精度も非常に高い。
三人の怪我が完全に治ったことを確認すると、僕はスッと立ち上がる。
「よし。それじゃあ事情聴取と行こうか」
「はっ? さっき親切って──」
「ああ、僕の親切は見返りを求めるタイプだから」
「それは親切とは言わねえ。取引ってんだ」
「そうだっけ? まあいいや、とりあえず一つ目の質問ね。まず、どうやってここに入ったの?」
僕は一番気になっていたことを訊いた。
言っちゃ悪いが、この盗賊たちの平均実力は精々C級程度。道中の魔物以前に、遺跡の見張りを倒せるかも怪しい。
まあそもそもの話、見張りは倒されてなかったから忍び込んだ辺りが妥当かな。
「──それは……」
「沈黙、及び虚偽の回答は二回まで。三回目は、君が死ぬ」
僕は笑顔を保ったまま、そう言った。
すると盗賊の男は、横に並ぶように座っている二人の仲間を一瞥し、舌打ちをする。
「飛ばされたんだよ……」
「……?」
僕が「適当なこと言うなよ」という表情をしているのを見ると、男は続けた。
「……変な魔法使いの野郎に言われたんだ。『遺跡に入れてやる』って。この遺跡には財宝が隠されてるっつうから、一発逆転してやろうと思ったんだよ」
「変な魔法使い?」
僕は首を傾げる。
「ああ、灰色のローブで全身を包んでる魔法使いだ。顔は隠れててよく見えなかったが──只者じゃねえよ。何せ、瞬間移動を使ってやがったからな」
「なっ……」
テレポートだって?
「俺だって元冒険者だ。簡単にその存在を認められねえのは分かるが──俺たちがどうやって入ったか。その答えは、飛ばされた、だ。アイツに触れられた瞬間な」
「……」
僕は、新たに疑問が浮かび上がる。
──え、この人達、いきなりここに飛ばされたの? ミノタウロス部屋の前に? だとしたら鬼畜すぎるだろ。
その変な魔法使いってのがこの人達の実力を見誤ってたか、わざと飛ばしたかの二択じゃん。
(もしくは、“具体的な位置を指定出来なかった”か、じゃな)
ああ、そのパターンもあるのか……。
(であっても、テレポートというのはそう簡単に使えていい代物ではないがな。妾ですら、あの獣人娘しか使っとるのを──いや、彁羅にも一人おったな……)
「……分かった。質問は以上だよ」
「もういいのか? 幾つか聞きたいことがあるような言い振りだったが……」
「その予定だったけど、知りたいことは今君が全部喋ってくれたし、他に重要なことを君たちが知ってるとは思えないからね」
「ま、それはそうだな。知ってることはもうねえよ」
そう言うと盗賊の男は立ち上がり、横にいた二人の盗賊もそれに続く。
「色々あんがとな。気を付けろよ、影の兄ちゃん」
「それはこっちのセリフ。折角助けたのに、帰る途中で死ぬとかやめてよ。僕たちが来た方向に進めば外に出れると思うけど──あ、坂を上がったら左ね」
具体的な帰り道は僕にも分からないから“最初は左”ぐらいしか教えられないけど、まあ後は自分達で何とかするでしょ。
「お得意の隠密で身を潜めながら帰るさ。じゃあな」
そうして、三人の盗賊はその場を去って行った。
「それじゃ、レンと合流しようか」
「はいっ!」
僕たちはレンを追って、大きな扉の先へと進んで行った。