【第110話】古代遺跡探索・攻略作戦任務(1)
「聞いてはいたけど、本当にダンジョンみたいだ……」
「ダンジョンといえば、あれを思い出しますね」
「ああ、冒険者ギルドの時の──」
僕とレンが始めて冒険者ギルドの拠点に行った時の話。
あれがもう五ヶ月前の話になるのか……やっぱり、時間が過ぎるのは早いな。
僕が魔族になったからそう感じるだけという可能性もあるけど、一番は身の回りの刺激が増えたからだと思う。
(年を取るほど時の流れが早く感じるようになるらしいぞ)
へえ。その理論だと、ラティは一日が体感五分くらいになってそうだけど。
(妾が地下牢にいた頃は、一瞬目を瞑ったつもりが半日過ぎていたということが往々にしてあったな。今は平気じゃが)
……本当によかったよ、出してあげられて。
もしかしたら、目が覚めたら千年後でした! みたいなことになっていたかもしれない。
「主殿! もう前のパーティが見えなくなってしまいましたが、よろしいのですかっ?」
「……大丈夫だよ。わざとだから」
現在僕達は、レンの宣言通り全パーティの最後尾を歩いていた。
遺跡探索に際し、全体を三つのパーティに分けたのだが、戦力分散の観点から僕達はC〜B級冒険者の多いグループに入れられた。
最前線で魔物を蹴散らして道を切り拓いて行くのも悪くはないけど、最後尾でゆっくり探索しながら進んだ方が楽しいし、目的の達成を第一に考えるならこちらの方が合理的だ。
戦力分散とは言ったけど、最前線のパーティには優秀なA級冒険者も付いているし、心配はいらないだろう。
最低限付いて行きはするけど、後は自由にやらせてもらおう。
と、思ってたんだけど──。
「……」
遅れ気味にだらだらと進んでいたら、前方を歩いていたパーティの行き先が完全に分からなくなってしまった。
魔力が重なり過ぎてて探知も難しいし──どこだよここ? ダンジョンのくせに迷路みたいな構造しやがって(?)。
まあでも、迷子になったなんて恥ずかしいから口には出さないし、とりあえず“わざと”ということにしておこう。
(よう、迷子。元気か?)
……人聞きが悪いな。進むための指標を見失って帰り道も分からないから、とりあえず適当に進もうとしてるだけだよ。
(それを世間一般では迷子というんじゃが……)
この場合、世間一般では戦略的迷子と呼ばれているんだ。
(なんじゃその阿呆みたいな言葉は)
うわー、世代だね。僕の時代にはあったんだけど──死語ってやつ?
(まさかのお主が年上側じゃとっ?!)
じゃあ、最近の流行語ってことで。
(意地でも認めぬ気か……)
「……あの、もしかして迷子もごごっ──」
レンが真理に迫っていたので、僕は急いでレンの口を塞ぐ。
「レン、それ以上はいけない。それによく考えてもみてよ、これはチャンスなんだ」
「チ、チャンスですか……?」
「そう。僕たちは、まだ誰も探索出来ていない真の未踏の地に行けるかもしれない」
「なるほど……?」
と、軽く首を傾げるレン。
よし、後少しだ。
(……騙そうとする悪い人間とは、まさにお主のことではないか)
大丈夫、流石に拐うまではしないから。
(何の釈明にもなっとらんぞ)
「……?」
僕はふと足を止めた。
レンと咲刃も足を止め、僕と同じように壁に視線を向ける。
「──壁に残っている魔力痕が、ここだけ弱いですね……」
「なんというか、壁が薄いような気がしますっ!」
「やっぱりそうだよね。何だろう、ここ──」
壁に触れてみるが、何も起こらない。魔力を流してみても、軽く小突いてみても反応は無い。
が、明らかに音が反響している。隠し扉ではないが、この先には道が続いているのか──?
「ハルお兄さん、この壁、壊してみませんか?」
「んー……でも、それだと遺跡全壊しちゃわない?」
「どうして全力で壊す前提なんですか……」
「だってほら、よく獅子搏兎って言うし……」
「流石に限度ってものがありますよ!」
ごもっとも。
「まあ、まずは咲刃に行かせてからでもいいと思うよ。咲刃、頼んでいいかな?」
こういう時こそ、亡霊である彼女が輝くのだ。
「承知いたしましたっ! それでは不肖咲刃、様子を見て参ります──桜華流忍法・壁抜けの術っ!!」
「いってらっしゃい。向こうに道が続いてなかったらすぐ帰っておいで」
壁にスーっと入り込んでいく咲刃を見送る。
ゴーストは、そのほとんどが『物質透過』というパッシブスキルを持っている。
他にも『浮遊』だったり、『透明化』だったり──そして、ゴーストの中でもとりわけ咲刃は、それらの練度が異常と言っていいほどに高い。
物質透過は本来、特殊効果を持たない物質全てに作用するという、基本的に魔法(魔力を纏った武器でも可)もしくは同じ霊体以外の攻撃を受けなくなる強力なスキルだ。
しかし、咲刃の持つそれは『春幽華』という特殊パッシブスキルで、光・聖属性魔法を除いた全ての魔法にも透過が作用するようになる。
魔族は光・聖属性魔法の威力・精度が極端に低いことが多く、有効打が無くなってしまうため、通常のゴーストとは異なり魔族に強く出ることが出来るのが強みだ。
僕が彼女の「手下にしてほしい」というお願いを聞き入れることにした一番の理由こそ、この『春幽華』だ。こんなユニークなスキルな持ったゴーストを僕が放っておく訳がない。
「そうだ、レン。咲刃が帰ってくるまで暇だし──」
「あ、主殿っ! 大変です、変な人がいましたっ!!」
振り返ると、そこには壁から上半身だけを出した状態の咲刃がいた。なんともシュールな光景である。
「……変な人?」
それは咲刃のこと? と口から出そうになるのを必死に抑えて、僕は尋ねる。
「数は三人、服装からして盗賊のようでしたっ!」
「盗賊? なんでこんな所に……」
僕は顎に手を当てる。
この遺跡は現在、作戦任務参加者以外の立ち入りは禁止されていたはず……いや、野良の盗賊がその情報を把握してるとは限らないし、そもそも素直に従うとは思えない。
かと言って、見張りを突破しないと中に入ることは出来ないし──。
「……ま、話せば分かるか。咲刃、ちょっと下がってて──」
僕は『纏影』と『影蜘蛛』を組み合わせたスキル『纏衣無縫』で右脚を強化し、鋭い中段後ろ蹴りを繰り出す。
すると壁は音を立てて砕け散り、先に続く道が現れた。
「坂……?」
てっきり真っ直ぐ続いてるものだと思っていたから、僕は少々面食らう。
「この先、少しだけ魔素が濃いですね」
「ダンジョンと構造がほとんど同じみたいだから、下に行くほどってことだろうね」
古代遺跡の構造がこんなに変わるなんて、古龍がこの遺跡に数百年間居座って魔素を撒き散らしたりしてないとあり得ないと思うんだけど。
まあ一応、日記に書かれてたやつがデタラメだったっていう可能性もあるのか。
「この下に盗賊がいますっ!」
「よし、突撃〜」
「うおおーっ!」
と、勢いよく先へ進んで行く咲刃。
僕とレンは、ゆっくりと歩きながら付いて行くことにした。
【豆知識】
盗賊には、野良の盗賊と冒険者の職業としての盗賊がいます。後者にはルビを振るので、判別に困ることはないと思います。