【第107話】消失と余波。
あれから四ヶ月の時が過ぎ、世界の情勢は大きく変わっていた。具体的な例を挙げればキリがない。
たった一つの事件が全ての始まりだった──それは世界中を震撼させ、世界の情勢を大きく変えてしまうには十分だったのだ。
今からおおよそ三ヶ月前、S級冒険者のノアさんと時臣さんが姿を消した。
僕がそれを知ったのは、謹慎が明け、適当な任務を探しにファレリアの冒険者協会に寄った時だった。ヘレンさんに呼び出されたかと思うと、ユナさんからの伝言ということで突然報されたのだ。
曰く、ある日を境いにぱったりと連絡が途絶え、足取りもつかめなくなったらしい。
僕は最初、何かの間違いだと思った。だって、この世界において“姿を消した”というのは、ほとんど“死亡”と同義であり、それが冒険者であればなおのことだ。
ユナさんは二人の生死について心配している様子はなかったが、何も言わずに行方をくらませたのが許せないといった風だった。
幸いなことに、僕には事の顛末を知っているであろう知り合いがいた。僕は話を聞いたその日の内に彼女に会いに行くことにしたのだが────。
「んー……二人とも死んではないんだけど、今も生きてる保証はない、みたいな?」
という、なんだそりゃ舐めてんのかといった感じのアンサーが返ってきた。
しかし、それ以上追及しようとするとのらりくらりと躱され、最終的にはテレポートでどこかへ逃げられてしまった。
マルタが帰ってくるまで部屋で待ち続けてやろうかとも考えたが、未来演算を持つマルタには意味がないことに気付き、僕は泣く泣く家に帰ることにした。
更に最悪なことに、どこからかその情報が漏れてしまったのだ。僕は勿論、ヘレンさんやユナさんだって他言はしていない。
────結果、世界は混乱に陥ってしまった。
S級冒険者という、冒険者だけでなく世界中の人々から敬慕されていた人物が、死亡とも取れる形で姿を消してしまったのだから無理もない。
そしてやはり、“調停者”という人類と魔族の均衡を保っていたノアさんの消失による悪影響はとても大きかった。
誰々が表立って行動を起こしたという話は聞かなかったが、あの事件から三ヶ月──魔族の討伐依頼や、商人護衛の依頼が増えたことから考えても、目に見えて(ちなみに目は完治した)治安は悪くなったと言える。
そんな中で“魔王会談”を迎える僕の身にもなってほしい。
魔王会談まで残り一ヶ月もないし……本当にどうしよう。
「はあ、憂鬱だ……」
僕はテーブルに両肘をついて頭を抱えていた。
現在、僕がいるのはテオルスの外れにあるそこそこ大きな屋敷。何を隠そう、この屋敷は僕の所有している土地に建っている、正真正銘僕のものなのだ。
目標の一つだった私有地及び住居の取得──後述の理由から、手持ちにかなりの余裕が出来たので二ヶ月ほど前に購入した。そこそこ大きく、立地も悪くない。人としての生活(魔族だけど)に必要なあれこれは魔法でどうとでもなるし、人里離れていても特に問題はない。
ちなみに、しっかりとテオルス国主からの許可も貰っているし、何も後ろめたいことはない。とても狭いが、一応魔王の統治領域ということになる。
そして、後述の理由というのが────、
「どうしたのだ、リーダー。何やら浮かない顔をしているようだが」
「ああ、ゼーレ……ちょっとね。魔王会談に向けて色々考え事をしてたんだ」
そう、魔王軍メンバーの増加だ。
彼女の名前はゼーレ・フューラン──アンデッドの一種、ゾンビの上位種である『屍人帝』に属している。
ネイビーブルーのミディアムロング、身長は僕よりほんの少し低いくらいで、全身の至る所に剣や戦斧などの武器を提げている。
かなり落ち着いた性格をしているが、いつも熱心に鍛錬をしていたり、とても頑張り屋さんだ。
ゼーレとはテオルスと魏刹の中間ら辺にある大きな沼地を散策している時に出会い、彼女の持つスキルが面白そうだったので強制的に連れて帰る(勧誘)ことにしたのだ。
ラティ、ゼーレ、クロエさん。そして他にも三人の新メンバーがいるのだが、それはまた後で紹介しよう。
僕は育成の為、彼女らと共に様々な依頼をこなしまくっていたのだが──その結果、知らず知らずのうちに手持ちが貯まりに貯まってしまい、土地を購入し屋敷を建てるに至ったのだ。
冒険者業が人気な理由の一つに、こういった多額の報酬が手に入るからというのがある。
しかし今回ばかりは、例の失踪事件の影響で冒険者の活動が多少抑え気味になっており、尚且つファレリアでは高難易度高報酬の任務を受ける冒険者が少なかったというのが大きい。
「魔王会談か……確かに、今回の会談は荒れそうだ」
「だよなあ。シリウスさんは気楽に〜って言ってたけど、僕には平穏に終わる未来が見えないよ」
本来であれば、僕の自己紹介だけで終わる可能性があった会談が、ここ最近浮上した様々な問題について話し合う場になってしまう。絶対に空気悪いし。
「三英雄や、新たな勇者の覚醒が話題になる可能性は高いだろう」
「うん……」
この四ヶ月の間に、本当に色々な事件が起きている。
何やら多くの新勢力、ギルドが台頭してきていたり、三英雄の影響で“魔王を倒そう”と考える冒険者も少しずつ増えている。
何より、“新たな勇者の覚醒”……これこそ、魔王会談が荒れると僕が憂いている最大の理由。覚醒した勇者は、純系魔王と同じで“成る可くして成った勇者”といった感じで、一人で純系魔王に相当する力を持っている。
つい四ヶ月前までは勇者の覚醒どころか、勇者の血を引く人間自体確認されていなかったというのに──このタイミングで、突然現れたのだ。
「それよりも、今日は朝から用事があったと聞いていたが……時間は大丈夫なのか? もう直、日が昇りそうだ」
「うん、もう少ししたら行く予定だよ。一緒に来る?」
「いや、私はもう一眠りしてくる」
「そっか。それじゃ、また後で」
「ああ。可能ならば、無事に帰って来てくれ」
「なんで無事じゃない確率の方が高いみたいな言い方なんだ……」
ほら、ラティも起きて。
(ん、ああ……)
ということで、僕はファレリアの冒険者協会に向かうことにした。