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【第106話】吸血鬼と少女の決意、再び。


 「……濃いな」 

「……濃いね」


「……かなり長い語りだったの思うのだが、まさかその感想がたったの三文字で済まされるとは、流石に驚きを隠せんな」


 勿論、話を聞いて気になったことはいくつかある。しかし、それよりも「濃い」という感想が真っ先に出てきてしまったのだから仕方がない。


「そもそも今の話の流れだと、クロエさん死んじゃってるんですけど……」


 なんかすごいいい感じに退場してなかった? まさか死に際の話を、死んだ本人から聞くようなことがあるとは思わなかった。亡霊トーク(?)なら或いは、くらいのものだろう。


「実はあの直後に魔導連盟ともう一悶着あってな。その半年後、色々あって存在としての我が復活したという訳だ。“冒険者ギルド”が創立されたのも確かその時だったな……当時は“S級事件”だなんだと、かなり話題になっていたらしいぞ」


「途中、大分重要な部分が省略されたな……」


 と、頬杖をつきながら話を聞いているラティ。


 冒険者ギルドが創立されたってことは、大体三年前の話なのか。それと、時臣さんとラスタリフさん、それにクロエさんは冒険者ギルドの最古参メンバーということになる。


 というか、S級事件ってなんだろう。僕はその時の記憶がないし、ラティは地下牢に幽閉されてたから当然知らないだろうし……後でマルタ辺りに聞いてみよう。


「存在として……っていうのは、具体的にどういうことなんですか?」


「うむ、現在は精神だけがユエの中にいる状態でな。こちらから一方的に話し掛けることは可能だが、思考の共有は不可能という感じだな。夜になればこのように我の精神を表に出すことも出来るが、その場合、ユエの精神は眠った状態になってしまうのだ」


 ふむふむなるほど。結構複雑だけど、僕の影にいる時のラティみたいな感じなのかな。対ディレでラティが僕の身体を乗っ取った時は、僕にも意識があったけど。


 お互いの記憶が共有されてる訳でもないだろうから、さっきの話にはクロエさんが後々聞いた話も含まれてたってことでいいのかな。


「さっきクロエさ……ユエさんに嫌われたくないって言ってましたけど、話を聞いてる限りじゃクロエさんを嫌うようには思えないですよ」


 それにクロエさんが復活したとなれば、それこそユエさんの方からべったりくっつきそうなものだけど──いや、くっついてはいるのか(物理的に)。


「……なのだ」

「え?」


「ユエは絶賛、反抗期なのだ……!!」

「えぇ……」


 は、反抗期?


「実は最近、避けられているのだ……朝早くに起きたかと思えば、我が寝ている間に魔法の練習をしていたり……」

「はい」


「──それだけでなく、我が手を貸そうとすると『一人で出来るから見てて!』と言われるようになり……」

「……はい」


「あまつさえ、話し掛ける度に『お姉さんは回復に専念してて!』とまで言われるようになってしまったのだ!」

「……うーん」


 なんというか、過保護なんだよな。この人。ユエさんは心から、少しでも早くクロエさんに身体を取り戻してほしいんだと思うんだけど。


「それに、我以外の者と話す時の口調だって変わってしまった!」

「それは間違いなく貴方の影響だと思いますけど……」


 健気だなあ、ユエさん。


「兎に角、だ!」


 バン、と卓を両手で叩くクロエさん。


「其方が眷属になってくれなければ、我はついにユエに嫌われてしまう……あと怒られる……」

「眷属って、別にユエさんは吸血鬼じゃないですよね?」

「そ、それはそうだが……ただ、本人は其方を本気で気になっているようだぞ」


 多分、ユエさんは友達とか好敵手(ライバル)とかそんなニュアンスで言ってるんだろうし、それは僕もやぶさかではない。


 結論から言えば、この人が出てきたせいで話がややこしくなったんだよな。ユエさんも、それを恐れて夜の待ち合わせを躊躇していたんだと思う。


 夜が嫌いなんじゃなくて、夜に人と会うのが嫌いなんじゃないか? ユエさんがクロエさんの象徴である夜を嫌うとは思えないし──当初の僕の偏見通り、彼女は夜が大好きなはずだ。



 ……まあそれはそうと、実は僕、一つ()()()を思い付いたんだよね。


「お二人に話があるので、ユエさんに変わってもらえませんか? ああでも、クロエさんもちゃんと聞いていてください」

「あ、ああ……分かった」


 そう言って、クロエさんは俯く。


 すると直ぐに、


「……はっ!! ま、まさか……!!」

「おはよう、色々聞いたよ」


 僕がそう言うと、クロエさん(ユエさん)は赤面する。


「も、もう……出て来なくていいって言ったのに……」

「大丈夫、変なことはされてないから」


 嘘。


「それよりも、ちょっとした提案があるんだ。といっても、クロエさんの方になんだけど」


 無意識の内にタメ口になってしまったことに驚きつつ、僕は続ける。


「実は僕、魔王をやってるんだ」

「ま、待てお主。まさかとは思うが──」


 何かを察した様子のラティ。僕は「しー」と口元に人差し指を当てるジェスチャーをする。


「もしよかったら、僕と一緒に魔王軍やらない?」

「……え、ええっ!?」


 クロエさんをスカウトするにあたって、ユエさんにも話を通すのが筋というものだろう。今のクロエさんがいるのは、ユエさんのおかげなのだから。


「し、正気かお主……」

「もちろん。だって、偉大なる吸血鬼さんを逃す手はないよ、普通に考えて」


「き、聞きましたか? ……はい、はい。でも折角ですし……」


 どうやら相談中らしいので、結論が出るまで待つとにしよう。


 それにしても、意思の疎通をするのにユエさん側が思考を声に出す必要があるのは少し大変そうだな。

 僕の場合、ラティが僕の影の中にいる限りは思考を伝えることが出来るから(というより勝手に伝わる)、余計にそう感じるのかもしれない。


「……分かりました」

「クロエさんはなんて?」

「身体が治ったら、だそうです。このままお姉さんが安静にしてくれていれば、あと数か月くらいだと思いますけど……」


 流石というべきか、クロエさんは絶対にユエさんを巻き込みたくないんだな。


「ユエさんはそれでいいの?」

「えっ?」

「クロエさんが身体を取り戻しても、離れ離れになっちゃうけど」

「……」


 僕としては、二人の意思を最大限尊重したい。だからユエさんが嫌だといえば、潔く諦めるつもりだ。


「私は、それで大丈夫です」


 ユエさんは僕の目を見据えて、はっきりとそう言った。


「本人に聞こえる所で言うのはあれなんですけど──私、不安だったんです……もし私が寿命で死んじゃったら、お姉さんはどうするんだろうって。私を眷属にする気がないくせに、私のことしか見てないんです。笑っちゃいますよね」


 言いつつ、寂しさを隠しきれていないような表情。年相応で、それでいてしっかりしてる。


 すごいな、この子は。


「だから、新しい居場所を作ってあげなきゃってずっと考えてたんです。でも、同じ魔族である貴方達がいるなら、きっと大丈夫ですよね。お姉さんはもう、一人にならないで済むんですよね」

「……」


「それに、二度と会えないって訳じゃないですしね。お姉さんのことですから、どうせ直ぐ会いに来ちゃうに決まってますよ」

「……」


「昔なんて、ちょっと家から離れただけで大慌てで私を捜し回っちゃったりしてたんですよ……」


 羨ましいと、素直にそう思った。嫉妬と言われれば、納得してしまうくらいに。



「私はもう……一人でも……大丈夫、ですから……」



 ひたすらに、羨ましい。



「だから……ひぐっ……お姉さんを、お願いじまず……」



 大切な人の為に、ここまで涙を流せる彼女(ユエさん)が。

 そして大切な人に、ここまで涙を流してもらえる彼女(クロエさん)が。



「本当に大好きなんだね」


 僕は心の底から思ったことを口にした。

 相思相愛という言葉がこれ以上似合う二人を、僕は知らない。


 種族を超えた愛情というものは存在する。それは間違いない。種族を超え、恋人、友人、血縁という枠すらも超えた絆。


 それは、斯くも美しく見えるのか。



♡ ♡ ♡



 (良かったのか? 彼奴(あやつら)らを置いてきてしまって)

 うん。今の二人には、二人だけの時間が必要だと思ったから。


 ああいう感じのちゃんとしたお店に行ったのは初めてなので、折角なら何か食べてみたかったという気持ちがなくはないが、まあ仕方ない。


(にしても、まさかベルクロエの奴を引き込むとはな。ハードルの上がり方が尋常ではないぞ)


 それはそうなんだよな。魔人に吸血鬼……それも既に最強クラスの二人とかいう厳つすぎるメンバー。

 他に宛がないことはないんだけど、それ込みでも目的の人数を集めるのは困難を極めそうだ。


 まあ、ゆっくり集めて行こうかな。幸い、時間はたっぷりあることだし。

(謹慎が明けた後は、また冒険者業に勤しむつもりなのか?)

 うーん、どうだろう。一応他にもやりたいことはあるし、進捗次第かな。


 (要するに、ちゃんとした予定はないということか)

 そういうこと。

(いつも通りじゃな)

 いつも通りだね。



 こうして幕間は終わり、物語は新しい章へ。次の舞台は、月日が流れ、四ヶ月後の世界となる────。


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