【第12話】冒険者、そして雷帝。
「いやあ、ハルさんもついに魔剣士デビューですか!
只者じゃないなとは思ってたんですよ!」
「ついにって……僕たち、出会ってまだ半日くらいだけど」
「大事なのは過ごした時間の長さじゃなくて、過ごした時間の質なんですよ?」
それはそうかもしれないけど……。
「はい、こちらご注文の料理です。ごゆっくり」
現在、僕たちは宿屋で食事を取っていた。料理はとても美味しく、フェイがオススメするのも納得の味だった。
「なあ、あれって……」
「ほ、本物だ!」
気が付けば、何やら周囲がザワザワし始めていた。
何だろうと思い振り向くと、そのざわめきの原因は探すまでもなく判明する。
そこに居たのは、圧倒的な雰囲気を放っている金髪の騎士だった。
「ミネルヴァさん、空いてるかな」
「おや、セインじゃないか! 雷帝様が来るなんて、いつぶりかな」
「よしてください、ミネルヴァさん。俺はもう聖騎士を辞めたんですから」
雷帝──ってことは、あの男の人がこの王都デルクの元聖騎士長なのか。なんというか、覇気だけで魔物が逃げていきそうなレベルだ。
「でも、生憎と今は満席でねぇ……」
「そうですか。では、また今度──」
「相席でよければ、空いてますよ」
僕は声を掛けてみる。
面白そうだったから、それ以外の理由はない。普通に考えて、こんな面白そうな機会を逃す手はないし。
「それは願ってもない申し出だが……良いのか?」
「困ったときはお互い様、これが僕のモットーなんです。フェイも問題ないよね?」
フェイに尋ねると、
「ら、雷帝様と相席だなんて……あわわわ」
とても分かりやすく慌てていた。流石フェイ、期待を裏切らない反応だ。
「問題ないみたいなので、どうぞ」
「ありがとう。俺はセイン、よろしく」
セインと名乗った男は僕の斜め向かいの席、つまりフェイの隣に腰を掛けた。
「僕はハルっていいます。どうぞよろしく」
未だに憔悴しているフェイを横目に、僕はセインさんに質問した。
「すごい人気ですね。有名人だと聞いたんですが」
僕は彼が何者か知っているけど、一応訊いてみる。
「……ああ、以前はここの聖騎士長をやっていたんだけど、少し前に辞めてしまってね。謂わば過去の栄光というやつさ」
過去の栄光、か。どうして聖騎士長を辞めたんですか、とかあまり聞かない方がいいよな。
「今は各地を巡って旅をしているんだ。今日は偶々帰ってきていてね」
そう言ったセインさんの表情に、一瞬影がさした気がした。
「僕は冒険者をしてます」
僕のその言葉に、セインさんは「やっぱり、そうだと思ったよ」と返した。
「君はどこか変わった雰囲気をしてる。冒険者、向いてると思うよ」
「よく言われます」
「はは、そうだろうね」
少しすると、セインさんが頼んだ料理が届く。
一口食べると、満足気に頷いた。
「こちらの方はパーティメンバーかな? 見たところ、魔法使いみたいだけど」
セインさんの言葉にフェイがはっ、とする。
ようやくこちら側に戻って来たらしい。
「あ、はい! 私はフェイと申します! ええっと、レンディ魔法学校の生徒で、冒険者もしてますっ!!」
「そう緊張しないで、今の俺はただの一般人なんだから」
フェイは深呼吸をする。
少し落ち着いたようで、改めて姿勢をピンと伸ばした。
「今は任務の帰りかい?」
「そうですね。予想外の出来事があって、撤退することになったんですけど」
「ははっ、冒険には予想外が付き物だからね。一体何があったんだい?」
「それが、軍狼上位種に呪い系統の魔法を使われて──してやられました」
すると、セインさんは怪訝そうな顔をした。
「軍狼がかい? 軍狼もその上位種も、風属性の魔法しか使わないと記憶しているんだけど」
「ですよね。僕もそう思ってたんですが……」
彼の口振りからして、僕の情報が古かったというわけでもなさそうだ。
「──そうだ。明日も行く予定なら、俺も連れて行ってくれないか」
「えっ」
「ええっ!?」
僕以上に驚くフェイ。折角落ち着いてきてたのに。
「僕は構いませんけど……」
「ありがとう、少し気になってね。杞憂だといいんだが──俺の勘は昔からよく当たるんだ」
★ ○ ●
僕達(主に僕)は、その後も少しだけセインさんと他愛のない雑談を交わし、店の外で解散することになった。
「改めてありがとう、ハル君。君と知り会えて良かった──また明日会おう」
「はい、また明日」
どうやら、セインさんは別の宿屋に泊まるらしい。
「はぁぁ、既に不安です……何かやらかさないといいんですが」
「良かったね。雷帝様と一緒に冒険だなんて、自慢話になるよ」
「たしかに嬉しいですけど!! よく声を掛けようと思いましたね!?」
「いや、面白いかなって」
フェイの顔には、呆れと心配の表情が浮かんでいた。
「いつか、面白そうだからとか言って危険に飛び込みそうで怖いですよ……」
「飛び込まないとは言い切れないね」
帰っていくフェイの背中を見送ってから店に戻ると、夜遅いからか、一階はそこそこ空いてきていた。
疲れたのでもう寝ようと思い、店の二階に続く階段へ向かうと一人の店員さんが近付いて来る。
「ちょっといいか?」
「はい……僕に何か用ですか?」
「いきなりで悪いんだが、フェイを頼む」
「頼むって……明日のことなら大丈夫ですよ。セインさんも付いてますし」
「それだけじゃないんだけどな。まあ、見ててやってくれよ」
「会ったばかりなのに、随分と信頼されてますね」
「フェイのあんなに楽しそうな顔、久しぶりに見たからさ。アンタ、悪い奴じゃなさそーだし」
「期待に応えられるよう、出来る限りのことはやりますよ」
「サンキューな。アタシはレイシャっていうんだ。それと、あそこのゆるい雰囲気の奴がハイネ、大人しそうな奴がエフィってんだ。とりあえずヨロシクな!」
それだけ言うとレイシャさんは、すぐに店の奥へと戻って行った。
それから僕は自分の部屋に入ると、すぐさまベッドに飛び込んだ。
「はあ、今日は疲れたな。ラティ、まだ起きてる?」
(何か用か? 妾はもう寝るぞ)
「明日もよろしく頼むよ。それだけ」
(……ふん、言われずとも頼まれてやるからはよう寝ろ)
疲れていたからだろうか、その日はほんの少しだけ、いつもより早く眠りに付けた気がする。