【第104.8話】吸血鬼の過去。(2)
今回地属性を採用した理由は、相手が負傷してしまうのを極力避けたかったからだ。火や水属性による拘束魔法は、少なからず対象にダメージが発生する。
魔法使いの連中にああは言ったが、奴等ではどのみち拘束すら出来なかっただろうな。
「落ち着いたか?」
小さな岩山に向かってそう問い掛けると、岩山は激しく音を立てて崩れ、中から例の男が現れた。
あれは吸血鬼でなければ人間でもない、アンデッドの亡霊だ。
基本的にゴーストは『物質透過』及び『浮遊』のパッシブを持っている為、特殊効果を持たない物理攻撃は全てすり抜けてしまう。
が、魔法は当然食らう。
拘束魔法も含む全ての攻撃がすり抜けるゴーストの変異体、前例がない訳ではない。
だがそれは例外もいいところで、千年以上生きてきた(ほぼ死んでた時期もあるが)我ですら一度も見たことがなく、知人から教わった程度の知識。
今、我が相手をしているのは、そんな例外なのだ。
例外は、誰もが意図していないタイミングや状況で訪れるから例外と呼ばれる。しかしそれは、決して偶然ではない。
突如として生まれる例外や特別というのは、奇跡に近い必然の連続による産物だ。どんな出来事にも、必ず因果関係というものが存在する。この世界には、奇跡はあれど偶然なんてものはない。
亡霊とは、強い未練を持っている状態で生涯を終えた者が生まれ変わった姿だ。いや、生まれ変わったという表現は正しくないのかもしれないが。
やはり、其方は諦めていなかったか────。
その昔、とある魔法使いに強く憧れた一人の少女がいた。その少女は憧れの魔法使いと同じ高みまで到達することを夢見たが、志半ばでその生涯を終えてしまう──するとどうだろう、その少女はゴーストへと生まれ変わったのだ。
しかし悲しいかな、そのゴーストは周囲に無差別に攻撃を仕掛ける“怪物”へと成り果ててしまった。
自身の『強さ』を彼女に証明する、ただその為だけに。
結果として、そのゴーストは異質な特殊スキルを持ってしまった。
その名も『憧憬者』──“憧れ”以外の者からの影響を一切受けないという、そんなふざけた怪物が生まれたのだ。
最終的に、そのゴーストは“憧れ”によって討伐された。それが一体どのような最期だったのかは知らぬが、一応めでたしめでたし、だ。
例の憧れの彼女曰く、そのスキルの発現条件は、“憧れの対象が極端に高みに存在すること”、そして“特異な環境に身を置き続けること”らしい。
……とまあ、我の知人の昔話をしたところで、少し話を戻そう。
お察しの通り、目の前の男は『憧憬者』の保有者であり、その対象は間違いなく我だ。
まさかとは思っていたが、本当に実在したとは──いや、違うな。これは我が作り上げてしまった存在なのだ。
人の身でありながら、我という遥かに高みにいる存在への憧憬。そして、その人生を我という異質で特別な存在に捧げ、その傍で分不相応に生き続けたことによる“結果”、或いは“罰”。
これは本来、我とあの男だけで完結するはずの簡潔な物語。
だが時を経るにつれ大勢の者を巻き込んでいき、複雑怪奇に捻じれ、回帰不可能なまでに拗れてしまった最悪の物語なのだ。
「全ての原因は、我にあるという訳か」
原因、理由、もしくは元凶──。
「其方は、ずっと血を集めていてくれたのだな」
死して尚、目覚めぬ我を想い、二百五十年以上に渡って、一途に。
「我の名はベルクロエ・ブラッドレイン──千年以上の刻を生きた偉大なる吸血鬼であり、其方に生かされた一匹の吸血鬼だ」
「ア……グ……」
完全に自我を失っているのだろう、その言葉は一つ聞き取れなかった。
「其方、かなりやんちゃをしたみたいだな」
「ウウ……グ……」
だが、理解は出来た。
「そうか。だが安心しろ、其方の罪は全て我は背負ってやる」
「……」
一歩ずつ、男の方へ近付いて行く。それに対し、その男は何か反応するでもなく、ただそれを見つめていた。
「折角我に会えたのだ、話したいことがあるのなら幾らでも聞くぞ」
「グ……エ……」
男の目の前に立った我は、その眼を見据える。
それから数分、男は相変わらず聞き取れない言葉で喋り続けた。我はそれを、静かに聴いていた。
「もう良いのか?」
「……」
「……分かった。其方の想い、しかと受け取ったぞ」
男を抱擁し、全身に魔力を巡らせる。
我の有する超越スキル──『夜の王』。それは、夜が深くなるにつれて全ステータスが指数関数的に上昇し続けるというもの。
現在、午前零時丁度。
この一瞬だけ、我は絶対的な存在へと至る。誇張表現などではなく、全盛期ならば腕を振るだけで純系魔王の首が余裕で飛んでいく。
弱体化した今の我でも、恐らくいい勝負が出来るだろう。
「安らかに眠れ──名も知らぬ、我を想う親愛なる者よ」
もし、其方が再び人間として生を受けたのならその時は──。
「何処にいようと絶対に見つけ出し、必ず、眷属にしてやる」
「……アガ……ウ……クロ──」
辺りを強烈な光が照らす。ひたすら暖かく、夜にはまるで相応しくない、そんな美しい光。
少しして光が完全に消え去り、再び静寂に包まれたいつも通りの夜が訪れる。
そこに残されていたのは、その場に膝から崩れ落ち、俯いた様子の吸血鬼。
「……人の一生は、短過ぎる」
その一匹の吸血鬼は、ある一箇所を呆然と見つめている。
そこに何が在ったのか──今となってはもう、彼女にしか分からない。
■ ▼ ●
その翌日、我はいつものようにユエに魔法をレクチャーしていた。
「ど、どうですかっ……!?」
「ふむ……」
驚いたな。まさか、たった二週間で二段融合魔法を習得するとは。
村の連中とやらが、この娘のどこを見て『魔法の才能ナシ』と判断したのか教えてほしいくらいだ。
ユエの潜在属性は風、今は風属性の中級魔法の精度がほぼ完璧といったところなのだが、気付いたら一応知識として教えておいただけの『融合魔法』を習得していたのだ。
「ユエよ、今其方が有しているスキルを一つずつ教えてくれぬか?」
「あ、はい……えっと、まず特殊スキルの『調和の宴』──えっ!? 特殊スキルっ!?」
「……な、何故ユエが驚くのだ」
「だ、だって私、スキルを確認したの数年ぶりですし……」
ということは、ここ最近(主観)習得したものなのか……しかし、『調和の宴』か。当然聞いたことのないスキルだが、大方想像は出来る。
「ユエ──其方はもしかしたら、この国の英雄になれるやもしれぬぞ」