【第104.6話】吸血鬼の過去。(1)
「そういえば、其方は魔法が使えるのか?」
「其方じゃなくて、私にはちゃんとユエっていう名前があります!」
「あ、ああ、すまない」
現在、我は身体の慣らしの為にユエと共に小屋の外へ出ていた。
日の当たらない場所でいくつか魔法の詠唱をしてみると、予想通り出力や精度が大幅に低下していた。
冗談抜きに、全盛期の5%も出ていないだろう。飛行魔法すら覚束ない状態で、かなり不便だ。
「私にもお姉さんみたいな魔法の才能があれば、捨てられずに済んでいたかもしれませんね」
「そうだろうな。我レベルの魔法の才能があれば捨てられないどころか村の英雄、更には国の英雄にもなっていただろう」
と、今度は無詠唱で魔法を発動しながらそう言う。
やはり昼間は駄目だな、これでは全盛期の1%未満だ。
現在、我等がいるこの国はハイナジトラと言い、世界で最も魔法が栄えている魔法国家だ。魔導連盟の総本山であり、魔法の才能があるかどうかが全ての世界と言ってもいい。
ちなみに、我は光を除く火・水・地・風・闇の五属性全てが潜在属性であり、その全てにおいて最高レベルの魔法を扱うことが出来る──いや、かつては出来た……本当だぞ。昔は魔王をしていたこともあったからな。
「やっぱりお姉さんは凄いですね……」
「……我が魔法を教えてやっても良いぞ。どこまで伸びるかはユエの才能次第だがな」
「私の、才能……」
「ああ。自分では気付いていないだけで、意外といい線いっているかもしれぬぞ?」
諸々の魔法を確認し終えた我は、そう声を掛けた。
実際、最初は才能がないと思われていたが、後になって突出した才能を開花させたという事例が無い訳でもない。
無論、それはごく少数のあらゆる運に恵まれた者の話なのだが。
「お願いします。私に魔法を教えてくださいっ!」
「ああ、任せろ」
それから二週間、我はみっちりと魔法の何たるかを叩き込んだ。座学と実技のひたすら繰り返し。
幸いなことに、ユエに全く魔法の才能がないということもなく、順調に実力を伸ばしていった。
そして、その裏で我は例の調査を進めていた。恐らくだが、最後にこの森で行方不明者が出たのは我が目覚める二週間前。
運良く森に残されていた血痕がその期間に出来た物だったというだけで、当然それよりも後に行方不明者が出ている可能性はある。
そしてどうやら、最近になって血を喰らう鬼を討伐する為の魔法使いが送られるようになったらしい。ユエを生贄を捧げておいて何を今更と思ったが、良心ある若者が立ち上がったりしたのだろうか。
尤も、その魔法使いの連中とやらも、皆等しく行方不明になっているのだが。
「それでは行ってくる」
我はユエを起こさぬよう小さく呟くと、小屋を後にする。
我の活動時間は主に夜。そもそも今の我では日差しを耐えることは出来ぬし、夜の方が何かと都合が良い。
「……当たりだな」
前方に蠢く灯りが見える。
数にして四つ──間違いなく、その全てが魔法使いの『照明』によるもの。魔導連盟が漸く動き出したらしい。
相変わらず対処の遅い連中だ。冒険者協会ならばこうはならなかっただろう──冒険者協会の存在しないハイナジトラでは、こういう事例が往々にしてある。
「しかし、どいつもこいつも弱そうだな……」
我くらいになると、一目である程度の実力が分かる。
シルバー級辺りか……随分と“血を喰らう鬼”を甘く見ているな。昔の話とはいえ、あらゆる国の中で最も吸血鬼の脅威を身近に感じていたはずだろうに。
シルバー数人でどうにかなる問題ならば、村の連中が送っていた魔法使いが疾うに解決しているはずだ。
魔導連盟の上層部は、昔よりも更に無能になってしまったのだろうか。長い間この国を見てきた者として、少なからず悲しい気持ちになってしまう。
それから少しして、魔法使い達の背後に明らかに奴等の仲間のものではない人影が現れる。体格からして男だ。
「さて、お手並み拝見だな」
木の影に身を潜め、後方から様子を伺うことにした。
「な、何だお前はっ!」
「くっ、本当にいやがったのか!」
「はっ! 探す手間が省けたぜ!」
「一旦距離を取りましょう、詰められ過ぎてるわ」
ほう、一人冷静な奴がいるな。あんな奴等と組まされるとは、本当に気の毒だ。大方、あの無能共をまとめる為のリーダー役といったところだろうが……。
「血ガ……血ガ足リナイ──ッ!!」
「クソッ、喰らえッ!『火球』!!」
人影に向けて魔法を繰り出す一人の魔法使い。
────ああ、死んだな。あの馬鹿。
次の瞬間、放たれた魔法は人影をするりと通り抜けていった。
火災が起こるといけないので、こちらに飛んできた火球を水属性魔法で相殺しておく。
そしてその人影は、振り上げていた手を勢いよく振り下ろす────。
「ぐああっ!!」
その手は、一人の魔法使いを激しく斬り裂いた。
「おいっ、大丈夫かっ!!」
人の話をしっかり聞く、何故こんな簡単で重要な事すら出来ないのだ。距離を取れと言われ魔法を撃つ馬鹿がどこにいる。
あの状況で魔法を撃っていいのは、確実に仕留め切れるか、近接戦闘の心得がある者だけだ。
障壁の展開はまず間に合わないような状況、尚且つ味方に支援もなしに、一体どうしたら勝てるビジョンが見えるのか。
にしても、あの“血を喰らう鬼”……やはり魔法の無効化や耐性どころか、そもそも命中すらしなかったな。まるで、魔法使い殺しだ。
「ど、どうするっ!? 魔法は効かないみたいだぞ!?」
「……逃げるわよ。一度情報を持ち帰って連盟に報告及び情報の整理、そして対策を練ってから改めて来ましょう」
賢明だな、今の奴等はあまりにも情報不足過ぎる。魔法使いだけで、魔法の効かない近接主体の相手をどうにか出来るはずもない。
夜間では、相手の能力を分析する暇も、他の属性の魔法を試している余裕もないだろう。
「はあ? 何言ってんだ、戦う以外に選択肢はねーだろ!!」
もう一人馬鹿を発見。貴様は今、目の前で何を見ていたんだ? 此奴の方が重症そうだな。
「ちょっと貴方────」
「────その程度の実力でよくシルバーに上がれたな、愚か者共。そこの娘以外全員不合格だ。全員ブロンズ……いや、見習いから“魔法使い”とは何かを学び直せ」
如何なる耐性や無効化のスキルを持っている者でも、その性質上決して避けられない攻撃というものが存在する──それが、直接的なダメージの発生しない攻撃だ。
『大地監獄』
地面から岩石が盛り上がり、あっという間に男を囲い込む。
中級の地属性魔法の中でも使用する者が少ないとされているこの魔法。その理由は単純で、メリットが少ない。要は、使う意味がないのだ。
そもそもこの拘束魔法は素の拘束力が低く、汎用性も低い。その上、同じ中級魔法に上位互換が多すぎる。
我が今この技を採用した理由は二つ、今回は地属性である必要があったから。もう一つは、今の我では上級以上の魔法をうまく扱えないということ。
本来の力があれば、こんなしょうもない魔法は使っていない。
「なるほど、その手が……」
と、一人納得した様子の魔法使い。
「ほら、さっさと失せろ。死にたくなければな」
「なんだてめぇ、俺らの獲物を横取りしようってか──」
「バカお前、早く逃げんぞ!」
勢いだけの魔法使いは、もう一人の魔法使いに無理矢理引っ張られて行った。
あんな奴でも魔法使いを名乗れるとは、世も末だな。
「ありがとう、名前も知らない魔法使いさん。もしよければ、私も手伝う────」
「要らん、力不足だ」
そう言って手をひらひらと振る。
早くどっか行けのポーズだ。
するとその魔法使いは小さく頷いて、直ぐ様その場を去って行った。
「……やはりそうか」
我は腕を組んで、自身が作りだした岩の山を眺めた。