【第102話】冒険者、闘技場を修復する。
「……す、少し遊びすぎましたね」
「つい我を忘れて……」
僕たちが修復するはずだった闘技場、その至る所で石像が乱立していた。
スライムやウォリアーベア、大きいものだと古龍ガルグの像だってある。もし事情を知らない旅人が立ち寄ったら、そういう博物館か何かと勘違いされるんじゃないか?
どうしてこうなったかといえば、まあ僕のせいだ。そりゃそうか。
修復途中、僕は地属性魔法の精密性を向上させようと思い、瓦礫を魔法で加工し、石像を作ることにした。そこまではよかったのだが(よくない)、思いのほか興が乗ってしまい、その結果がこの有様である。
視界がぼやけていても、感覚である程度どうにかなるものだな。
「ま、まあこの石像を媒体に修復していけば全て元通りなので、あまり気にされなくても大丈夫だと思いますよ」
「だよね。それじゃあ早速、この大きい古龍の石像から使っていこうかな」
そう言って、僕が石像に触れ、魔力を流そうとすると、
「ああっ……」
「……」
な、なんだ。そんな惜しそうな顔して、変な声を出すんじゃない。
「よし、やるぞー」
「ああっ……!」
「……」
やりにくすぎるだろ……確かに、レンの前でガルグの石像を消滅させるのは少し気が引けるけど、仕方ないじゃないか。これ、デカすぎだって。
「えっ!? レン見て、あんなとこに天黎さんが!!」
「ええっ──」
と、レンが振り向いたその一瞬の内に、僕はガルグ像を利用してその全てを闘技場の修復へ充てた。
おお、思ってたより魔力消費を抑えられたな。元々、この程度で尽きる魔力じゃないけど。
よく地属性魔法で巨大な創造物を作ってるのを見るけど、意外と簡単だったりするのだろうか。それなら、自律式の巨大なゴーレムとかも作ってみたいな。面白そうだし。
「天黎様、どこにもいないじゃないですか──ってああっ! お父さんの石像が……」
「え、いるよ? 天黎さん」
「えっ!? 一体どちらに……」
「ほら、そこ」
と、僕は今建てた天黎さんの像を指差す。
「……や、やられました」
地面に膝を突き、うなだれるレン。
「はっはっは、僕の勝ちだ」
(おい、来とるぞ。本人が)
甘いよ、ラティ。そんなものに引っ掛かるほど、僕は間抜けじゃないんだ。
「楽しそうだな。出来れば、日が暮れる前に片付けてくれると助かるんだが」
「……えっ」
「調子はどうだ? その眼では作業もやり難いのではと思ったが、その様子では杞憂だったようだな」
辺りを軽く見回す天黎さん。そして自身の石像に気付くと、「よく出来ているな」と満足げに頷いた。
ちょっと、来てるなら言ってよ。ラティなら気配で気付いてたでしょ?
(はっ倒すぞ、強めに)
ツッコミを放棄して力業で解決しようとするな。
(この状況では暴力が最適だと聞いたんじゃが)
そんなの誰に聞いたんだ……。
(巷では、これもツッコミというらしいぞ)
いや、なんか微妙にズレてるぞ。間違いなく。
確かに、“叩く”などの行為を伴うツッコミは存在するが、“はっ倒す”までいけばそれはもはやただの暴力だろう。
しかも、強めにとか言ってた。
(はあ、今のはボケじゃろ。しっかりとツッコミを入れよ)
おいおい、“ぼけ”だなんて……本当に年を取っているとはいえ、自虐はよくないぞ。
(……凹ますぞ)
どこをっ!?
いずれにせよ、致命傷は避けられそうにない。
閑話休題。
「よいしょっ、と」
僕は両手を地面に置き、周囲の石像を一斉に分解し、一瞬の内に闘技場を修復した。
「わぁっ、もうそこまで上達されたんですか?」
「まあね。これくらい、お茶の子前の朝飯さいさいだよ」
「混ざってますね……」
あれだけ石像を建て、ガルグの像を分解・修復すれば経験値は十分だ。万能者は、成長者以上に物事の習得速度を上昇させ、そして周囲へ与える影響も強くなっている。
追加効果として、スキル・魔法発動時の精度が1.5倍になるというのもありがたい。実を言うとこれだけではないのだが、それはまた別の機会に紹介しよう。
「流石だな。俺はあまり魔法が得意ではないから、君の習得速度は非常に羨ましく思う」
「僕、最初は初級魔法すらまともに使えなかったんですけどね」
「そうなのか?」
このことを知ってるのは、ヘレンさんとラティくらいか。フェイと出会った時点で、僕はラティとの契約のおかげで魔法が使えたし。
(うむ、懐かしいな。まさか魔王になるとは、当時は考えもしなかったぞ)
同じく。
「ならば、今からでも魔法の習得に勤しむとしようか」
「え、これ以上強くなる気なんですか……?」
普通に勘弁してほしい。
この国において、街ごとに配置されている兵士の数が明揺だけ極端に少ないのは、この人がいるからなのではないかと、本気で考えている。
「まあ、冗談はさておき──丁度よかった、俺は君を探していたんだ」
そう言って、天黎さんはレンの方を向いた。
「わ、わたしですか?」
「ああ、元々は彼を頼ろうとしていたんだが、今は謹慎中だからな。そこで、君に白羽の矢が立ったという訳だ」
なるほど。レンの居場所を尋ねに、闘技場にいる僕の下へ訪れたのか。
「君の腕を見込んで、一つ頼みたい事がある。勿論、断ってくれてもいい」
「断るだなんてそんな……わたしでよければ、お受けいたします」
「そうか、ありがとう」
(おお。彼奴、笑えたのか)
失礼だな。
「今日は本当にありがとう、レン。今度、何かお礼するよ」
「いえ、これはわたしがやりたくてやったことですから……ですが、お礼は期待しておきますね!」
と、いつもの笑顔を浮かべるレン。
「要望があるなら何でも聞くよ」
「お任せでっ!」
「了解、楽しみにしてて」
そうして、僕は二人の背中を見送った。
「さて……どうしようかな、お礼」
(レンなら何でも喜びそうじゃがな)
だよね。一緒に街中歩いて、レンの欲しいものを買いまくるとかどう? 普通すぎるかな。
(一緒に出掛けるだけで大喜びじゃろうな)
そんなことを考えながら、僕は闘技場を後にした。