【第101話】地属性魔法について。
「先日は本当に助かりました」
僕は深々と頭を下げた。
「わっはっは! この程度、助けた内にも入らぬわ!!」
「ちゃんとお礼がしたいんですけど、今日の夜とか空いてますか?」
「よ、夜か……うーむ、空いてなくはないが……」
何やら言葉を詰まらせている目の前の少女。
やはりS級冒険者は、やらなければならない依頼やら任務やらが山積みなのだろうか。
「謹慎期間が終わるまで、ずっと魏刹のどこかにいると思うので──」
「い、いや、今日の夜で良い! 寧ろ、今日以外は空いていない!!」
「そうですか? それじゃあ、日が落ちる頃には冒険者ギルドに戻るので、そこで合流しましょう」
「ああ、それではまた会おう!」
そう言うと、クロエさんは足早にその場を去って行った。
「あ、はい……」
なんというか、元気な子だったな。
(……彼奴、名をブラッドレインとか言っておったか?)
言ってたけど、それがどうかしたの?
(うむ、妾の知人に全く同じ名を持つ者がおってな。まあ、他人の空似じゃろう。容姿こそ多少は似ているが、雰囲気も気配もまるで違う。それに、これは昔の話じゃからな)
“昔”──それはつまり、四百年以上前のことを指しているのだろう。
ぼやっと見た感じ、レンと同い年くらいに感じたので、流石にその知人とやらではないと思う。まあしかし、外見だけで判断するのは些か早計というものだ。
実際、ラティは容姿に反して結構年を取ってるし。どう見ても十歳くらいだよな……いや、本当は十歳なんじゃないのか? 甘いものを食べてる時とか、まんま幼女じゃないか。
(……おい、全部聞こえとるぞ。意味の分からん考察をするでない)
△ ● ■
「ということでレン、僕に地属性魔法のあれこれを伝授してほしいんだ」
「はい、いいですよ」
現在、例の闘技場へ向かう道中。
レンに会うため、冒険者ギルドに向かう予定だったのだが、偶然明揺の街中で遭遇したので回収してそのまま闘技場へ、という流れ。
「そういえば、フェイとミラは?」
「お二人なら、依頼を受けて明揺の外に向かわれましたよ。たしか、ワイバーン討伐の依頼だと仰ってましたね」
「へえ、そりゃ楽しそうだ。レンはどうして付いて行かなかったの?」
謹慎中じゃなければ、僕も着いて行ったのに。
「えっと、修復作業を手伝おうと思ってまして……ハルお兄さんもわたしを探してたみたいなので、丁度よかったですね!」
そう言って、にこっと笑うレン。
その笑顔は当然のように、僕の視力低下を貫通した。
「良い子すぎる!」
くっ、なんて眩しい笑顔なんだ。実は勇者の血を引いていて、光の潜在属性を持ってたりするんじゃないのか?
(これ以上設定を盛るつもりか?)
設定とか言うな。
「み、見ろよアレ……」
「ほ、本物じゃねぇか」
「やめろよ、何されるか分かんないぞ」
と、あちらこちらからそんな会話が聞こえてくる。
「……」
すっかり有名人だな、僕。まあ、あれだけ暴れれば無理もないか。
思い描いてた計画とはかなり違うものになってしまったが、結果的には魏刹での知名度が跳ね上げることが出来た。悪い方に。
「わたし、ちょっと文句言ってきます!」
「落ち着いて、僕は大丈夫だから。あの人たちの気持ちも分かるし」
「ハルお兄さんが良くてもわたしが良くないんです!」
「どーどー。ほら、深呼吸深呼吸……明揺を更地にされちゃあ僕が困るよ」
「し、しませんよっ?!」
(おい、遊んでないでさっさと用事を済ませろ。今夜は用事があるじゃろ)
おっといけない、そうだった。
「それではご教示お願いいたします、先生」
「はい! 任せてください!」
● △ ■
「少し話は難しくなるんですけど、地属性魔法というのは火や水属性魔法とは違って、自然を媒体にして発動することが多いんです」
「ふむふむ……」
「分かりやすい例を挙げると、岩の拳を作って飛ばす魔法があるとして──詠唱の際、周辺にある岩などを利用することで、魔力消費量を減らしたり、詠唱から発動までに掛かる時間を短縮させたり出来るんです」
現在、僕達は闘技場にいた。
簡単な地属性魔法を教わり、何なく習得出来たので、次は少し専門的な内容を教えてもらうことになった。
「ということは、魔法戦では地属性の魔法が有利になるということでしょうか」
「戦う場所にも依りますけど、大体そういう認識で大丈夫ですね。ただ、雷属性魔法などの“魔法そのものの発射速度が優れた魔法”にはその限りではないということは留意しておいてください」
「なるほど、勉強になります先生」
ちなみにキャストタイムについて、基礎属性での最速は地属性で、風、水、最遅は火属性となっている。地風は自然を利用しやすく、水火は利用しにくいという訳だ。
雷や氷などの派生属性は強力な分、キャストタイムも基本属性と比べて長いのだが──結局は環境や状況、詠唱者の力量次第なので、地属性を極めればいいというものでもないらしい。
魔法使いとは、才能と素質が物を言う世界。努力だけではどうにもならない事が多々あるのだろう。まあ、この世界では平等に与えられているものの方が少ないのだが。
「火属性魔法や派生属性などは、ほとんど自身の魔力で生成することになるので、魔力消費量も多かったりするんです」
光・闇属性は基本属性でありながら、全て自身の魔力で生成する必要があり、キャストタイムもそこそこ。その点においても、その二属性は少し特殊といえるだろう。
「幸いなことに、この闘技場には瓦礫がほとんど残っているので、あっという間に修復出来そうですね」
辺りを見渡すと、何故か端に寄せられている瓦礫たち。
「恐らくですが、ハルお兄さんが修復しやすいよう、天黎様が残しておいてくださったんだと思います」
「ああ、そういう……」
僕に“罰”として修復させることで僕が与えられる罰の枠を一つ埋めるだけじゃなくて、その修復にまで気を遣ってくれてるのか。すごいな、あの人。
「よし、それじゃちゃちゃっと終わらせますか」
僕はそう言って袖を捲った。