【第100話】事件の後処理。
「あの、でも、これって、全部が全部僕が悪いわけじゃないと思うんですよ」
僕は、そんな見苦しいセリフを言い放った。
「確かにそれはそうね。でも、全く反省しなくてもいいって訳じゃないのよ」
「はい……」
あの後、とある冒険者によって救助(?)された僕。翌日、天閻宮(仮)の一室で事情聴取のようなものをされていた。
現在この場にはいないが、天黎さんや各方面の方々に謝罪をして回ったのは言うまでもないだろう。
「えーっと、とりあえず一件落着ってことでいいのかな? 怪我人は出なかったみたいだし。会場はめちゃくちゃになっちゃったけどね……」
と、ユナさん。
不幸中の幸いと言うべきか、僕の暴走による被害は全くなかったという。あの場に、僕よりもずっと強い人達が集まっていたおかげだろう。
「それにしても、ホント厄介ね──彁羅って。マルタは何も視えなかったんでしょ?」
「ん、そーだね。まさか、こんなタイミングで現れるなんて思わなかったよ。接触してくれればよかったのに、どうやらマルタには興味がなかったみたい」
と、マルタは言う。
気付けば眼の症状が悪化していた僕は、ぼやーっとマルタの方を見つめた。
月詠はもう使えないはずなのに、あの時、間違いなく月詠は発動していた。なんというか、感覚で分かる。
それがキリエさんの仕業なのは明白なんだけど、肝心のその方法が全く分からない。
「それじゃ、いよいよ目的が分からないわね」
「新生魔王に興味があった、とかじゃないのかい?」
「だとしても大掛かりすぎるわよ。個人的に接触すればいいじゃない」
いや、出来れば個人的にでも接触はしてほしくないんだけど。
「というかダンテ……アナタ、いつまでここにいるつもりなのよ」
「そうつれないこと言わないでおくれよ。僕はただ、彼が心配なのさ」
「うわ、胡散臭っ」
天黎さんや、S級冒険者の皆の取り計らってくれたおかげで、僕の処罰はとても軽いもの(一ヶ月冒険者活動の謹慎、そして闘技場の修復)になった。
レオに関してはお咎めなしだったけど、本当に申し訳ないことをしたと思う。
あの後、本人から「ありがとう、おかげでもっと上を目指せる」という言葉を聞いた時は、少しだけ救われた気持ちになった。それが気遣いだとしても、だ。
(しかし、これで何度目じゃ? お主の巻き込まれ体質には本当によく驚かされる)
違うよ、ラティ。これは全部、僕の甘さと傲りが招いた出来事なんだから。
(……そうか。お主がそう自覚しているのなら、他に言うことはあるまい)
あれから、ずっと考えていることがある。
────もし、僕の暴走を誰にも止めることが出来なかったら。僕が、あの場の誰よりも強かったら。
そんなことは万が一にも起きないのかもしれないけど、どうしても頭から離れない。
僕は、これ以上強くなってもいいのか?
幸か不幸か、この世界の表舞台にはS級冒険者や国主、勇者に英雄、純系魔王、魔王とか──今の僕には手が届かないようなお手本が山程いる。
そろそろ本気で上を目指すのもいいかなって、そう思ったんだ。ノアさんに追い付いて、そして更にその先を目指そうと、そう思えた。
その矢先、だ。
どうしても、僕が取り戻した過去の出来事が脳裏を過ってしまう。
ちゃんと背負って生きると、決めたはずなのに。
ちゃんと償うまで生き続けると、覚悟を決めたはずなのに。
また護るべき誰かを傷付けて──それどころか、命を奪ってしまうかもしれない。
レオと違って、僕は弱い。でも、いっそのこと弱いままでいた方がいいのかもしれない────。
(つまらぬ考えはよせ。お主のネガティブ思考を無理矢理聞かされる妾の身にもなってくれ)
……。
(確かに今回、お主が観客、もとい一般人を傷付けてしまう可能性は大いにあった……が、結果的にそうはならなかった。とりあえずはそれで良いではないか。他の奴等がそれで納得いかずとも、お主はそう割り切り、切り替えろ。“誰も殺してねーし怪我させてもねーんだからいいだろ”、とな)
(一度犯した過ちは取り返しが付かぬよう、犯していない過ちに取り返すも何もない。元より、お主に全ての責任がある訳でもなかろう?)
(それに、『手の届く範囲では、誰も死なせない』、だったか? これが誰の言葉か、忘れた訳でもあるまい)
まさか。あの日の事を忘れたことなんて、ただの一度もないよ。
(まあ兎に角、あまり気に病む必要はないという話じゃ。そして、仲間をもう少し信じろ)
ラティのことも?
(それは言わずもがな、じゃろ)
はは、そうだね……わざわざありがとう。まあでも、これからはもう少し慎重に行こうと思うよ。
はじめの頃みたいに、ゆっくりと着実に。焦る必要はないんだから。
(うむ、それで良い。その為の時間は幾らでもある)
「あ、そうだった。ハル君、僕は君に話があって来たんだよ」
と、ダンテさんは突然僕に話を振った。
「話、ですか?」
「そう、君を僕の国に招こうと思ってるんだ!」
「というと、クロノフェリアですか?」
「ちょっと、その子はまだやらないといけない事があるんだけど。少なくとも闘技場の修復が終わるまではどこにも行かせないわよ」
ですよね。まあ逃げるつもりなんて毛頭なかったけど。
「もちろん、君の予定が空いたときで構わないよ」
「はい、その時はお邪魔させてもらいますね」
「ああ、楽しみにしているよ」
まさか国主直々に招待されるとは、僕も今まで頑張った甲斐があるというものだ。
「それじゃ、僕は早速修復作業に行ってきます」
僕はそう言うと部屋の扉を開け、外へ出た。
そんなに大きな破損はなかったみたいだし、頑張れば数日で片付きそうだな。冒険者活動も謹慎中だし、その後はしばらく鍛錬の日々になりそうだ。
ああそうだ、僕を助けてくれたっていう冒険者の人……S級って聞いてたけど、気付いたらいなくなってたみたいで、まだちゃんとお礼出来てないんだよな。
拘束魔法を掛けたのはノアさんなのだが、あの特殊な洗脳状態を解除したのはその人らしい。
「──待ち侘びていたぞ! 影の冒険者よっ!!」
そういえば僕、建物の修復とかしたことないんだよね。魔法で何とかならないの?
(地属性魔法がある程度使えるのならば何とかはなるじゃろうな。お主なら習得にさほど時間も掛かるまい)
「お、おい! 無視をするな!!」
地属性魔法か……ミラとレン、どっちに教えてもらうべきかな?
(ふむ、主観でいいのならば、妾はレンの方が適任じゃと思うぞ。ミラは人に物を教えるのに向いておらぬ)
確かにミラは感覚派だしね。レンは今冒険者ギルドにいるみたいだし、ちょっと寄って行こうか。
「あ、あれえ? 聞こえてないのかな……待ってよ、ねえってば!」
思い切り服の裾をぐいっと引っ張られ、僕はそこで初めてその少女の存在に気付く。如何せん、今の僕は視力が著しく低下しているのだ。
「あ、ごめん。気付かなかった」
「……」
すごい涙目だ……まずい、女の子を泣かすことだけは絶対にしないと誓っていたのに。
(初耳じゃな)
「本当にごめん、ぼーっとしてて。それで……ああ、もしかして迷子なのかな。それなら僕が出口まで送るよ」
「おお、感謝する……ってちがーーーうっ!! 其方、恩人に向かってなんたる無礼か!!」
「恩人……って──」
もしかして、この子が?
「えっと、もしかして君がクロエさん?」
僕がそう尋ねると、
「如何にも! 我こそが其方を深淵からすくい上げた救世主であり、偉大なる闇の魔法使いベルクロエ・ブラッドレインだっ!!」
腰に手を当て、ふんっ! という風に胸を張る少女。
「……」
(……)
思ってたよりおかしな子に助けられたかもしれないなと、僕はそう思った。
正式に100話を迎えました! ありがとうございます!!