【第99話】想定内の出来事。
「ねえラスタリフ、緊急事態だよ。だーりんが──って、あれ……?」
ファルパンクにある宿の一室、本来ならばラスタリフが宿泊しているはずのその部屋の扉を開けた私は、困惑する。
「いない……なんで?」
部屋をぐるりと見渡しても、人っ子一人見当たらない。
「アリスも一緒に出掛けてる……部屋の鍵くらい掛けときなよ」
勝手に入った私が言えたことじゃないかもしれないけど。
「おかしいなー、未来演算だとここにいるはずだったんだけど」
まただ。
また、視えたものと違う未来になってる。
どういうこと? 調子が悪い感じもしないし──そもそも、今まで調子が悪かったことなんて一度もないよ。
落ち着いて考えよう。どんな難しい問題も、そうやって解決してきたんだから。
「……」
なんてね。
「いるんでしょ?」
「あハッ! せいかーイ!!」
と、背後から大きな声が聞こえてくる。
「だよね〜」
言いつつ、私は冒険者ギルドにある自分の部屋までテレポートした。
そういえばこの部屋、また散らかってきちゃったなあ。三日前に掃除してもらったばっかりなんだけど。
「ちょっとちょっト、逃げないでヨ! いざ勝負って感じだったじゃン!」
「も〜、なんで付いて来るの?」
「なんでってそリャ、これは狩りだからネ。ワタシが狼デ、キミは羊。捕まえるまで追い続けるゼ?」
距離は関係ナシ、か。
「ふうん、口だけは達者だね。本体は姿を現さないくせに」
「あリャ、気付かれてタ?」
「もちろん。やっと会えたね。ずーっと前から、君に会える未来を待ってたよ」
「そうなノ? いやー嬉しいネ、いつの間にかこんな人気者になってたなんテ!」
少し前、私の未来視の結果に対する認識を書き換えられてるのに気付いた。それは、だーりんが彁羅を倒したあの日。
本来なら絶対に起きるはずのない未来の変化。それはつまり、私の死は何者かによって視せられた偽りのものだということ。
──でも、一体何のために?
「……」
ま、厄介なことには変わらないか。今も「そこに居る」って知覚させられてるし……鬱陶しいなー、視界内でちょこまか動き回らないでよ。
「キミ、頭の中が複雑過ぎテ、何を考えてるのか全然分からないんだよネ」
「そうなんだ。じゃあ、今回ばかりはこの頭に感謝しないとだね」
そう言って、壁に掛けられている時計をチラっと見る。
さて、そろそろかな。
──バンッ!
「わっはっは! この我を呼び出すとは──代価は高く付くぞ!!」
勢いよく扉を開けて入って来たのは、変わった格好の少女。
黒と紫が半分ずつの髪色に、白と黒の派手な衣装、いわゆるゴシック系の洋服を着ている。
「や、待ってたよクロエ。ちょっと助けてほしいんだけど」
と、私はくいくいっと手招きをする。
「其方が我に助けを求めるとは、一体何事か?」
「説明は後、とりあえずマルタにアレ掛けてよ。なんか具合悪いんだよね」
「なるほど、そういうことだったのか! では、我のとっておきの魔法で、其方の邪気を祓ってやろう!!」
そして、長々しい詠唱を始めるクロエ。
「ねえ、はやく」
もう、こうなるからラスタリフに頼もうとしたのに。
「へエ、なるほド。ホント厄介だネ、キミ」
「それはお互い様でしょ?」
影の魔人さんには今日の出来事は予知外って言ったけど、アレはウソ。だーりんの暴走は視えてたし、ラスタリフの手で助かる未来も視えてた。
でも私は、その未来視の結果が書き換えられたものだという可能性を考慮した。
今日は私が外へ出る珍しい機会だから、何かしらのアクションを起こしてくるかもしれないという、ただそれだけの理由で。
だから万が一の状況に備えて、今日の朝、この時間に私の部屋へ来てほしいとクロエに伝えておいた。
書き換えられてなかったら予定通りラスタリフを頼るつもりだったけど、しっかり書き換えられてたみたい。
「マ、それならその子を乗っ取るまでだヨ」
そう言って、詠唱を続けているクロエに近付いて行く。
クロエに干渉が出来るってことは、スキルの発動条件が揃ってるんだ。
今のところ未来視の書き換えはこの間と今日の二回しかされてないみたいだし、なかなかハードな条件があると思ってたんだけど。
「あ、それは止めといた方がいーよ。その子、ちょっとやばいから」
そう言うと少しして、
「……ふうン、ウソはついてないみたいだネ」
と、どうやら諦めた様子だった。
どうせなら、そのまま呑み込まれてくれてもよかったんだけど。
「まあいいヤ、どうせ挨拶しに来ただけだシ──それはもうすぐ捨てるみたいだしネ?」
「……」
「それじャ、ワタシは帰るヨ。あの子のこト、ちゃんと助けてあげてネ!」
「……うん、これで貸し借りはナシだよ」
『輪廻転生ッ!』
視界が真っ白になる。
やがて思考がクリアになり、目の前にいたはずの女はすっかり姿を消していた。
とりあえず、これで当分は未来視の書き換えを警戒する必要はなくなったかな。あの人の本体は時臣にやられて負傷中らしいし、今も結構しんどかったはず。
「はあ、疲れた……」
あの人が何を考えてるのか、さっぱり分かんなかったな。もし私の命を狙ってるなら、こんな回りくどいやり方じゃなくてもいいし……なんていうか、形だけの計画って感じ。
一見納得できるけど、よくよく考えたら杜撰で違和感しかないみたいな。
ま、気になることは山ほどあるけど、今はとにかく急がないとね。
「何っ!? 我の魔法を受けて尚、体調が悪いのか!? くっ、ならばもう一度──」
「いや、もうだいじょーぶだよ。ありがとね」
死を告げる詩に、神の息吹と蘇生を合わせた三段融合創作魔法──。
こと融合創作魔法に関して、クロエより優れた魔法使いなんて、世界中のどこを探しても見つからないだろうなあ。融合魔法ですら、使える魔法使いはほとんどいないのに。
魔導連盟はクロエを欲しがってたけど、あの頭の硬い連中には、どうせ扱い切れないでしょ。
「それで──クロエの腕を見込んで、もう一つお願いがあるんだけど」
素早く近付くと、クロエの手をガシッと掴む。
「ふふん! 何でも言ってくれ、我が盟友──」
「ありがとう。それじゃ、早速行こうか」
次の瞬間、周囲の景色は闘技場へと変わる。
闘技場というより、闘技場上空だけど。
「えぇっ!?」
「あそこで暴れてる子に、マルタに掛けたものと同じ魔法を掛けてほしいんだ」
現在進行系で暴走中のだーりんに指を差す。
「な、なんだアレはっ!?」
「うん、混乱するのも分かるけど──」
ま、そうだよね。いきなりこんなとこ連れてこられて、暴れてる人(魔王)を止めてほしいだなんて状況、急に理解しろっていう方が無茶だよね。
「あの者、良いなっ!!」
「……ええ?」
クロエは、目の前で繰り広げられている激戦を見て、目を輝かせてそう言った。
「黒く深く輝くように洗練され、それでいて無限の成長の可能性が視える技の数々、まさに才能の原石ではないか! 気に入ったぞ!!」
「ん? うん……ん?」
「決めた! あの者を我の眷属にする!!」
「え〜……?」
やばい、本当に人選を間違えたかもしれない。やっぱり、危険を承知でラスタリフを探すべきだった……クロエまであそこに混ざったら混沌そのものだよ。それこそほんとに予想外だよ。
どうしよう、クロエを一旦冒険者ギルドに連れて帰る? でも、それじゃだーりんが──。
『拘束』
その声と同時に、闘技場のいた全ての動きが停止する。闘技場に飛び込んでいったクロエも、同じように身動きを封じられ、そのまま地面に衝突していた。
「ユナが呼びに来たから何事かと思ったら、本当にどういうこと? 誰か説明してくれる?」
観客席より、少し高い場所にある特別席。
そこに、一人の魔法使いが立っていた。