【第96話】予期せぬ出来事。(1)
「……それは、それはマズいのではないか──我が主様よ」
「ラティさん、今何か言いましたか?」
「い、いや、何も……」
「そうですか」
ふう、危ないとこだった。妾が主様を「我が主様」と呼んでいることを知られるのは少々キツいからな(精神的に)。
それにしてもあの糸……一般人、更にいえば影術を知らない者には違和感すら覚えんレベルまで薄く作られ、レオという男の全身に纏わりついておる。
何をしようとしているのか大体予想はつくが、妾が影の中にいない以上心は読めんし、会話の内容を聴き取れぬからなんとも……。
「ハル選手の容姿が変わったぞ!? 魔族だという話は聞いていたが、まさか第二形態のようなものまで持っているとは!!」
「……」
注意深く二人の戦闘の再開を見ていると、あの男の動きが先程とはまるで別人のようになっていた。
獣王の燃え盛る激しい攻撃は、我が主様に命中するまであと少しという所まで近付き、と思えば再び糸で弾かれ、剣糸による二つの剣を避けるという行動を目にも留まらぬ速さで繰り返している。
「やはりか……」
あの動きは九割九分、我が主様が制御しているな。
「レオ君、急に動きのキレが増したね。まるでギル君みたいな戦い方だ」
「わたしには、どちらかといえばユナさんの動きに近いような気もしますけど……」
もしや、あの男にS級連中の動きを再現させているのか? つまり、万能者が周囲に与える影響を確認する為だけにこれを──?
我が主様は、魔王であることを隠すつもりはないらしい(どの道、魔王会談の日に大々的に公表される為)が、万が一ここでバレてしまえば、混乱を招きかねん。
まあ、これくらいならまだ最上位魔族の域は出ぬし、糸に気付かれてしまっても特に問題はないか……。
「あはは、予想以上に白熱した完璧な戦いだね、完璧すぎるくらいだよ──人形劇かな?」
「……」
……此奴、見えているのか?
「ちょっと、このままじゃ会場が壊れそうなんだけど?」
気付けば、二人の戦いは白熱というレベルでは済まされない程に激化していた。もはや灼熱や爆裂といった感じ。
「はあ、やりたい放題じゃな……」
△ ● ▽
「任務から帰って来て早速ですが、今日の特別試合の意気込みをどうぞっ!」
「意気込みって言われてもな……ま、頑張るさ。ハルも見てることだし」
「いや〜、ホントならボクも出たかったんだけどな〜」
天下演武典礼では、S級冒険者の出場は暗黙の了解として禁止されている。
明確にルールとして決められてる訳じゃないんだけど、ボク達が出ちゃうと色々バランスが壊れちゃうから仕方ないんだ。
そもそも、忙しくて自由時間と予選や本戦のタイミングが合わないと思うけど。
「シャルロットがS級を抜けたのも似たような理由だしな。マジで忙しすぎるんだよ、S級」
「そうだね、やっぱりもう少し人手が欲しいよ。マルちゃんに頼んで、ギルドのA級から誰か引っ張りあげない?」
「それなら俺はハルやレンが適任だと思う。あの二人の“強さ”は、ラスタリフの定立じゃ再現し切れないだろうしな」
「分かる! めっちゃ同じこと考えてたっ!!」
うーん、二人とも今すぐS級に上げてあげたいんだけど、それだと各方面から色々言われちゃうんだよね……クロエちゃんの一件で、冒険者ギルドは魔導連盟にも目を付けられてるし。
ちなみに、S級になるための一番分かりやすい指標は「単独で魔王もしくは勇者、英雄と同じ、あるいはそれ以上の戦闘能力を有する」なんだけど、ハルくんに至ってはもう魔王本人っていうね。
レンちゃんもあまり目立たないけど、A級に収まる器じゃないと思う──だって、あの子が本気で戦ってるとこ、ボク見たことないし。
──ドオオオオオンッ!!
「……」
「……」
「ねえ、さっきからすごい強い音が聞こえてくるけど、これ何の音なのかな?」
「たしか今は、クロウっていう冒険者とあの獣王が戦ってたはずだが……」
すると突然、部屋の扉が開いたかと思うと、
「あんなの見てらんないわ……何考えてるのよあの子は……」
「あれ、ノアちゃん。なんで疲れてるの?」
ボクがそう声を掛けると、ノアちゃんは一言も喋らずに、ただ扉の方へ指を差した。
「ギ、ギルくん──見に行こうよ。特別席ならあまり目立たないし」
そうしてボク達は部屋を出て、闘技場の特別席まで向かい、その扉を開いた。
そこには見慣れた顔がいくつかあって、レンちゃん達の姿も見つけることが出来た。
「やっほーみんな! 結構白熱してるみたいだけど、今どんな感じ……」
──ドオオオオオオオンッッッ!!
この闘技場は吹き抜けになっていて、上を向くと空が見える構造になっている。
だけど、突然目の前に現れたその火柱は闘技場の高さを軽々と超えていて、文字通り空高く舞い上がっていた。
「やあユナちゃん、見ての通りだよ。まさかここまで面白いものが見れるなんて思わなかったよ、あはは」
「な、なにこれ……」
え、なんで? 今戦ってるのって、どっちもA級冒険者だよね──?
「ハ、ハルお兄さん……これはやり過ぎじゃ……」
「ちょっと、これ止めないとヤバくない?」
「あわわわ……」
と、レンちゃん達の声にハッとなり、特別席を乗り出さん勢いで闘技場の中心を注視する。
そこには、魔神化したハルくん。一体どうしてこうなったのか分からないけど、とてつもない激戦を繰り広げていた。
「ええっ!? なんでハルくんが?!」
そして観客席では、誰もがその戦いの行く末を静かに見守って……いや、引いてる? 完全に何が起きてるのか分かってないよ、これ。
「待て待て、このままだと闘技場が壊れちまうぞっ!?」
立ち上がった巨大な火柱、その一番上には対戦相手のレオくんがいた。
そしてそのまま拳を後ろに構えると、火柱は渦上に巻き上がり、その拳に全ての火炎が集中していくのが分かる。
「ホントだ、これマズいかも!」
というか、ボクの記憶じゃレオくんはこんな超高威力の技なんて持ってなかったはず。
ボクと会ってない二ヶ月の間にここまで強くなるなんて、まるでハルくんみたい──え、ハルくん?
も、もしかして……。
「俺が止めてくる!」
ギルくんはそう言うと、
『星剣:特殊装甲形態・ゼロ』
ゼロへ変身し、そのまま特別席から飛び出して行った。
「あれ、僕も止めた方がいい感じかな?」
「座っていろ、ダンテ。俺が行く」
「……はあ、いい加減止めるか」
『煌めく天星!!』
『宵と明星』
二つの強烈な光──そして、
『ゼロ・フォール!』
『覇道・飛花流落』
『大暴食の腕』
三つの影が闘技場の中心へ向かって行くのが見えた。