【第95話】影の冒険者、そして獣王。(1)
「アンタが次の対戦相手か? お互い全力でやろうな!」
選出控室で僕は声を掛けられた。
声を掛けてきたのは、くすんだ金髪にかなりの重さがありそうな防具を着けた若めの男性。
「頑張るよ」
僕は座っていたので、その男性を見上げるような形になる。
すると、その男性は突然身をかがめ、
「なあ、ココだけの話なんだが……もしかして、アンタって冒険者ギルドのメンバーだったりするのか?」
と、小声で言う。
ちなみに、周りには誰もいないので、小声である必要は全くない。
「知ってるの?」
「ああ。何せ、オレも勧誘されたからな。でも、怪しかったからつい断っちまったんだ──だってよ、あんな幼い獣人の女の子に突然、“君、ギルドに興味ない?”なんて聞かれたらこえーだろ?」
それはそう。
「ただ、“冒険者ギルドにS級冒険者が所属してる”ってのを噂で聞いて、それが本当か気になったんだ」
「してるよ、全員ね。一人、会ったことない人はいるけど」
「おお、マジか!!」
マルタが勧誘した人なら言っても特に問題はない……はず。それほど重要なことでもないだろうし……多分。
まあ、問題あったら謝ろう。
「それじゃ、あのギルさんにも会ったことあるのか?!」
「あるよ。すごいよね、アレ」
「うおおおっ! 羨ましすぎる!!」
ギルにファンがつくのは納得だな。めっちゃカッコいいし強い──文句の付け所がない、まさしくヒーローみたいな人。
思えば、このレオの重装備もギルリスペクトによるものなのだろう。
「あ、そうだった! オレの名前はレオナルド・レオってんだ。レオでいいぜ!」
「僕はハル。よろしく、レオ」
「オレ、この典礼で優勝して、冒険者ギルドに加入しようと思うんだ。勧誘されるかは分かんねーけど、まあとりあえずは、今日の特別試合が見られればそれでいいかな」
「……ギルだよ、特別試合で天黎さんと戦うのは。だから、会場にも来てると思う」
特別席にはいなかったけど、間違いなくこの闘技場のどこかにはいると思う。
「マジかよっ!? 元から全力100%で戦うつもりだったけど、120%になりそうだ!」
そう言って、両手でガッツポーズをするレオ。
これで僕も楽しめそうだな。レオには申し訳ないけど、僕だって負けてあげるつもりはない。
まあでも、マルタに話を通すくらいならしてあげよう。
「お二方、そろそろ時間です」
と、控え室の扉を開けて、スタッフの人がそう告げた。
「それじゃ、次は戦場だな!」
「うん、また」
そうして、僕とレオは扉の先の分かれ道で、それぞれの方へと進んでいった。
■ △ ◆
扉の前で立ち止まると、ヨキさんの声が聞こえてくる。どうやら僕の登場に向けての説明タイムらしい。
僕の参加は予定にない突然のものだったというのに、よくもまあそんなに喋ることが出来たなと、実況かつ司会者というあの人の技術力に、僕は舌を巻かずにはいられなかった。
この大きな闘技場のその中心、つまりはこれから僕がレオと戦うことになる場所。僕はそこへと繋がる扉を開ける──。
「「ワァァァァァァァァ!!」」
とてつもない数、そして大きさの歓声が僕の耳に届いた。開幕の天黎さんによる宣言の時とは少し異なり、とても心地の良いものだった。
とりあえず、僕はファンサービスの意を込めて観客席にいる皆に手を振ることにした。
「よっ、さっきぶりだな!」
「やあ、さっきぶりだね」
僕とレオは手のひらを軽く向け合った。
「さっきは言い忘れてたんだけど──実は僕、これでも結構強いんだ」
「ああ、会った時にはもう確信してたぜ。ハルは強いってな」
「だから、僕がチェックしてあげる。君が、冒険者ギルドに相応しいかのね」
うわ、悪役っぽくていいな、これ。
魔王といえばやっぱりこの役割だよね。実際僕にそんな権限はないんだけど、まあいいか。
「分かった、オレは全力で戦う。だから、ハルも全力でオレを試してくれ!」
「それはレオ次第だね。出させてみてよ、僕の全力」
「上等だぜっ!」
「それでは第四試合、レオナルド・レオVSハル・リフォード──開戦ッ!!」
そして、試合開始のゴングが会場全体に鳴り響く。
「「ウォォォォォォォ!!」」
『百獣の炎王ッ!!』
その言葉と同時に、レオの全身が音を立てて激しく燃え上がる。
その音は、まさに獅子の咆哮のようだった。
まさか、また炎熱系のスキルなのか? 魏刹に来てからこれで三回目になるんじゃないか、炎熱系の技を主力で扱う相手と戦うのは。
いつか不死鳥とか出てきたら、その時は僕の友達になってもらおう、カッコいいし。
「はああああああッ!!」
全身を炎で包んだレオ。くすんだ金髪は逆立ち、何故髪が燃えないのだろうというレベルで毛先から炎が溢れ出ていた。
──そして次の瞬間、全力で踏み込み、こちらへ飛び掛かって来る。
観客には、僕はまるで獅子に襲いかかられた草食動物か何かに見えるだろう。僕が観客でも同じことを思う。
だけど、僕からすれば、そうじゃない。勘違いも甚だしい、甚だこの力関係を理解出来ていないと言わざるを得ない。
獣王だって?
僕は、魔王だぞ──。
『影蜘糸』
果たして、レオの攻撃は僕に達することがなかった。
僕が繰り出した四本の糸によって、レオの攻撃の勢いは完全に停止してしまう。
「なっ?!」
「重いね、いい攻撃だ。だけど、それじゃまだ足りないよ」
確かに、レオの攻撃は重い。糸が三本以下ならば破られてしまっていただろう。
しかし、僕はそもそも炎属性への耐性が高いんだ。
「おおおおっっと!? これは一体何が起きているんだ!? レオ選出の動きが空中で停止し、そのまま飛び退いてしまったーッ!!」
筋は悪くない。自分の長所を理解し、それを活かすのに最適な戦い方といえるだろう。
あのスキルは恐らく特殊、火力だってディオーソさんとまではいかなくとも朱雀よりは高い。
そして何より冒険者ギルドを知っていて、尚且つ向上心のある男──僕は、丁度そんな人材を探していたんだ。
「決めたよ、レオ──僕はこの戦いで、君をもう一段階……いや、もう三段階上に連れていってみせる」
「な、何を言って──」
「言葉通りだよ」
さて、『万能者』がどこまで影響を与えるのか、彼で試してみようか。
「君が憧れた“S級”の景色を、僕が少しだけ見せてあげる」
──サァァァァ……
『影蜘糸・影の傀儡術師』
先に謝っておくよ、ラティ。僕は今から、少しやり過ぎるかもしれない。
でも、これは仕方がないと思う。こんな面白そうなことが出来てしまう、僕のスキルが悪いんだ。
僕は今からレオを操って、彼に僕の知るS級冒険者の皆の動きを完全に再現しようと思う。