【第94話】影の魔人、そして国主。
「────だって彼、魔王でしょ?」
その一言で、場の空気は一瞬にして不穏なものへと変わった。
何故、それを知っている? 我が主様の進化の際、進化の波が広がらぬよう、妾が秘密裏に周囲を結界で覆っていたというのに。
結界内にいたのなら兎も角、此奴に主様の進化を知る術はないはず。天黎やS級冒険者の連中にも口外しないよう念を押していた。
「あれ? 何かマズいこと言ってしまったかな。そんなに警戒しないでよ、別にどうこうしようって訳じゃないんだ──僕だって、影の魔人や古龍の娘と事を構えたくはないからね」
「はっ、どうだか」
一々何か含みのある言い方をするやつじゃな。こちらの情報を一体どこまで掴んでいるのか。
主様の記憶を遡っていた時、此奴は前回の人魔会談に人類側の代表として出席していたという情報を見つけた。
そのことから考えても、やはりこの男はただ者ではないのだろう。
「ほら、もうすぐ試合が始まるみたいだ」
まあ、変に諍いを起こすのは妾にとっても不本意じゃし、あまり関わらんでおこう。
触らぬ神に祟りなし、君子危うきに近寄らず、じゃな。
● ★ ■
「ねえ、今の見た? すごいね、あの魔法使いちゃん」
「あ、はい……」
「強いよね、あの子。マルタも一時期勧誘しようと思ってたんだ」
「……」
「へえ、あんなことも出来るんだ。奥が深いね、魔法は」
「奥が深いってのには賛成だけど、今のは魔法というより、彼女のスキルによる影響の方が大きいんじゃない? ワタシもあんなの見たことないし」
「あれ、私もやってみたいです!」
「……」
滅茶苦茶に関わっとるな……というか、滅茶苦茶に話し掛けて来るではないか。先ほどまでの不穏な雰囲気は何処へ?
「あ、決着がついたみたいだ」
会場に歓声が響き渡る。
見てみると、あの怪しい魔法を使っていた女が勝利を収めていた。
妾の記憶が正しければ、あれは繚苑の技術で、“巫術”やら“神術”、または“呪術”と呼ばれていたもの。
数百年ぶりに見てもその技術の奇妙さには驚かされる。主様なら習得出来るやもしれぬし、今度試させてみるか。
休憩時間に入り、レン達が席を外したのを確認すると、ダンテに声を掛けた。
「一つ訊いていいか?」
これは天黎に聞こうと思っていたが、無意識の内か先延ばしにしていたこと。
「もちろん。僕に答えられることならね」
「智慧の国、シェンティアの国主は──まだ、アルキラナなのか?」
すると、ダンテはお馴染みの胡散臭い笑みを浮かべ、
「そうだよ。シェンティアの国主は、相も変わらず彼女のままさ。そもそも彼女以外に、国主に相応しい人物が存在しているとは到底思えないんだけど」
「……そうか、感謝する」
それも、そうか。
理解はしていたが、妾は心のどこかで彼奴を心配をしていたのかもしれない。
四百年という時間は、妾や彼奴にとってはそれほど長い時間ではないが、妾や彼奴を取り巻く世界にとって、変わり果ててしまうには十分過ぎる時間なのだから。
ただ、この男の言う通り、もしアルキラナがあの座を退けば、シェンティアという国は事実上の崩壊、滅亡と言っても過言ではない。
よくまあそれで今までやってこれたな、とも思うがな。
それでは彼奴は、今も一人なのか。
それから数分が経って、レン達が席に戻って来る。
「いよいよですね、ハルお兄さんの番……わたし、緊張してきました」
「なんでレンが緊張するのよ。大丈夫でしょ、ハルなら万が一にも負けるなんてことはないだろうし」
「えっと、たしかハルさんの相手は〝獣王〟という方だと聞いてます」
「本当かい? その名前、僕でも聞いたことがあるよ」
当然だが、妾には聞き覚えが微塵もない。その二つ名に関して、“王”とは随分大きく出たなとは思うが、魔王対獣王の戦いというのはかなり興味がある。
尤も、主様が負けることはないじゃろうがな。
「続いは注目の一戦! 前回の典礼で、十八という異例の若さで準優勝まで上り詰め、その戦いぶりから“獣王”の名で呼ばれるようになったA級冒険者、レオナルド・レオ!!」
その実況、そして歓声とともに闘技場の入り口から姿を現したのはくすんだ金色のような色の髪をした男だった。
魔力量はさほど多くはないが、一見しただけでも実力の高さが伺えた。そしてあの目、とてつもない闘志じゃな。
「実はあの子、二年前に典礼を見てマルタが勧誘したんだけど──なんとフラれちゃったんだよね」
「へえ、君が直々に勧誘するほどなんだね」
「今は到底及ばないけど、成長次第じゃS級にまで並べるかもね」
「対するは、巷で話題のA級冒険者! 凄まじい速度で功績を挙げ続けるも、その素性は名前以外一切不明、我々が掴んだ情報は“影の冒険者”というワードただ一つ! 突如この典礼に現れたのはまさにダークホース、大番狂わせなるか!? A級冒険者、ハル・リフォード!!」
むず痒くなるような実況とともに、反対側の入り口から現れたのは、我が主様。
何故か、四方の観客席に向けて笑顔で手を振っていた。
「随分余裕そうだね、彼」
「ああいう性格なんじゃ、あれは」
「あはは、やっぱり面白いね。それじゃあ、お手並み拝見といこうか」
ダンテは、真剣そうな表情(今までに比べたら)で闘技場に目をやった。
「私もすごく緊張してきました……!」
「で、ですよね? 緊張しますよね?」
「……た、確かにするわね」
「ま、心配ではあるな」
頼むからやり過ぎるなよ、我が主様。