【第92話】冒険者たちの休日。(2)
「そんじゃ、俺たちの席はあっちだから、また後でな!」
「うん、また」
リルドはそう言って、少し離れた場所にいるユアン達の下へと駆けていった。
「ミラ、良かったの? まだ話したいこととかあるんじゃない?」
「ないわよ、そんなの。お互い無事だったから再会した、それだけのことなんだから」
「ふうん……」
そう言ったミラの顔はどこか寂しげで、それでもやはり嬉しそうだった。
「何よ、その顔」
「いや、別に?」
別に、ミラにもちゃんと人間っぽいところがあるんだなとか思ってないけど。
「絶対失礼なこと考えてるわよね?」
「……うん。まあでも、ちょっとだよ」
「アウトよ」
──そういえば、ユアン達に任せてたあの日記はどうなったんだろう。
タイミング逃しちゃったし、典礼が終わったら聞いてみようかな。
席について、数分ほど雑談を交わしていると、
「あ、見てくださいハルお兄さん。天黎様ですよ」
そう言ったレンの視線の先──つまり、このとても大きな闘技場の、その戦闘が行われるであろう場所のど真ん中に天黎さんは立っていた。
「──天下武神典礼。それは、魏刹だけでなく、世界中から武を極めんとする者達が集まり、真の強者を決める為の催しだ。
参加に必要な資格、条件はない。種族問わず、全ての者が等しく挑戦の機会を得る。『己の力を試す場が欲しい』、はたまた『国主を倒し、国主の座を手に入れたい』、或いは別の何か。人によってその目的は様々だろう」
天黎さんは続ける。
「しかし、俺は戦う目的になど微塵も興味はない。誰しも、自分の物語を抱えているもの。それを一つ一つ聞いてやれるほど、俺は優しい人間ではない。
ただ俺は、現国主、そして“武神”として──君達の力が見たい。自分の物語を、存在を、己の力で証明してみせろ」
観客がどよめき始める。
「ただ今より、天下武神典礼を開催する!!」
その宣言の直後、会場はとてつもない熱気に包まれる。
魔王結界ごと僕の耳を貫くような強烈な歓声(歓声は魔王結界の防御圏外らしい)に包まれたその会場は、僕が今まで見てきたどれよりも“熱狂”という言葉が似合うものだった。
「すごいな……あれ、マルタは?」
気付けば、僕の右隣に座っていたはずのマルタが姿を消していた。
「マルタさんなら、歓声が聞こえた瞬間にどこかへテレポートされましたよ」
と、僕の右後ろの席に座っているレン。
通常の観客席は円状に並べられていて、後ろの席になるつれて高くなっていくような造り。
そして僕達がいる特別席は、天黎さんや賓客の方々が座るような、そこそこ寛げる広さになっていた。
「マルタには少し音が大きすぎたみたい。ラティは大丈夫?」
僕に抱えられるような形で、足の間に座っているラティ。
「……一瞬、目眩がしたぞ」
「そんなに?」
左隣を見てみると、見事にフェイが目を回していた。
過去一、僕の仲間に被害が及んでるんじゃないか?
僕はまさかと思い、左後ろに座っているミラの方を向く。
しかし、特に変わった様子はなく、僕の視線に気付くと、
「何?」
「……いや、流石だなって」
よく見てみると、ミラの耳元で何かしらの魔法陣が展開されているのが分かる。音を遮断、もしくは軽減するといった類の魔法なのだろう。
そんな魔法があることに驚きだが、視界を奪う魔法なんてものがあるのだから、当然といえば当然なのかもしれない。
「天黎様に変わりまして、司会を務めさせて頂くのはこの私──ヨキでございます! 早速ですが、第一回戦を始めて行きましょう!!」
△ ■ ●
「本当に熱い戦いだったね」
天下武神典礼は予選を勝ち抜いた十六名によるトーナメント方式で進んでいく。現在、既に二試合が終了し、一回戦は残るところ六試合となった。
各試合のインターバルは十分。その時間を潰すために、僕はフェイと一緒に闘技場を散歩していた。
ちなみに、あの後座席に戻って来たマルタは少し萎んでいたけど、試合は愉しそうに眺めていて、僕が席を立つ頃にはいつも通りのマルタに戻っていた。
個人的には、萎えマルタをもう少し見たかった気持ちもある。
「そうですね、特に二試合目の剣士と魔法使いの対決は見ものでした! 距離を詰めたら勝ちの剣士と、距離を詰められたら負けの魔法使い……! いつもとは違う一対一ならではの試合展開が面白かったです!」
「めっちゃ分析してる……」
僕、「おー魔法使いが勝つんだ」とか「間合い管理上手かったなあ」くらいにしか思わなかったんだけど。
「おおっハル! 丁度良いところに!!」
突然、僕の背後から声が掛かる。
「あ、クロウも来てたんだ」
少し前にも紹介したけど、忘れられてる可能性があるので一応軽く紹介しておくと、クロウは僕とフェイ、そしてギルさんが助けた冒険者集団の一人(確か最近A級になったはず)。
職業は盗賊で、なかなか愉快な性格をしている。
「おう、俺がこんな大イベントを逃すわけ──ってそうじゃなくてだな! ハル、お前に頼み事があるんだ!」
「頼み事……もしかして、またクロウの手に負えない任務とか? もちろん構わないけど」
というのも、クロウが無理して受注した任務を僕が完遂させるということが往々にしてある。
クロウがA級に昇格したのも、実は僕のおかげなんじゃないかと思ったりもする。
「いや、そういうわけじゃないんだ──」
そう言うと、クロウは僕の肩をガシッと掴む。
次にその口から放たれた言葉は、僕の予想を大きく、そして斜めに上回るものだった。
「俺の代わりに、典礼に出場してくれないか?」