【第90話】冒険者たちの休日。(1)
「ついに来た、この日が!」
「出場するわけでもないのに、すごい楽しそーだね」
「そりゃ、世界各地から集まった猛者たちが戦うところを見られる機会なんて滅多にないからね」
(まだ眼は全快しておらんようじゃがな)
……うん。それはもうとりあえず諦めてるよ。一応、まあまあ治ってきてはいるし。
ということで僕は現在、明揺にある大きな闘技場に訪れていた。
理由は単純明快、今日は天下武神典礼、その開催日なのだ。
「おい、聞いたか? 今回の典礼、S級冒険者と天黎様が、最後に特別試合するらしいぞ!?」
「マジかっ!? でも、一体どうして……」
「たしか、延期になったお詫びとかなんとかで、天黎様が直接声を掛けてくださったんだよ。この典礼を盛り上げる為に、って!」
と、そんな会話が聞こえてくる。
「……何だって?」
そんなの聞いてないんだけど。S級冒険者って、誰が出るんだろう。ノアさん……はないよな。
というかそもそもの話、会場が持つか怪しいんだけど。最後に試合するからって全壊させるとかやめてくれよ。面白いけど。
「出場するのはギルだね。今日の朝、笑っちゃうくらいソワソワしてたよ」
「へえ、ギルが……」
見たい、見た過ぎる。というか、僕にも声掛けてほしかったな。
「──もしかして、ハルさんですか?」
おっと、どうやらまた僕のファンが現れたらしい。先ほどもとあるパーティに声を掛けられ、ファンサービスをしてきたところで──。
振り返ると、僕は言葉を失った。
「シ、シェリカちゃん……?」
「あっ、やっぱりそうでしたか! お久しぶりです!」
まさか、こんなところで再会するとは……いや、冒険者としてはそれなりに妥当な場所ではあるか。
(おお、此奴は妾も覚えておるぞ。あの部屋の封印を解いてくれた司祭じゃな)
「久しぶりだね、四ヵ月ぶりくらいかな……もしかしてユアン達も来てるの?」
「はい、今はあちらの方で間食するものを買いに行ってるんです」
シェリカちゃんが目をやった方には様々な屋台が並ぶ通りがあり、とてつもない数の人々が往来していた。
ちなみにレン達も買い出し中で、大人数で行くと大変なので僕とマルタはここで待機中という流れ。
本来は入場するのに並ぶ必要があるのだが、天黎さんの計らいで特別席を用意してもらえることになったのだ。
「だーりん、この人は?」
「友人だよ。短い間だったけど、パーティを組んでたんだ」
「ん、てっきりパーティとか組まないタイプだと思ってたよ。ずっと一人のイメージっていうか、分かる?」
「僕に訊かれても……まあでも実際、あの時が初めてのパーティだったんじゃないかな」
思い返してみれば、あの一連の出来事が僕の人生の分岐点、転換期と言っても過言ではないだろう。
「ハルさん、こちらの方は?」
「マルタはマルタだよ。だーりんに飼われてる、猫獣人のペットもががが──」
「こらこら、嘘はいけないよ。お口を閉じようね」
マルタの口元に手を当て、発言を封じる。
危ない危ない。真実から一番遠い、尚且つ僕の沽券に関わる悪質なデマを流そうとしやがって。
「少し前に知り合った子でね、たまにおかしなことを言い出すけど、あまり気にしなくていいよ」
僕はそう言って、マルタの頭の上にぽん、と手を置く。
「そうなんですか、とても可愛らしい子ですね」
懐かしい笑みを浮かべるシェリカちゃん。
おお、昔の記憶が蘇ってくるようだ。あの頃の僕はどんな感じだったかな。
(あれからまだ四ヶ月ほどしか経っておらぬがな)
四ヶ月……まだそんなもんか。C級冒険者だった四ヶ月前、そしてA級冒険者で魔王の現在。人生、何が起こるか分からないね、本当に。
「待たせたな、シェリカ! 見ろよこれ──ってハル!?」
「久しぶり、リルド。それにユアンも」
「久しぶり、ハルくん」
「こんなとこで会うなんてすげぇ奇遇だな!」
相変わらず感じのいいパーティだな。
皆元気そうで何よりだ。
「ハルさん、お待たせしました!」
「あー疲れた!」
「これ、全部食べ切れますかね……」
と、フェイ達が荷物を抱えてこちらに向かって来るのが見える。
「おかえり。荷物持つよ」
「ちょっと、こっちのが重いんだからこっち持ってよ」
「ミラには浮遊魔法があるでしょ?」
「こんなことに魔法とか使ってらんないわよ」
「基準はどこだよ……」
言いつつ、浮遊魔法を付与した影蜘糸で三人の荷物を持ち上げる。
「う、うそっ……ミラちゃん!?」
シェリカちゃんが突然大声を上げる。
「えっ……」
かつてないほど驚いた表情で硬直するミラ。
もしかしてここ、繋がりがあるのか? 一体どういう──そういえば、元々ユアン達のパーティには優秀な魔法使いがいて……ミラは前までパーティに入ってたとか言ってたよな。
……まさか。
「ミ、ミラ……久しぶり、だな?」
少し気まずそうに話し掛けるリルド。
「そ、そうね。いつぶりかしら?」
まったく同じ様子のミラ。
「そういうことか……」
奇跡の再会じゃん。めちゃくちゃ経緯が気になるな、これは。
「なになに、なんか面白いことになってない?」
「よし、マルタ。僕たちはこの再会を見守るべく、聞きに徹するんだ」
ミラから助けを求めるような視線が送られてくるが、僕はスルーした。
「ハルお兄さん、こちらの方々は……」
「ミラの元パーティメンバーであり、僕の元パーティメンバーだよ」
「えっ、私より前にパーティを組まれていた方々ということですか!?」
と、かなり驚いた様子のフェイ。
「そういうことだね」
「世界全体で見てもすごく希少じゃないですか、それ!」
「まあ、うん」
僕、そんなにソロ冒険者のイメージ強い?
(今は兎も角、以前は独りを体現したような、典型的なソロ冒険者だったじゃろ)
“独り”って言い方はやめろ、“一人”と言ってくれ。
「人も増えてきましたし、一度中に入りましょうか」
と、レンが言う。
「そうだね。後の話は中で聞かせてもらおうかな」
そうして僕達は、大きな闘技場の中へ足を踏み入れて行った。