【第1話】冒険者、邂逅する。
「──はぁ……はぁ……」
目の前の魔物にトドメをさす。
「ようやく、一匹か……」
地に伏している魔物の身体には沢山の傷。胴体に深く突き刺さった剣を引き抜くと、そのまま鞘に収めた。
最近、C級へ昇格した僕は新しく受けられるようになった任務を受けていた。
「まさか、ハイオークがこんなに強いなんて……」
それは、ハイオークを三体討伐するという至ってシンプルな任務。
〝ハイ〟という形容詞が冠されている時点で、通常のオークより遥かに強いということは想像に難くなかったのだが、それを更に上回る僕の想像力の無さによる不測の事態。
昼間に街を出て外れにある森へ入り、入口付近にいたハイオークと激戦を繰り広げているうちに大分時間が経ってしまっていた。
現在、夕方。数時間前までは至極普通の木漏れ陽だったというのに、今となってはただ不安を誘うばかり。
この場所──ディグランの森はそこそこ大きく、木の丈も一つ一つが大きい。天候が荒れた日には、時間や方向感覚が分からなくなるので危険とされている。
「これじゃ、まだD級任務のほうが効率良いよな……」
それでも途中で投げ出すのは格好悪いので、僕はハイオークを倒す道を選んだのだ。
今日は朝までぶっ通し確定……幸い、物資などは多めに持ってきているので、途中で倒れるなんてことにはならないだろう。多分。
「それにしても、魔物が少ない気がする。そこそこ奥まで来たつもりなんだけど……今日はツイてないな」
いつもは嫌という程見るのに。もう少し奥へ行ってみるか? 最悪、ヤバい魔物が出てきたら逃げればなんとかなる……と思う。
しばらくその場を右往左往し、悩んだ末に結局は森の奥に進むことにした。
奥に進んで少しすると、相変わらずの静けさに不安を覚える。
「やっぱり帰れば良かったかも……」
辺りは既に暗くなっている。太陽が沈んだからなのか、陽が差さないほど森の深くまで進んだからなのかは分からなかった。
「────君、こんなところで何をしているの?」
突然、背後から声を掛けられる。
声の方を見ると、そこには一人の女性。
透き通るような銀色の長髪に、黄金の瞳。そして純白のローブを着用していた。暗くてもどこにいるか一目で分かるし、街中を歩けば人目を引きそうな格好だ。
「ここは今、一般の冒険者は立ち入り禁止になってるはずなんだけど。それとも迷子?」
杖は持っていないが、服装的には魔法使いに見える。
いや、それよりも今、立ち入り禁止って聞こえたような……言われてみれば、任務を受ける時に受付嬢さんがそんなことを言っていた気がする。
〜少し前〜
「──ヘレンさん! この任務、受けても良いですか!」
「『ハイオークの討伐』ね、了解。なんだか凄い張り切ってるわね、ハル君」
「そりゃ、初めてのC級任務ですからね。いや〜楽しみだなあ」
「あ、そうそう。ディグランの森なんだけど、今朝発注された例の作戦任務が終わるまで、未参加の冒険者は立ち入り禁止になってるから、ハイオークを倒すなら別の────」
「装備もアイテムも準備よし。それじゃ、行ってきますね!」
「あ、ちょっと! 全然聞いてないし……」
〜現在〜
弁明の余地がないほど僕が悪いな。柄にもなくはしゃいだせいか。
「すみません。ド忘れしちゃってて……」
「まあ、君が無事ってことは大丈夫なのかしらね」
何の話だろう。
「あの──ここ、魔物とか全然いないんですけど、どうして立ち入り禁止なんですか? 昨日までは普段通りだったと思うんですけど」
「……はあ、呆れた。ホントに何も知らないのね」
そう言って、やれやれというポーズをする。
「このディグランの森に最上位魔族の目撃情報が出たのよ」
「最上位魔族……」
最上位魔族といえば、魔王になる一歩手前の魔族だ。その多くは魔王の直属の部下として名を馳せていると聞いたことがある。
そんなのがこの森にうろついているのか? この森の主ですら上位魔族だったはず。
「そんな訳だから、君は早く帰りなよ」
「貴方は帰らないんですか?」
「私は任務があるから」
「僕も重大な任務があるので」
「ふーん……あんなビビリまくってた人が、ねえ?」
「……見てたんですか」
それならもう少し早く声を掛けてほしかった。さぞ滑稽に映ったに違いない。
しかしよく考えたら、冒険者は慎重すぎるくらいが丁度良いんじゃないか?
「でもそれなら、ここじゃ探すだけ無駄ね」
「え、どうしてですか?」
「今日の朝かな、A級数名とB・C級の冒険者が中規模のパーティを組んで最上位魔族の討伐作戦任務に向かったのよ。道中にいた魔物は、狩られたか逃げ出したかのどちらかでしょうね」
それに最上位魔族なんて出たら弱い魔物は隠れてしまうわ、と彼女は言った。
「でも、さっき一匹倒しましたよ」
「そりゃ一匹くらいならいるでしょうけど────」
その時、森の奥から叫び声のようなものが聞こえてくる。
……嫌な予感がする。
「えっと……」
僕は女性に視線を向ける。
「……あの、それじゃあ僕帰りますね」
変な騒ぎに巻き込まれる前に、さっさと帰ってしまおう。それが最善手だ。ハイオークの討伐? そんなのは明日でも良い、生きてさえいればどうとでもなる。
「待って。今一人で帰ったら死ぬわよ」
「……」
さっきと言ってることが真逆じゃないか。死ぬだなんてそんな……。
「結界──か」
女性は周囲を見回すと、森の奥へと足を進めた。
「ち、ちょっと待ってくださいよ。僕はどうすれば良いんですか?」
「そうね。死なれても困るし、付いてきて」
「……」
正直めちゃくちゃ嫌だけど、それしか選択肢がないのも紛れもない事実。
僕は渋々、彼女の背を追うことにした。
「でも、そっちってヤバいですよね? 絶対いるじゃないですか。例の魔族」
「いるでしょうね。範囲からして、結界の主は森の最奥にいると思うわ」
「じゃあ、どうして向かうんですか?」
僕は至極当然の疑問を投げかける。
だって、わざわざ危険な場所に向かう必要はないはずだ。
「あの結界は、人間を出られなくする結界なの」
「はあ……」
僕はイマイチ要領を得ないという風な相槌を入れる。
「それに、人間の身体能力を低下させる効果もあるみたいね」
「そうなんですか? 僕は何も感じませんけど……強いて言うならほんの少しだるいくらいです。あ、もしかして僕がハイオークに苦戦したのも──」
「それは君の実力不足じゃない?」と、その女性はさりげなく失礼なことを言って話を続けた。
「もしかしたら、逃げ遅れてる人がいるかもしれないしね」
「まあ、それは助けるべきだとは思いますけど……」
何より、自分の命が最優先だ。命を懸けて人を助ける、そんなことをする勇気は僕にはない。
「それに、この状況で君みたいな子が一人になるのは間違いなく死亡フラグよ」
「死亡フラグって────」
僕は続く言葉を飲み込んだ。
目の前の女性が、唐突に足を止めたから。
「はあ……最悪のパターンだわ」
目の前に突如現れた人影を見て、そう言った。
その人影は、どこか頼りない足取りでこちらへ向かってくる。あれは──冒険者?
「うっ……」
強烈な血の匂いが鼻をつく。
「本当に全滅したの? A級冒険者すらも?」
その人影は、まもなくしてばたりと倒れる。
すると、森の奥から何かが直線を描くように高速で飛んで来る──女性はこともなげにそれを空中で静止させると、「ふう」と息を吐いた。
それは、腕だった。
明らかに、紛うことなく、人間の腕。
「う、腕? なんで……」
その情報を処理し終える間もなく、森の奥から何やら一つの影がこちらへ近付いてくる。
「いい? 冒険者君。私は君になるべく死んでほしくない。だから、全力で君を守るわ」
急にそんなことを言われても……一体この森で何が起きてるんだ?
「でも、万が一守りきれなかったらごめんなさい。私を恨まないで頂戴ね」
「えっと……?」
僕はその発言の意図を汲めずにいた。
影は近付いてくる。一歩づつ、着実に────。
「相手は最上位魔族なんかじゃないわ」
その影の正体を視認して、事態の深刻さに気付く。
「な、なんですか……アレ」
あの魔力の質、魔力の量は、尋常じゃない。気を抜けば倒れてしまいそうなほどの覇気。
「────アレは、魔王よ」
かなりの長編を予定しています。
どれだけ時間が掛かろうと、必ず完結させるつもりなので何卒よろしくお願いします。