【バレンタイン記念SS】転生令嬢にはバレンタイン魂があるのです!!
時間軸は架空です!
作品内の時間軸を二月にしてしまうと、本編終了後になってしまうので、それは避けるべきかなとしました。
ちょっと、前回の書籍化記念SSにつながってます。
「リリアンお嬢様、大丈夫ですか?」
「まかせて!」
と、キランキラン瞳を輝かせるわたしに対して、ジルはめちゃくちゃ冷めた視線を向けてくる。何てこったい!
「わたしは、今日というこの日のために欠かさず筋肉と体力作りを勤しんだのですから、必ずやり遂げてみせます!!」
そうなのだ。
わたしはデミオンにお菓子作りを習ったあの日から、自分に足りないものを知ったのだ。
(そう、お菓子を作るための腕っぷし!!!)
材料を混ぜたり捏ねたり、泡立てたりするには、どう考えてもフィジカルパワーが足りないのだ。そこで、わたしは真剣に考えた。
前世の記憶があるわたしだからこそ出来る、筋トレという発想で、見事お菓子作り専用の筋力を鍛えようじゃないかと。
そんなワケで、重い本をダンベル代わりにしてみたり、ジルに手伝ってもらいながら腹筋を鍛えたり、記憶の底にあった独居老人の方専用の初心者用の運動から初めてみたりと、日々頑張った。今ではスクワット十回一セットが、一日三回きちんと出来るようになったのだ。ついでに肥大化するかもしれない体重の上昇も抑え込み、一石二鳥とはまさにこのことと、わたしは大変鼻高々だ。
それというのも、理由はバレンタインだ。
生憎、この世界にバレンタインは無いのだが、前世の記憶がバッチリのわたしの心には熱いバレンタイン魂が宿っている。
二回分の人生を合わせても、今生でやっと彼氏……いや、将来の旦那様を手に入れたのだ。ここでやらず、いつやるというのだ!
今こそ、わたしの秘めたるバレンタイン魂飛躍の瞬間なのである。
デミオン謹製の型抜きクッキーのレシピは、メモしてもらったのでバッチリ。それをジルに用意してもらい、一緒になって材料を計量していく。
「リリアンお嬢様、くしゃみは今回しないでくださいね」
そう念押されたので、わたしはいま息を止め、小麦粉を計るジルを見守っている。他にはバターとベーキングパウダーに砂糖、ココア、そして卵黄だ。
(昔、卵黄だけ使うから残った一個分の卵白の処理に困ったっけ……)
とりあえず、スープに入れてみたりしていたが、今生では違う。卵白は料理長のトニーがコンソメスープのアク取りに使ってくれるらしい。
無駄にならなく、ありがたい。
冷蔵室から事前に出し、柔らかくなったバターに砂糖をすり混ぜる。そこに卵黄を入れ、さらにふるっておいたベーキングパウダーと小麦粉とココアの混合粉を入れていく。
何となく、ツヤツヤな感じになり、わたしは嬉しくなってくる。今回は腕が疲れて痛くならず、最後まで己の力でやり遂げられそうだ。
「ジル、こんな感じかしら?」
「多分、これで良いと思いますよ。ひとつにまとまったら、冷蔵室で休ませるとあります、リリアンお嬢様」
「……これ、冷やさないでそのまま焼いたらダメなのかしら?」
わたしの手抜きに、ジルがすかさず突っ込む。
「デミオン様のメモの注意書きによりますと、冷やさないで焼くと歪な形になるそうです。また、サクサク感が失われるので、必ず冷やしてくださいとあります。時間に余裕があれば、ひと晩寝かすのが望ましいとのことです、お嬢様」
「……わたしとしたことが、失敗し、引いてはデミオン様を貶めるようなことに手を染めるところだったわ。作り方には、それ相応の理由があるものなのね」
デミオンにプレゼントするのだから、出来るだけ仕上がりは良くしたい。相手は普段プロ級のものを作る手強い殿方なのだ。とても迂闊だった。
わたしは生地をしまい後片付けをしようとし、料理人たちに止めらる。何でも、洗い物をすると手が荒れるからということらしい。
ジルに両手をしっかり保湿されてから、生地を休ませる間は休憩に充てる。
今日デミオンは父の手伝いだ。うちは領地らしい領地はほぼ無い。父方の祖父母が住んでいる田舎に猫の額よりも小さな土地があるだけ。
領地を運営する土地持ちの貴族というよりは、国家公務員な感じだ。なので、土地からの税収なんてものもたかがしれている。
それよりは、城勤めの父の給料の方がずっと多い。そして、父が趣味で始めた翻訳の仕事が意外に評価されている。
その関係で、デミオンも翻訳などの仕事に駆り出されている。父が言うには、デミオンはやはり博識らしい。古代語も読めるし、何よりも書けるのが凄いらしい。あと、大陸の言語にも精通していて、あちらの古い文献もカタコトながら訳せるのはとんでもないことだと、手放しで褒めていた。
デミオン本人に尋ねてみれば、彼の家庭教師に語学の専門家がいたそうだ。だから、教師の情熱のお陰で随分と色々覚えたらしい。
他には、実家の本をこっそり読み続けていたせいかもしれないとも言ってはいたが、やはり凄い。
古書好きの父のハートを見事に奪ってしまった。だからだろう、最近よく父に呼ばれている姿を見ると、ほんのりと微妙な気持ちになる。
(デミオン様がお父様と仲良しこよしなのは……素敵なことだと思うから……悪いことじゃないんだけど)
我が家に来た頃は、わたしが一番彼と一緒にいたのに、それが変わってきてしまった。
小さな子供みたいにずるいと思ってしまう。大事な宝物を取られてしまったような、悔しい気持ちだろうか。
(そんなの……子供の我儘だよ)
ついこの前までは、デミオンがみんなに受け入れてもらえてとても嬉しかったのに、どうしてだろう。
デミオンはひとりの人間で、リリアンだけのお人形さんではない。またわたしだって、ひとりで寝るのが寂しい、ぬいぐるみを抱くような歳でもない。
(こんなに心が狭くなっちゃったら、今後もっと困ってしまう)
社交の季節になれば、きっと彼は色んな人に会う。そこできっと仲良くなれる人だっているだろう。実家でこき使われていたから、彼には貴族の友人がいない。貴族に限らず友達がいないようなのだ。
今は閣下がいるので大丈夫などと言ってはくれているが、わたしはデミオンに親しい人ができることを願っている。
(……デミオン様には、二足歩行のご友人も必要だと思うの!!)
なのに、自分が彼を独り占めして誰にも会わせたくないなんて思ってはいけない。もっと寛大な心を持たなくては、旦那様の幸せを守れない。
「……ン嬢」
(わたし……お父様をライバル視してる場合じゃないわ)
「……リアン嬢」
(こんなことしてたら、お母様と刺繍してる時だって気になってしまうし、家族にやきもちを焼いていたら……前世のネットで見た破廉恥小説みたいになってしまう)
束縛ヤンデレ監禁の文字が大きく浮かび、己へ警鐘を鳴らす。
だが、わたしの脳みそは無駄なところで高機能らしく、ついデミオンの目隠し姿を描いてしまう。フルカラー超高画質映像による再現に、わたしの乙女心が刺激されていた。
路線違いのビジュアルに、新たな扉を開きかけた時だ。
「──リリアン嬢」
「はひゃッ!!」
心臓が飛び上がるほど驚くわたしの横に、噂の当人だ。そう、デミオンが心配した顔で覗き込んでいた。
「リリアン嬢がサンルームにいると聞いたので……何かにお困りですか?」
「……い、いえ」
まさか、自分のお父さんに嫉妬してましたなんて、絶対言えない。恥ずかしすぎるし、考え方が少し変態な気がする。
(うひー、もう恥ずかしいよう……)
まだ頭に残るデミオンの目隠し姿に、わたしは顔を覆ってしまう。俯いて、プルプルと首を振る。
何故、目隠しひとつでこんなにもえちえちになってしまうのだろう。デミオンの美貌が恐ろしい。
白い肌に黒い目隠しが卑猥で、大変結構で、大変イケナイ絵面だ。
「リリアン嬢……何事かに悩まれてるのでしたら、俺が何とかしますよ」
頭上から困惑した彼の声。
そりゃあそうだ、わたしの全てが不明過ぎる。
(だけど、こんなことを考えてしまった破廉恥レディだなんて、思われたくない!)
なけなしの乙女の純情が、そう悲鳴を上げる。
「……で、デミオン様が」
だから、穏便にことを済まそうとして、わたしはか細い声で説明する。
「俺がどうかしましたか?」
「デミオン様が……う、美し過ぎて」
が、しかし。
そこは、流石のデミオンだ。元ドアマット属性だけあり、悲しい声が聞こえてくる。
「俺の顔がご迷惑でしたら……その、顔を変える努力をしましょうか?」
なんてことだ!!!!
彼ならば出来てしまえそうで、わたしは愕然とする。急ぎ、顔を上げてストップ宣言しなければ、全人類の損失だ。
「デミオン様いけません!! 早まらないで、わたしお顔大大大好きですからッ!!!!」
途端、わたしは昇天しかけた。
いや、もう完全に魂が口から出ていたと思う。
「……リリアン嬢に、沢山好いてもらっているようで……その、ありがとうございます」
新雪のような肌を薄紅に染めて、デミオンがそう告げる。
いつもは神秘的な深海色の瞳も、今は初々しく伏せられて、長いまつ毛に隠れてしまう。それから、恐る恐るこちらへ向く。
わたしを覗き見るかのように映すと、柔らかな声が控えめに喜びを伝えてくれるのだ。
「もっと、俺を好きになってくださいね」
その後、わたしはまた顔を伏せてしまった。もはや、降参の白旗を振り回したい気持ちだ。わたしの婿殿最高では?
(こんなキュンキュンする人、世界中探したって、絶対に見つからないよ)
「あ……あの──リリアン嬢?」
またも困惑声が降り注ぐ。
けれども、わたしだってどうしていいか、困ってるのだ。勘弁してほしい。
わたしはスーハー深呼吸して、覚悟を決める。イケメン心を胸に宿し、それでも震えてしまう声で、デミオンへ本日のお誘いを口にする。
「で、デミオン様……もう少ししたら、一緒にクッキーを焼きませんか?」
それから、それから、その後はわたしと一緒に過ごして欲しい。
そうして、貴方の時間とわたしの時間とを重ね合わせたい。来年も再来年も、共に過ごせるようわたしは願うのだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
バレンタインなので、異世界恋愛話としては、やはり何か記念SSがあるべきと思い、本日急遽用意しました。
バレンタインキッスの曲を聴きながら書いたので、ちゃんとラブラブなお話になっている筈です!!!!
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