書籍化記念SS
書籍化記念SSできました!!
お友達についてのお話にしようと、書き始めるまでは考えていたのですが……出来上がったら全然違うものになっていました。
それは空が綺麗な秋晴れの日のこと。
「リリアン嬢、ではこの冷やして休ませていた生地を、型抜きしていきましょう」
「ハイッ、デミオン先生!!」
彼の言葉に、わたしは元気よくお返事する。前世の癖が抜けきらないわたしが挙手するものだから、フリルのエプロンがふんわり揺れた。
そう、わたしたちは今、厨房にいるのだ。わたしの背後で侍女のジルがハラハラしながら見守ってくれている。
「……あ、あの、今、何と言ったでしょうか」
そんなわたしのまん前で、やはり同じくエプロン姿のデミオンが戸惑ったように動きを止める。どうしたのだろう。
今日のデミオンは厨房スタイルだ。三角巾にエプロンで、完璧な装いだ。フリルの純白のエプロンがわたしの心をときめかす。長身な彼が可憐なエプロンに身を包むというのが、とてもギャップがあって最高に可愛いのだ。
じゅるりと、ウッカリ下心が現実となって口からこぼれてしまいそうだ。いけない、隠しておかなくては。
(今日の三つ編みのリボンをアイボリーにして、正解だったね!! 品が良くて清楚で……全方位的に最高に素敵!!)
そんなわたしに対して彼はというと、何故か顔を逸らしている。
(……ナゼ?)
もしや、わたしの変態的な凝視がバレたのだろうか? それとも、心のヨダレを見透かされてしまったのか。
内心冷や汗もののわたしに、咳払いをしながらデミオンが告げる。
「……リリアン嬢、その……俺は別に教師という訳ではないのですが」
「いえ、今のデミオン様は立派な先生です! わたしもデミオン様のようなお菓子のひとつも作れなければ、可憐な淑女になれません!」
「貴族のご令嬢は……多分、出来なくとも大丈夫だと思われますが」
「ですが、わたしも……わたしもデミオン様の妻になるのですから、焼き菓子の一枚ぐらい焼くことができなくてはいけないと思うのです!!」
そうだ。
乙女ゲーなんかでは、イベントでお菓子をプレゼントしたりなどがあるではないか。大概スチルが付いていたりする。ならば、転生令嬢という肩書きを持つわたしも、クッキーを片手に華麗に決めたいと思う。
「ヒロイ……いえいえ、未来のお婿さんのデミオン様のお口に、お菓子をあーんしたいです!!!」
ついでに、口端のクリームを拭ってペロリと味見してしまうのはどうだろう。
セオリーにそった、完璧な仕草だ。前世の小説で見た溺愛系ヒーローにも遅れをとらぬ素晴らしい勇姿ではなかろうか。
惜しむべきは、わたしにケーキは早すぎたというところか。前世では出来た料理も、生まれてこの方一度もしたことがない身体では思うように出来なかった。
粉をふるえば床にこぼし、くしゃみで辺り一面雪景色へ。卵を割れば殻入りでカルシウムを増しましにしてしまう。非力な腕では卵も泡立てられない有様。
今回はクッキーだったが、木べらでバターに砂糖をすり混ぜる段階で、わたしの利き手は降参してしまった。どうやら、お菓子作りのために筋力と持久力が必要なようだ。
(お菓子作る前に、筋トレしなきゃいけないとか……わたしの身体が残念すぎる!!)
至らない己に身悶えしているわたしの傍で、デミオンが困ったような表情をしていた。
三角巾で顕になった首筋と耳の後ろが赤くて、やはり可愛い。わたしの婿殿は彼しか存在し得ないと、納得の愛らしさ。
前世のことわざによると美人妻は三日で飽きるらしいが、わたしの美人婿は三千年経っても余裕で愛でられる。
「……手ずから食べさせるなんて、距離が近づき過ぎですね。ウッカリ貴女の指に口付けてしまったら、どうします」
「その時は、私が責任を取りますから問題なしです!!!!」
「うーん……俺はリリアン嬢へ婿入りしますから、間違ってはいないと思うんですが、何かが違うような気がします。それに──」
スルリと彼の利き手が忍び寄る。
袖を汚さないよう上げているので、わたしの腕をデミオンが触った。手の甲で撫でるように絡み、そのまま手首を掴む。
伝わるのは、彼の体温だ。
「で、デミオン様……手が冷たいですよ」
「リリアン嬢が来てくれる前に、パイ生地を作ったからですね。バターを溶かさないよう、手を冷やして行うので」
ひんやりとした彼の手は、よく見なくともわたしよりも大きい。節だっていて、骨格からして大きいのだろう。
わたしの手首なんて、デミオンの親指と人差し指で簡単に手錠のようにされてしまう。
「……ね、リリアン嬢。俺はこんな風に、貴女を捕まえてしまうかもしれませんよ」
わたしの鼓膜に有効な、美々しい声が悪い雰囲気で告げてくる。
確かに、デミオンは男性なのでがっつり掴んでいた。これはびくともしないだろう。だけど、彼だってわたしと同じく袖を上げて、その白い肌を晒しているのだ。
(腕をまくってても、デミオン様は素敵だわ)
いやむしろ、普段隠れている腕をむき出しにしていることに色気がある。筋肉もついてきたので、筋張ってるところに目がいって、その健康ぶりに安堵してしまうわたしだ。
「だから…──」
「構いません、わたしだって好きにしますから!」
彼の台詞に被ってしまったが、気にせずわたしは空いている右手でデミオンの生腕を撫でる。否、くすぐっていく。スベスベの美肌は触り甲斐があって、最高だ。
爪先で引っ掻かないよう優しく繊細に、こそばゆく感じてくれるよう攻めていく。そう、わたしの利き手は今羽毛であるかのように、彼へギリギリの責苦を施すのだ。
ついでに、デミオンの素肌も堪能してしまう。
(はー……いつ触っても赤ちゃんの触り心地なんて、すごすぎる!!)
あまりの心地に、無心でわたしがくすぐり続けたからだろう。
「ぁ……っ、あの」
彼の眉が寄せられ、悩ましい表情になる。カサつきとは無縁となった唇は、血色良くて口紅要らずだ。何とも羨ましい色付き具合か。
その口元が、物欲しげに震える。
「──ン、……ぁ、だ、だめ……で、ンン」
多分、吹き出さないようこらえているのだろうが、非常に卑猥である。性別を超えた悩ましい声が漏れていく。
度々吐く息が艶めかしく、わたしの喉がごくり音を立てる。そうして、知らぬ間に利き手が鳴かしてみせるぞホトトギスとばかりに、止まらなくなってしまう。
わたしの猛攻に彼は空いている左手でもって口元を覆い堪えるが、それでもなお溢れる嗚咽にゾクゾクくる。いやむしろ、隠して耐える方が卑猥でなかろうか。
デミオンの長いまつ毛が伏せがちになり、その深海色の瞳が潤んで見える姿にわたしは完全に血迷った。常識を喪失した瞬間だ。
「うおッほんんんんッッ!!!!」
厨房中に、ジルの咳払いが響き渡った。
そうして、我に返ったわたしの目の前には、笑いをひたすら堪え涙目になりかけているデミオンがいたのだった。
「あ、あ、あ、あの、その、これは、これはですね……デミオン様」
「リリアン嬢、は、激し過ぎる戯れは……俺にはまだ早いので」
「そ、そうですよねー……」
なお、型を抜くだけとなった型抜きクッキーはその後無事に完成し、わたしの胃袋に納められたことを追加しておきたい。
あと、あーんは警戒されたデミオンの笑顔によって阻止されてしまうどころか、逆襲されたとか、頬についたクッキーの欠片を摘んでペロリとされたことは、別の機会に記したいと思う。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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