84 「だけど……ボクらの最愛は、我が君だ」
連載を再開します。
スピードが以前より落ちますが、ちまちま書いていこうと思います。しんどいシーンが続きますが、頑張ります!
微かな震えは、誰かの力によるものだ。
微弱ではあるが、人の住まう世界へ流れていく。精霊は基本、その力故に人の子の世界にほぼ居付かない。だからここも、精霊王とその臣下が住まう階層の異なる場所だ。
人間あたりが、アルカジアなんて呼ぶ所。
スクトゥムの仲間が、周囲を見回す。
「……あら、これは……?」
「フランゲレが、人間と契約するんじゃないかなー。入れ込みやすいタイプだから……案の定って思っちゃうけど」
フランゲレは第一席で一番力があるが、その分調整がど下手くそだ。そのせいで、遠からずこうなるだろうとは予想していた。
「アラ、でもあなた分かってて、アチラに彼を渡らせたんじゃないの?」
「やだなァ。ボク、彼の意思を尊重してあげただけだよー」
そう。とても行きたがっていたから、彼に順番を回してあげたのだ。
「だァって、フランゲレの力はアチラの方が役立つだろ。我が君の側にいたって、まず出番ないし」
出番があったら、大問題だろう。それは即ち、我らが王の危機を示す。ついでにアチラの世界の危機でもある。
しかも彼は壊すことが本業で、守るのは得意ではない。
「アチラでも難しいんじゃなくて? 私たちには特に制約が多いもの。だけど、契約するなら少しはマシになるわね。人間を介すれば力が使いやすくなるわ」
「彼は、道具をどう使うのかなァ……、契約の試練も覗き見できないのが残念」
人の子が住む世界は、こちらが加減をしないとヒビが入ってしまう。肉の器という制限を持たない自分たちは、力の塊みたいなものだ。そのせいでアチラへ好き勝手に介入できない。
不便極まりないが、仕方ない。それが精霊という在り方だ。永い永い間、ずっとそう。全く変わらない。人間みたいに器を持ち種を繋ぐドラゴンや妖精なんかと、精霊は全然違う。
そんな我らが王の精霊王はアチラの世界を気に入っている。だからこそ創造するための一柱となり、永き眠りについている。ならば自分たちは王の眠りを守り、そこから溢れた夢の欠片とて守るしかない。
人の子の世界だって、ウッカリ壊すわけにもいかない。
「だけど……ボクらの最愛は、我が君だ」
それは理屈でどうにかなるものではない。そもそも自分たちは王の臣下であると同時に王の所有物で持ち物だ。
いつだって、一番は我が君だけ。欠片なんて、所詮欠片。恩寵であっても本物じゃない。
フランゲレは、そういうことを伝えているのか。
(ボクだったら、聞かれない限り言わないけどねー)
スクトゥムは欠伸をすると、王の寝所の守りを続ける。それが第四席の自分の絶対の役目だからだ。
※
「ふざけるな!」
その声に、ハッとする。
ここどこだっけ……、なんて馬鹿なことを考えてしまう。ここは私の実家だ。短大を卒業すると同時に出ていった家、そのリビングで私の父が声を荒げていた。
朝っぱらから、怒鳴り声が家中に響く。だから嫌なのだ。わたしはこっそりため息をする。
けれども、それを見咎められる。
「何だ、その態度は? それよりも、今日も母さんのところに行け。くだらないことを考える暇なんてないぞ」
「くだらなくないんだけど。だから、わたしは仕事があるっていう話で」
けれども、相手がまともに耳を貸すはずがない。
「お前の仕事なんて、大したものじゃないだろう。誰にだってできるものなんだから、自惚れるな。それより、母さんが倒れて今我が家は大変なんだぞ」
「だけど」
「うるさい! 俺はお前の稼ぐ端金と違うんだ。お前たちを十分に食わせてやるだけ、ずっと働き続けているんだぞ。世間に出たなら、お前一人で生きてるワケじゃないと分かっただろう。だったら、当たり前のことをしろ!!」
父の言う当たり前とは、家族のために仕事を辞めて家で母の手伝いをしろということ。それが、立派な家族の絆らしい。
「感謝して欲しいなんて、言うなよ! お前がやる事は当たり前で、当然のことなんだから威張るな!!」
言いたいことを言うと、父はわたしを見ることもなく家を出る。仕事に行ったのだろう。
何をするにしても、俺の金を使ってお前たちは暮らしているんだと口にする。もう、父の口癖のようなものだ。それを物心ついた時から聞かされ続けてきた。
そのくせ、人がバイトを頑張って買ったものを勝手に捨てる。わたしが、父に対して反抗的だからという理由だ。
自分のお金は大切で、母や私が奪っているような言い方をするのに、家族のお金はどうでもいいお金。
(……買ったヘアアイロン、学校行っている間に捨てられてたんだよね)
くだらないことに金を使う時間があるなら、勉強をしろ。学生の本分だろう。それが父の理由だ。
そのくせ、女のくせに頭でっかちは良くないと、勉強ばかりではなく愛想良くしろと文句をつける。
所詮は女子どもと、下に見ているのだ。だからこそ、仕事なんてやめろと平気で言う。バイトの延長だと考えているのだろうか。
(……端金でいちいち騒ぐな。騒げば相手を脅せると思っているのか! って、昔も怒鳴られたっけ……)
確かに、ヘアアイロンがなくとも、普通に暮らしていける。朝昼晩と食事があり、住む家も服も持っている。暮らすのに問題なんてない。
だけど、あんまりじゃないかと思う。自分はずっとそう思っていた。
母に相談しても無駄だ。父は話をしても通じない、聞かない人だからと、母が諭すのはいつだって自分だけ。娘ならば言い聞かせられるからだろう。我慢しなさいとは、小学校の時から聞かされて続けた台詞。
そうして、都合が悪くなればかばいもしない。父の罵声はいつも娘の私に降り注ぐ。
その母が病で倒れた。
買い物中だったので、救急車で運ばれたらしい。
そうした連絡が父から私の職場に届いた。珍しく慌ててオロオロし弱気そうに見えたので、私も同情したのが運の尽き。
父はまた我が家の暴君に戻り、私は有給を消化しながら職場に戻れそうにない未来へ鬱々となる。
食べ散らかし、後片付けもしない父の食器を片付けながら、私はもう何度目かも分からなくなった息を吐く。
実家は嫌だった。
だから、逃げ出したくて就職したのだ。
だけど、もう戻れないかもしれない。
私は父の暴言が苦手だ。足がすくみ、いつか暴言以上の怖いことが起きるんじゃないかと、考えてしまう。こんな家族のことを話せる友人もいない。SNSでも話せない。見知らぬ誰かに、我慢しなさいと言われるのが怖かった。まだ努力が足りないと言われるような気がした。
どこの家でも、大なり小なり親は怒るらしいので、どこまでが普通なのか測りかねるのだ。それでも、たまに本当に大切に育てられただろう人に、会うことがある。
職場に、最近入ってきたアルバイトの子もそうだ。父親が怒ることは、まずないと言う。娘だから、そんな怖いことしないんですよ! なんて聞いて、驚く。
そういう親は、正直フィクションの世界だけだと思っていたのだ。
泣きたくなるのは、こんな時だ。
仕事も家のことも、みんな頑張っても認めてもらえない。言い返せばよいが、そうすればもっと酷い言葉が投げつけられるだろう。
ひとり娘なんだから、もうちょっとだけ優しくして欲しい。
(母が病気になって手術をして、一人で動くのが大変になったのは私だってわかるよ……)
だから、今も実家にいるのだ。
それでなくとも、家で家事をしなければここがゴチャゴチャになってしまう。
もそもそと食器をシンクに運ぶ。前に母が食洗機が欲しいと言っていたことがあった。父はそんなものいらないと切り捨てたので、今もこの家にはそれがない。
だから、私が帰ってきた時は荒れ果てていた。
洗われていない食器は、一体いつからのものなのか。そこへさらにお惣菜やお弁当の食べ終えたパックが重なり、空っぽのペットボトルが散乱していた。
実家に帰って始めてしたのは、台所の掃除からだった。けれども、綺麗にしても労いの声はない。むしろやってあたり前、手際が悪いと叱られるぐらいだ。私は母よりもここでは待遇が悪い。
何しろ、母は父に選ばれた相手。あれでも私が生まれる前までは、時折花束を買って母に贈っていたらしい。親戚からも、当時父がどれだけ母に夢中だったか聞かされている。だから父の中では、やはり母は大切な相手なのだ。
代わりに、厄介者──そんな言葉が私にのしかかってくる。
涙が滲む目尻をぬぐい、私は後片付けを終わらせる。それから、病院に行って母の洗濯物をしなければいけない。
母に見窄らしい姿をさせるなというのも、父の厳命なのだから。昔から、父は見栄っ張りだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ご感想、いつも嬉しいです。ありがとうございます!
現在、お話を書くのを優先していて、お返事がなかなかできていません。ですが、皆様の素敵なお気持ちに毎日感謝しております。本当にありがとうございます!
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