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82 「王家の姫を使ったのは、それが一番贄として長く使えるからだろうな」

 お待たせいたしました。連載再開です。

 今後、可能な限り週一更新になります。

 

 

 冬入りの舞踏会は本来の時刻を切り上げ、終幕となった。例年通り、砂糖菓子を手に人々が帰路につく。公爵家と王家から一言あったそうだが、どれほど効力を発揮するのだろう。


 あの後、王女はすっかり静かになったようだ。騎士に囲まれながら、まるで囚人のように城へ連れていかれていた。


 わたしたちは怪我がないか診てもらうという名目で、西公の屋敷の客室に入れられた状態だ。ようは、出ていくなということらしい。

 今回のことで、何をいわれるのか。あるいは聞かれるのか。それとも、口を閉じるよう命じられるのか。

 先ほど使用人が用意してくれたお茶が、そのまま冷えていく。


「閣下、偽蝕の贄とは何ですか?」


 わたしはずっと気になっていた単語を、口にした。王女の姿を変えてしまったものを問う。

 閣下が、デミオンの肩から降りてテーブルにちょこんと乗ると、改まった口調で説明してくれる。


「偽蝕の贄とは、身代わりの術だ。己の身に降りかかる災いを他者へと転じさせるものでもある。今回は、それを利用して、術の失敗の尻拭いを王女の身で払わせたのだろうさ」


 気に食わないのだろう。最後は吐き捨てるように告げた。


「あの姿は勿論だが、王女は既に命数──つまりお前たちが言うところの寿命だな──それすら奪われている。最早、人並みの長さを生きられまい」

「……命まで奪われていたということですか?」

「そうだな」

「閣下、その術を止めることが出来たら、王女は元の姿に戻れますか? 寿命も戻ったりしませんか?」


 わたしはマリアのことを思い出しながら、口にする。返ってくる答えは、決して優しいものではないと予想する。それでも、問わずにはいられない。望むようなものではないと分かりながら、わたしは尋ねた。


(だって……あのままは、酷い)


 しかし、閣下は頷いてくれない。


「奪われたということは、失われたということでもある。言いかえれば、消費されたものだ。贄として、王女の美しさも命も既に使われてしまっている」


 わたしが薄々想像していた答えが、返ってくる。

 贄というからには、何かを奪われるとは思っていた。だが、術を止めれば取り戻せると、わたしは考えたのだ。


 わたしの知る前世の物語には、そんな話もある。愛の力で呪いが解けるなんて、よくある話だ。けれども、ここはそうではない。そうはなってくれないらしい。


「王家の姫を使ったのは、それが一番贄として長く使えるからだろうな。普通の人間と違い、王家の者には……特に直系には建国の際、我が君が贈った祝福が受け継がれる。それに王家の人間は、その身分故により多くの精石の守護を得ているはずだ。それにより、ある程度は相殺されるので、都合が良かったのだろう」

「ですが、軽いものではないんですよね」

「当たり前だ。娘を狙ったものは、我が君の恩寵を持つ白百合の守護として、我輩が弾いた。そんじょそこらの雑魚ではない。娘も見ただろう。あの黒いモヤがそれだ」


 わたしは、姫の体にまとわりついていた黒いものを思い出す。彼女だけを脅かす穢れのようなもの。

 あれが呪いなのだ。

 わたしを狙い、今は王女を苦しめるもの。


(あんなものが自分だけに憑いて、しかも他の人には見えないなんて……それって、凄く怖くて恐ろしいことだよね)


 きっと王女が部屋にこもってしまったのは、そのせいだろう。日々、自分の身を、美貌を脅かす存在。どれほど怯えていたのか。あの振る舞いが、その大きさを示していた。


「閣下、その知識は誰ならば知り得ますか?」


 デミオンが閣下に尋ねる。

 それはリリアンも感じたことだ。


「普通の人間では分からないままでしょう。実際、俺もリリアン嬢も、そして貴族は勿論、王家でさえ知っているとは思えません」

「まず、間違いなく人外からだろうな。しかも我が君の恩恵を狙いつつも、同じ我が君の祝福で相殺させる、理としてよく出来ている。が、腹が立つほど、いやらしいやり方だ」


 顰めっ面で、閣下が地団駄を踏む。

 正直、ウミウシに足があるとは思えないが、ジタンバタンしては悔しさに跳ねているので、きっとそうなのだ。


「……よく出来ているなら、閣下もできるのですか?」

「娘、我輩を馬鹿にするな。誰が、こんな胸糞悪いことをするかっ!」


 ぴょんと一際跳ね上がると頭上から高らかに叫び、閣下は憤慨してしまう。

 確かに、閣下の性格ならばこんなことはしないだろう。合理的であろうとも、きっともっと真正面から力任せにしそうではある。


 結局、分かったことは王女はどうにもならないということ。そして、敵対者は人外で、あちらの方が一枚上手かもしれないということだ。

 閣下と違い、やり方にこだわりはなく、効率を考え人を使い捨てられるほどには立派な人外であり、側には人でなしな人間の協力者がいるという。


(しかも、その相手をデミオン様はもう、予測がついている……)


 わたしたちの話は途切れ、あまりよくない類の沈黙が落ちる。

 再び口を開いたのは、デミオンだ。


「……王女殿下は確かに先王陛下に愛され、何でも叶えてもらってましたが、それは王太子殿下も同じでした」


 冷え切った紅茶に口をつけ、喉を潤してから続けて話す。


「けれども、人々の噂になるのは王女殿下だけでしたね」

「どうしてでしょう」

「俺が思うに、王太子殿下を大切にするのは当たり前過ぎて、珍しくなかったからなのかもしれません」


 けれども、王女殿下はそうではなかった。

 それはわたしの知らない噂の裏側だ。同じように大事にされて、けれども片方はさらに大切にされ、もう片方は揶揄される。

 まるで、価値が違うのだと、示すよう。


「王女殿下は……降嫁すると決まっていたからですか?」

「そうだったかもしれませんし、そうではなかったかもしれません。……彼女は、王女でなければもう少し良く生きられたかもと、考えてしまいますね」


 それから、彼は自嘲する。


「俺とて、あまり彼女を知らなかった。あの方が欲しかったものは、もっと単純で分かりやすいものだったんだろうと……今になって思い当たるぐらいですから。王女殿下が俺と婚約したのは、十才にもならない幼い時だったのに。彼女が俺を知らないように、俺も彼女を知らなかったんですよ」

「……デミオン様は後悔されてるのですか?」

「後悔というよりは……多分反省です。俺ではどのみち無理だったので、王女殿下とはやはり上手くいかなかったのではと思っていますよ」


 その言葉に、わたしは痛みと不安を覚える。もし、彼と彼女が上手くいっていたならば、わたしは出てこないだろう。あの夜、踏み出した一歩は存在しなくなり、きっと今も違うこととなっていたはずだ。

 それは分岐であり、線路の転てつ機でもある。


(もし……ここが何かの創作物を基にした世界ならば、まさしくそうなのかもしれない)


 デミオンが飲んだのを見て、わたしもお茶へ手を伸ばす。この騒ぎだったので、躊躇していたのだ。けれども、大丈夫そうと判断しひとくちいただく。

 繊細な絵付けの美しいカップへ、わたしは触れる。


 完全に冷め切った液体を、口に含んだ時か。それとも飲み干したと同時だったのか。


「──か、はっ!」


 苦しみは喉からだったのが、それとももっと深い場所からだったのか、わたしには分からない。ただ、熱く痛く、呼吸がなかなか上手く出来なくなっていた。

 手から力が抜け落ち、高価なカップが床へ転がっていく。気がついたのは、デミオンが先か、それとも閣下か。


「リリアン嬢!!」

「娘っ!!」


 胸を押さえ、わたしは息も絶え絶えだ。椅子に座っていられなくなり、崩れる体をデミオンが支えてくれる。


「……は、ぁ──」


 ヒューヒュー、変な息がして相当にやばい感じがする。何かが体の内部で暴れているような苦しみは、どこから来たのだろう。


「閣下、これは呪いですか?」

「いや……しかし、これは」


 珍しく狼狽え、閣下は言葉を濁す。

 その時だ。


「──毒ですよ、兄上」


 聞き覚えのある声がする。

 知ってて当たり前、あの夏の宴で聞いたもうひとり。


 わたしの揺らぐ視界の先で、空間が裂けていく。まるで前世の漫画で見た転移魔法のよう。

 そうして、金の髪の貴公子が現れた。


「そこの女性は、毒に脅かされているんです。早くしないと手遅れになりますよ?」


「──ジュリアンっ」


 デミオンの声に、相手が恭しく礼をとる。


「はい、兄上。お久しぶりです。ですが、あまり長居はできないんです。どうか早々にご決断を」


 そういって、ジュリアン・ライニガーはにっこり微笑んだのだ。



 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


 また、あらすじの冒頭にあるよう、この度皆様の応援のおかげで拙作が書籍化することになりました。

 詳しい情報は、お伝えできるようになりましたら活動報告にてお知らせしたいと思います。

 本当に本当に、皆様ありがとうございます!!!

 数多あるお話の中から、拙作を気に入っていただけて、とても嬉しいです!!!!





 この作品を気に入ってくださった方は、感想やいいね!、ブクマや広告下評価【★★★★★】等でお知らせいただけますと嬉しいです。

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